第130話 仲直り
いつも通りの帰路を、いつも通り二人は横にならんで歩いていた。
だが二人の様子はいつもとは違う。お互いなんと言いだせばよいのか分からず沈黙が続いていた。
内野も佐竹も今日こそ二人でしっかり話そうと思ってはいたが、いざ二人になると言葉が出ない。
…どうしよう。正樹になんて言えば良いのかハッキリと思い浮かぶ前に動いてしまった。でも何か言わないと…
「内野、この前の話の続きを…本当の事を話してくれないか?」
相変わらずの『内野』呼び。月曜日以来話していないので元の『勇太』呼びに戻っている訳が無いのは何となく分かっていたが、それでも正樹の口から内野と呼ばれるのは辛かった。
そして内野は弁明をするかのようにゆっくりと話し出す。
「…正樹、何も言わずに聞いてほしい。
申し訳ないが…この前と同じ様にまだ全ては話せない。でもこの前お前に言われたことで一つだけ確かに言えることがある。俺は『内野勇太』のままだ」
内野が答えたのは以前最後に佐竹が言った「お前は本当に『内野勇太』なのか…?俺の知ってる勇太なのか!?」という問いに対する答えだった。
それを聞いて佐竹は黙って悩む。頭の中にあるのは昨日話した内野の母親の事であった。
勇太の両親は、本当の事を話してくれるのを黙って待つのを選択したんだよな。きっと本当は俺よりも内野について知りたいはず、だがそれでも待つのを選択した。
勇太がトラブルを起こした事は俺が知る限り一度も無い。イジメる側にも、イジメられる側にもなった事など、そもそも最低限人と交流しないからトラブルに巻き込まれる事も無い。
ただの少し面倒くさがりで友達のいないゲーム好きなボッチだ。そんなあいつが今回初めてトラブルに巻き込まれた。しかもかなり大きなトラブルだ。心配じゃない訳が無い。
学年主任の先生に言われたが、毎日内野の父親から学校でのあいつの様子について聞かれているらしい。親が心配しない訳が無いんだ。それでも待つのを選択した…俺もそうするべきかもしれない。
「…分かった、どんなに変わっても勇太は勇太だよな。前は変なこと言ってすまん。
でも…どうして話せないのか理由ぐらいは教えてくれないか?それすらも無理なのか?」
自分の言葉を信じてくれた佐竹に対して、内野はここで嘘を付くわけにはいかなかった、真実を口にしたかった。だが本当の事をそのまま口にする事は出来ない。
そこで内野が選択したのは…
「…俺の居場所を守るため、俺があそこに居続ける為だ」
真実をぼかして伝える事だ。決して嘘は付いておらず、これが内野に言える真実の限界であった。
この答えで納得してくれなかったらどうしようと心の中で焦ってはいたが、それは杞憂に終わる。
「そうか…分かった、それなら俺から聞くのはもう止める。でもいつかはマジで話せよ。俺だけじゃなくてお前の親も心配してんだからな?
てかお前のついた嘘とか全部親にバレてるぞ」
「ああ、絶対にいつか話す…って…え、マジで?
二人共俺が道場通ってるとか彼女いるっていうのが嘘なので知ってるの!?」
「彼女がいるって話は聞かなかったが…そんな嘘ついてたのかよ。それが噓だって分かったらきっと二人共悲しむぞ?」
「それは言わないでくれ…心が痛む…」
お互いに勇気を出して話したお陰で数日ぶりに二人は元の関係に戻れ、その後は以前と同じ様に…とまではいかないが、くだらない話などをしながら帰宅した。
全てを話せた訳じゃないが、仲直り出来た安心と、少しだけ真実を話せた解放感によって内野の心は少し晴れていた。
家に着いてからはスマホでプレイヤー達と明日の詳細について話していた。晩飯時になると川崎からは明日のクエストの集合場所と時間を知らされる。
場所はとある大きめの公園で10:00時集合。ここが集合場所に選ばれた理由は二つ。
一つは公園なら大人数でも集まりやすいから。もう一つは、近くに高速道路があるのでそこを歩けば人混みを気にせずに移動出来るからだという。
高速道路を歩くのは危険に思えるが、魔物が現れた区間の高速道路は封鎖されるだろうから車の心配はあまりしなくて良いというのが川崎の読みだ。
内野がこの五公園の場所をスマホで調べようとしてみると、尾花からのメッセージが届く。
〔この公園は俺の妹が入院してる場所の近くだ!もしかすると俺の意見を呑んでここにしてくれたのかもしれない!〕
スマホで調べてみると距離は1㎞も無く、これが偶然とはあまり考えられないので川崎が尾花の意見を呑んでくれた説は濃厚になる。尾花本人もまさか自分の意見を聞いてくれるなど思ってもみなかったのでこれには驚きを隠せずにいた。
〔明日川崎さんに礼を言わねば!〕などとグループで絵文字付きのメッセージを送っており、喜びがトークチャット越しに伝わってくる。
