第129話 隠し事
真子からオモチャを無理やり渡され、断り切れなかったので内野はそれを受け取ってから学校に向かった。
そしていつも通り学校で授業を受ける。明日大勢人が死ぬような出来事が起ころうとしているのに、普段と変わらない日常を送っている事に違和感を覚えて心が落ち着かなかった。
そんな状態で昼休みを迎え、内野は松野と共に校舎裏でご飯を食べに向かう。クエストの話をするので周囲に誰も居ないのを確認してからコンクリートの階段に座る。
「いよいよ明日だな~授業の内容全然頭に入らなかったわ」
「俺も昨日の田村って人の言葉が引っかかって集中出来なかった…」
「ん~どんな言葉?」
「貴方には心の逃げ道が必要って言われた。大罪が最後までこのクエストを完遂させるまでに心が死なない為、心の逃げ道が必要なんだとさ。
例えば、命の優先順位を付けておけば親しい者が死んでもより上位の者は守れたと思う事で感情を抑えられるって感じ」
「まだクエスト経験一回の俺でも、お前が重大な立ち位置にいるのは分かった。だからその田村って人が言いたい事も分かるな。要はこの前言っていた飯田さんと同じ様な感じだろ?
重要な立ち位置にいる者ほど責任を大きく感じるから心が壊れてしまう。だからそれらの人達には心の逃げ道が必要。
取り敢えずここまでは分かったが、問題その逃げ道が何なのかって所か。恐怖だとか負の感情を抑制する方法ってことで良いのか?」
「多分そう…だと思う」
松野の頭の回転の早さに驚きながらも答える。すると松野は少し考える仕草をし、何かを思い出しながらゆっくりと話し始める。
「誰かが死んだ時とか大きな事態が起きた時に使えるか分からないし、助言にならないかもしれないが…良いか?」
「ああ、何でも言ってくれ」
「俺が小西達にボコられても尚お前を解放する為にわざと負けようとしたこと(56話)。
それとクエストで恐怖に臆せず黒狼の近くにテレポートし、頭をぶっ叩いたこと(78話)。
この二つから何となく分かる事がある。この時に俺が動けたのは、多分恐怖よりも他の感情が大きかったからだ。この時の俺はどちらも焦りが大きかった。
小西の時、ここで内野を見捨てたら二度と誰の前でも胸を張って歩けなくなると思って、考えをまとめる間もなく焦ったからあんな行動を出来た。
黒狼の時、ここで動かないと俺も友達も殺されるという焦りのお陰で俺は動けた。
だからこんな風に他の感情が負の感情を上回れば、負の感情をかき消せると考えたんだ。例えば仲間の死の悲しみは魔物に対する怒りで消せたりとか…」
「なるほど、心が折れそうになった時に無理矢理にでも他の感情を増やせれば誤魔化せるかもしれないって事か」
「そうそう。これが良い方法なのかは分からないけどな」
「いや助かる、サンキューな」
これは結構参考になるかもな。頭に入れておこう。
その後も昼飯を食べながらクエストについて話していく。二人で昼飯の弁当を食べていると、突然松野は箸を持つ手を止める。そして弁当箱を見つめたまま内野に尋ねる。
「なぁ、初めてクエストで人間の死体を見た時どう感じた?
