第128話 ヒーロー失格
家に帰り次第今日話した事をまとめ、それをグループに公開した。
そういえば新島に頼まれていた蘇生石の仕組みについて聞けなかったな。新島が言っていた通り、これはまだ大罪にだけしか言わない方がよさそうだから川崎さんと二人っきりになったら聞こうと思っていた。でもそんな機会無かったからな…仕方ない、新島には後で謝っておこう。
グループに送信し終わると直ぐに数人の既読マークが付く。何せ80人以上いるグループだからどんどんメッセージが届いてき、一人一人に返すのは難しい程であった。
あまりにも自由にメッセージを送る者が多かったので、今話すのは土曜日の予定についてだけというルールを梅垣は作った。
今全員に知らせている土曜日のクエストについては以下の通り。
・40人まで連れて行ける
・クエストの難しさによっては何人かクエスト範囲外に逃がす。魔物が強く余裕が無い場合、または何者かが足を引っ張る場合、怠惰グループに置き去りにされるかもしれない
・川崎は最初不在の可能性がある
・現代でのクエストは初めてなので何が起こるか分からない
・仮面の奴らと戦闘になるかもしれない
これらの事を予め伝えてから、誰を連れて行くのかについての話合いが始まる。
ほとんどの者は黒狼のクエストを生き延びた40人で良いのでないかという意見だったが、新規プレイヤーの意見は割れる。
片方の意見は〔俺らにもクエスト受けさせてレベル上げさせろ、サポートしろ、お前らだけズルい〕という自分達もクエストに参加したいというもの。
もう片方は〔今回は慣れている人達に任せよう、先ずは様子見〕といった今回のクエストは出なくて良いという意見だった。
皆もうステータスの力を手に入れちゃったし、今日昨日でそれを実感してしまっていたら、直ぐにでもレベルを上げたいと思うのは仕方ないよな。
でも今回のクエストで彼らを同行させるのは無理だ、どう言えば説得出来るか…
クエストに行きたいという者の意見に内野が頭を悩ませていると、グループに一つのメッセージが届く。
〔先ずは魔物がどんな存在かと見るために、クエスト範囲外の安全圏から見てみたらどうだろう?
恐らくクエストが始まればクエスト範囲も分かるだろうし、一度そこに足を運んでみて欲しい。そしてその上でクエストを受けるかどうか決断してくれ。
だが忘れてはならないのは、魔物との戦闘は命のやり取りという事だ。どうかこれだけは肝に銘じておいてくれ〕
それは梅垣が送った長文のメッセージ。
この梅垣のメッセージは先程までクエストに行きたいと言っていた新規プレイヤー達を説得でき、特に酷い言い争いにならずに40人のメンバーを決められた。
これで土曜日のクエストについての話は終わり、内野は新島と尾花にメッセージを送信する。
新島には、今日川崎に蘇生石の仕組みについて聞けなかった事。
尾花には、妹がいるという病院を守りながらクエストは受けられないという事。
新島は〔また今度聞ける機会があるだろうし大丈夫〕と言ってくれて済んだが、尾花はそうはいかなかった。
〔川崎さんに言ってくれただけでも感謝しているよ。でも身勝手で申し訳ないが、俺は今回皆と行動せずに一人で病院に行かせてもらう〕
尾花は一人ででも病院に向かうという。本当なら危険過ぎると止めるべきだろうが、内野は彼を止める事は出来なかった。
家族を守ろうとしている人を止めるなんて…無理だ。
でも止めなきゃいけないのは事実。だって尾花さんは前回の新規プレイヤーでレベルが低いし、一人で病院を守るだなんて出来ると思えない。
どう返信すべきか内野は迷い、結局〔協力出来なくごめんなさい、ご武運を願っています〕と返した。
尾花とは話した時間も短かったが、気まずい雰囲気を作らない様にしてくれたりと良い人だったので、本当は彼の単独行動を止めたくて仕方がなかった。
母に晩飯が出来たと言われたのでリビングに降りる。そこで父もちょうど帰ってきたので家族3人で食卓を囲み晩飯を食べる。
最近の父は面白い事件多いからという理由でテレビではニュースばかり付け、スマホでもネットニュースを色々見ている。だが現に珍事件が増えているのは誰の目から見ても明らかだった。
ガラの悪い奴らに絡まれた冴えないリーマンが素手で3人をボコボコにするだとか…色々あるな。
でもこのニュースとかもクエストが始まったら全て目立たなくなるだろうな。きっとクエストで大勢の人が死に、魔物が大勢の者の目に触れる。そうなったらしばらくはどこもかしこもこの話になるだろう。
あ、てか二人は土曜日横浜行かないよな?