一応内野は川崎に意見を汲んでくれたのか聞いてみると、〔他にも良さげな場所の候補は5つあったが、その5つどれを選んでもあまり変わらないだろうから言われていた病院に近い所にしただけ〕と返ってくる。
だが尾花の出した意見を汲んでくれたのには変わりなく、川崎に対する良い印象がグループに広まった。
皆不安を口々にしていたが、明日に備えて多くの者が早め就寝する。といってもぐっすり眠れる訳がなく、目を閉じても眠りにつけない者が多かった。内野もその一人だ。
一体どれだけの広範囲になるのかは分からないけど、明日俺達が目にするのは地獄絵図かもしれない。土曜日昼時の横浜なんて人が大勢いる。家族連れで小さい子供だって大勢いるだろうし、ウキウキ気分で旅行しに来てる人もいる。
幸せのはずの土曜日が地獄に変わる…見たくないな…
そんな気が滅入る考えをしてしまったが、内野は心の中で「俺に出来ることは少しでも多く魔物を狩る事。それが大勢を救うのに繋がる」と念じて心を落ち着かせ、そのまま眠りについた。
〈クエスト当日〉
いつもなら目が覚めても10分ほど布団の中でスマホを眺めてまったりと過ごしているが、今日は目が覚めると直ぐに飯を食べに一階に向かった。
リビングにはいつも通りに過ごす両親がいる。母は洗濯物を干し、父はお茶を飲みながらニュースを見ている。
「土曜日なのに早いじゃないか。あ、そういえば友達と何処かに行くんだっけ?」
「うん、帰るのは遅くなるかもしれないし晩飯もいらない」
「そうかそうか、今日の晩飯はハンバーグだったのに残念だったな~」
「…俺の分残しといてね」
普段と変わらない会話をしながら朝ご飯を食べ、内野は身支度をしてから家を出ていった。
そして最初に向かうのは駅ではなく高校の校門前。昨日の夜、数人と待ち合わせして合流してから行こうという話になったのだ。
内野、工藤、松野、梅垣はこの周辺にいるので当然合流メンバーになるが、なんと進上もここに集合するという。
実は進上は最近仕事を辞め、これを機に引っ越すつもりだった。内野がグループで自分の住んでいる場所を教えていた事により、進上はその周辺に引っ越そうとしていた。ちなみに水曜日学校で仮面達に襲われた時に進上が駆けつけられたのは、その近辺の不動産屋に向かおうとしていたからだ。昼にグループに入り、内野の家の場所を確認して即不動産屋に向かったという。この行動の速さには流石に皆も驚いていた。
今回内野達の集合場所に行きたいと名乗りを上げたのは、まだ物件などは決めていないが少しでも近辺を知っておく為というものあるらしい。
ちなみに大橋もそこまで離れていない所に住んでいるが、ジムに寄ってから行くらしいのでこの集合の誘いは断られた。
誰一人集合時間に遅れる事なく早めに到着し、駅のホームの端で電車を待つ。
「私、内野、進上…クエストの同期がこんなに近くに住んでいるなんて不思議よね」
「僕はここに引越してくる予定ってだけだけどね。それに新島さんは東北在住で離れてるし、内野君と工藤さんの家が近かったのは偶然みたいですね」
「それでも凄くない!?この広い日本で選ばれた4人のうち、2人がこんな近くに住んでるのって」
確かにそうだよな~同期が20人とかいたら話は別だが、4人でこれだからな。
内野がぼ~っとした表情で進上と工藤の会話を聞いていると、近くにいる見知らぬ家族の会話も聞こえてくる。
「こっちの方に行くのなんて何年ぶりだろうな!」
「考平が生まれてからは行ってないもんね~昼は確か横浜らへんで食べるんだっけ?」
「そうそう、青レンガ倉庫ね」
横浜に行くと耳に入り、横目でチラッとその家族を見る。親は二人とも若く、父親は荷物を持ち、母親は1歳ぐらいの子供を乗せたベビーカーを引いている。家族旅行なので親子共に笑顔であった。
そんな幸せそうな家族の会話を5人全員聞いてしまい、さっきまで喋っていた工藤も声を出すのをやめる。
「…工藤さん?どうして急に話を止めたんですか?」
その家族の会話を聞いていなかったのか、進上だけは何故工藤が口を閉じたのか理解していなかった。
直ぐに松野が「あの3人家族が…これから横浜に行くと言っていたんですよ」と教えた事で、一拍程置いてから進上は「あ~」と納得の声を出す。
そこで梅垣は4人に小声で注意を呼びかける。
〔クエスト範囲にはああいう人達が沢山いるのは…今のうちに覚悟しておけよ〕
全員覚悟はしていたが、いざ目の前にするとメンタルが擦り減っていく。だが彼らの旅行を止める事など出来ないので、5人は何も出来ずそのまま電車に乗るしかなかった。
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