やっぱり吐いた?それとも案外大丈夫だった?」
初めてみた死体…は多分ゴーレムの核がある部屋で見た死体だな。薄暗い空間だったが上半身が消し飛んでたり真っ黒焦げになっているのは見えた。
だがあの時はハードな状況でそれをじっくり見てる場合じゃなかったし、その後目の前で下半身の無くなった新島を見てしまったからか印象にあまり残っていない。
「俺が見た時はかなりハードな状況だったから、死体を見てもそこまでショックを受けなかったな。でも実際に人が目の前で死ぬ瞬間を見たら違うかもしれない」
「マジか…俺は前のクエストで死体を横目でしか見てなかったけど、それでもキツかった。
でも次のクエストでは直視する事になるだろうから一応グロ耐性を付ける為、昨日ネットでグロい画像とか見てたのだが…俺は駄目っぽいわ…怖くて魔物と戦える気がしない。
今だってあまり肉を食べる気になれなくてな…」
「それは仕方ないが…生き残るのには戦わなければならないし、そうなると必ず死体を直視しないといけない。俺も不安な事とかあるけど、生き残る為に一緒に頑張ろう。
それにお前は黒狼に立ち向かえたし、きっと土曜日のクエストでも戦えるはずだよ」
「…だな」
松野は少し不安げな笑みを浮かべる。松野の心の中には確実に不安はあったが今はそれを払拭する方法は無く、話をして少しでも不安を和らげる事しか出来なかった。
こうして昼休みの時間は終わり5限目へと入る。昼休み前同様に、黒板に書かれている内容や先生の話している内容などが一斉頭に入らないまま状態だ。
どれだけの被害が出るかは分からないが、多分明日のクエストでは一般人が大量に死んで日本中…いや世界中で大ニュースになる。
しかもそれが10回あるんだ。今日以降は至る所でパニックが起こるだろうし、もしかしたらこの国でこんなに平和な日常生活を過ごせるのは終わるかもしれない。
後悔する前に、今しか出来ない事とかやっといた方が良いか?といっても特に後悔しそうな事なんか思い浮かばな…
後悔という言葉で思い浮かんだのは、親友の正樹の顔。
以前揉めてからギスギスした関係が続いているのがずっと気掛かりだったが、これまで黒沼達のことなどがあったせいで考える余裕が無かった。そのせいで忘れていたかの様に正樹との仲直りを後回しにしていた。
(2-4組)
内野の親友である『佐竹 正樹』は授業にほとんど集中出来ていなかった。明日に試合を控えているので当然だろうと普通なら思うだろうが、集中出来ていないのはサッカーの練習にも当てはまった。
原因は内野と揉めたからである。
普段なら次の日ぐらいにはお互い謝って仲直りしていたが、今回ばかりは佐竹は自分から謝るつもりなどなく、内野が来るのを待つつもりでいた。
俺は何が勇太を変えたのか知れたらそれで良かった。俺にとってのサッカーみたいな大切なモノが勇太にも出来たのなら素直にそれを喜べる。でも…正直何を言われても素直に納得なんか出来ない気がする。
だってあの配信されてたやつを見る限り、勇太は小西のバットに何発も直撃していた。それで怪我一つしていないだなんておかしい。仮に勇太が何かの武術だとかを習っていて、それで衝撃を全て受け流したと言われても納得なんかできっこない。
でも現に無傷だ。だからマスコミとかもその通りに報道し、警察もそれ以上調べられず引き下がるしかない。イジメを受けていた子に起こった奇跡だってな。
だが俺はそんなんじゃ引き下がれない、答えを教えてくれないと気が済まない。と、内野の両親も俺と同じ事を思っているはずだと考えていたが…
時は遡り、昨日の話になる。
偶然内野の母親とスーパーで会ったので、佐竹は内野の異変について聞いてみたのだ。だが期待していた答えは返ってこなかった。
「私や父さんも知らないの。あの子夜に何処か行ってるみたいなんだけど、何時行くかも、何処に行くのか教えてくれなくて…」
「そうですか…でもやっぱり怪しすぎます。ちょっと強引にでも問い詰めて聞きましょう」
「ちょっと待って!ごめんね、私達はあの子に問い詰めるつもりなんか無いの」
「え」
てっきり内野の両親なら認めてくれる、それどころか問い詰めるのを手伝ってくれると思っていたので、この返答には驚きを隠せなかった。
「最初はジムで身体を鍛えたり、何かの道場だとかで習った技術だとかを使って無傷で済んだのかと思ってたんだけど、父さんにそれは有り得ないって言われたの。確実に勇太は噓をついているともね」
「それじゃあ一緒に本当の事を聞きに…」
正樹がそう言い終わる前に内野の母親は首を横に振る。
「あの子…最近楽しそうなの。顔には全く出さないけど、確かに変わったのが分かるの。だからは私達は別に無理して聞こうと思わない、あの子が話してくれるのを待ってようと思う。
一体何をしているのかは気になるけど、あの子が今幸せなら正直なんだって良い。
怪我してないしお金とかもあまり使ってなく、安全だって事が分かったからそれで良い。
その隠してやっているモノに熱中するのに学校が邪魔なら、学校行くのよりそっちも優先しても良い。
いつか話してくれるなら今は何も話してくれなくても良い、これが私と父さんの考えだよ。
勿論正樹君は正樹の思った通りに行動して良いのよ。二人なら多分何があっても仲直り出来るからね」
「…分かりました。自分もどうするか少し考えてみます」
佐竹は内野の母の話を思い出し、今日は内野の所に行って話を聞いてみようと考えた。幸い今日は試合に備えて部活は休み。
なので佐竹は6限目の授業が終わり次第廊下へ出て、内野のいる2-3組に向かう。
そして2-3組のドアを開けようと手を伸ばすと、ドアのガラス越しに一人の男と目が合った。
それは佐竹同様に廊下に出ようとしていた内野であった。
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