ここで内野は両親に土曜日の予定を尋ねておく。両親がクエスト範囲の近くに行かない様にするためだ。
「二人って土曜日何処か行く予定ある?」
「特にどこも行かないぞ」
「スーパーに買い物しに行くぐらいだけど…急にどうしたのよ」
「俺は土曜日出掛けるから聞いてみただけ。飯は向こうで食べてくるし、多分晩飯もいらない」
「あ~そういえば正樹君のサッカーの試合って土曜日だったわね、もしかしてそれ?」
「いや…高校の友達と遊んでくるだけ」
母に言われるまで、土曜日に正樹の試合がある事などすっかり忘れていた。このまま訂正せずに正樹の試合を見に行くと噓もつけたが、それは嘘がバレそうなので止めておいた。
飯を食べ終わり次第自分達部屋に行く。普通ならテスト前だから勉強すべきだが、今は手に付かないのでなんとなくベッドに横たわる。
川崎さん達と協力関係を結べたお陰か次のクエストへの不安はあまり無い。でも…田村さんの言葉が引っかかる。
田村の「心の逃げ道」という言葉を思い出し、内野はボーっとそれについて考えてみる。
俺の心が死なない為の方法…そんなの全く見当が付かない。クエストを受ける前までなら好きなゲームをしてれば不安とか全部誤魔化せたけど、そんなのじゃダメだ。
クエストで受ける負の感情はこれまでの俺の人生で感じた負の感情とは比にならない程大きいはずだから、そんな方法じゃどうにもならない。
ここで内野は田村の言う通り、『命の優先順位』について考えてみる事にした。
俺にとって一番大切な人って誰だろう。
やっぱり家族の父ちゃんか母ちゃん…それか昔からの友達の正樹か?
クエストで出会った仲間も大切だけど、流石にこの3人には…
クエストで出会った者の顔を浮かべると何故だか胸がズキズキと痛んだ。新島を失った時に感じたものと比べたらほんの些細な痛みであったが、それでも確かに胸が痛む。
優先順位なんかつけてしまえば自分のするであろう行動が容易に想像出来てしまい、内野は考えたくもなかった光景を思い浮かべてしまう。クエストの仲間を置き去りにし、3人を逃がそうと手を引いている自分の姿だ。
本当は認めたくなかった。全員等しく大切だと思っているままの方がずっと楽だった。でも…やっぱりクエストで会った仲間よりもこの3人が大切だ。
きっとクエストのターゲットにこの3人が選ばれたら俺はこうする。でもその時の仲間の顔を思い浮かべるだけで胸が痛む…
こんな気分を紛らわす為、内野はクエストの仲間と話して時間を潰す。他の者もクエストへの不安を紛らわすかの様にグループで話しており、そこに内野も混ざっていた。
そして気が付けば眠りについていた
〈金曜日〉
明日はクエストがあるが今日は普通に学校へと行く。昨日早寝るのが早かったので起きるのも早く、約10日ぶりに真子と会った公園に寄ってみた。
「あ、お兄ちゃん!久しぶり!」
公園に足を踏み入れると、内野が気が付く前に真子が声をかけて手を降ってくる。
話を聞くとどうやらこの約10日間、学校のある日は毎日ここに来ていたという。テレビで小西の事件の映像を見てあれが内野だと気が付いた真子は、心配で内野を待っていたのだ。
小学生からしたらショッキングな映像だったから真子の心配はかなり大きかった。
だが怪我がなんとも無いと分かり、真子は「流石はブラック!」と言いホッと胸を撫で下ろす。
あれ以降真子の学校生活は大丈夫そうで、今日も学校に行くのが楽しみだと笑顔で言う。それを聞けて安心したので内野が学校へ向かおうとすると、手を引いて呼び止められる。
「そうだ!お兄ちゃんにずっとこれを渡したかったんだ!」
真子が取り出したのは、以前と同じ様にヒーローの変身グッズであった(38話)
「前渡したやつと合体させるとアルティメットモードになれるよ!
お兄ちゃんはヒーローみたいに私を助けてくれたし、強いし、きっとこのアルティメットモードの方が似合うと思ったんだ!」
『ヒーローみたい』という言葉。以前真子に言われた時は少し気分が良くなったが、今は素直にその言葉を受け入れられなかった。
田村から、ヒーローや英雄思考のままでいられないのだと言われたからだ。
昨日の夜、命の優先度というヒーローにあるまじき考えを浮かべてしまったからだ。
ヒーロー…ね。
残念だけど俺はもうヒーローじゃない…というかヒーローになれた事など無い。誰にでも平等に手を差し伸べる様な、昔憧れていたヒーローにはなれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます