第127話 戻れぬ大罪

「内野君、その選択は…」


「やめろ田村、これが内野君が選んだ道だ。君がそれを選ぶのならその方針で行こう」


内野の選択に対して田村は何か言おうとしていたが、すぐに川崎が止める。川崎のその言葉に安堵した小野寺は「ありがとう!」と言っているかの様なホッとした表情で内野の方を見ていた。


川崎はその後内野の選択に何も言う事なく、普通に話を進めていった。


「クエストのターゲットに緑仮面がなっているとなると、他の仮面達もクエストに参加して緑仮面を探している可能性が高い。だから次のクエストで奴らとの戦闘になる覚悟はしておいてくれ」


気が付けば時計の針は2時を刺しており、既にここに来てから3時間経過していた。


「そろそろお開きにするか。

この後俺達は横浜に行って集合場所に最適な場所だとかを探す。内野君達は今日の話を皆にして土曜来るメンバーをどうするのかを話しておいてくれ。出来れば明日までに決めてくれると助かる」


川崎は、ハンバーグを食べ終わってからぐっすり眠っていたゴブリンを起こしてから闇にして仕舞い、怠惰グループのメンバー数人と共に立ち上がる。


内野らは「今日はありがとうございました」とお礼を言った後、同様に席を立つ。だがその時、内野はここに来る前に言われた尾花からの頼みを思い出した。(118話)


「川崎さん、最後に一つ良いですか?」


「ん?」


「実はとある仲間の妹が横浜近辺の病院に入院しています。詳しい病院名は後で聞かないと分からないんですけど、そこをクエストの集合場所にするというのは…」


「申し訳ないが強欲グループの者一人の為にそこまでは出来ない。その場所が集合場所に適してそうなら話は別だが、可能性は低いと思ってくれ」


「はい、分かりました」


川崎に断られたが、あまりしつこく頼むのは失礼なので引き下がる。こうして川崎達数人は会計を済まして店を出ていった。



すると残っていた怠惰グループのメンバーの一人が話しかけてくる。最初に内野達を警戒していた中学生の青年だ。


「あの感じだと次に田村さんに会った時嫌味みたいなの言われるな。俺みたいに。土曜日は川崎さんがずっといる訳じゃないから絡まれても助けてくれる人はいないぞ」


「えっと~佐々木君だっけ?」


「おい、クエストの先輩は俺だから敬語を使え。こっちじゃクエスト歴で優劣が決まるんだ。郷に入っては郷に従えってやつだよ、俺らと組むのならこっちのルールに従ってもらうぞ」


高圧的にそう言う佐々木だったが、直ぐに近くにいた細目で表情の柔らかい中年男性が佐々木の両肩を手で掴む。


「大丈夫大丈夫、そんなルール無いからね~

多分佐々木君は『郷に入っては郷に従え』って言葉を使いたかっただけだから気にしなくて良いよ~」


「江口さん違いますって!てか人前でその口調やめて!」


「お年頃だからね~覚えたての言葉使いたくなるよね~

凄いよぉそんな言葉使えて。おじさんはまだ人生で一度も使ったことないもん」


「だああああ!マジで田村さんの次に嫌いだわ!」


江口という男は、まるで小さな子を相手するかのようなまったりとした口調で佐々木と話す。

それに怒った佐々木は髪をクシャクシャにしながら江口を突き放す。


「勘違いするなよ、全部江口の嘘だから!

それより内野!正直俺はお前のこと嫌いじゃないから、敬語を使うのなら仲間として認めてやるよ!」


それだけ言うと、「じゃあな」と言って佐々木は店を出ていった。すると隣にいた笹森がクスクスと笑う。


「最初は警戒されてたけど好感持たれて良かったね。でも何処で評価が変わったんだろう」


そんな笹原の疑問に江口と清水が答える。


「多分君が『強欲の刃』を使う道を選んだり、仲間思いだと分かる発言をしたからだと思うよ。彼にも似たような所があったし共感を得られたんじゃないかな?」


「でもあんな甘い発言してたら、佐々木みたいに田村さんに責められる日が来るかもしれないぞ」


それは嫌だが…俺は間違った選択をしたつもりはない。黒沼を殺さないで済むのは『強欲の刃』を使う作戦ぐらいだったし、こっちの方が穏便に済むはずだ。黒沼達と小野寺が仲直りして元の関係に戻るのは難しいだろうが、小野寺はあんなに仲間思いなんだしきっと大丈夫。黒沼にも思いが伝わって仲間に戻れるはずだ。



こうして4グループの会議は終了して内野達は帰路につく。帰ったらすぐに話し合いの報告をしなければならないので、特に寄り道する事なく帰宅した。




場面は一点、川崎は怠惰メンバー数人を引き連れてクエスト範囲になりそうな所まで電車に乗って来ていた。


「ここらへんだな、各自さっき言ったエリアを見て来てくれ。

さっき言った通り人目の少ない所、籠城に向いてる場所、見渡しの良い場所など見つけるんだ」


仲間は了解と言い、各々別れて行動する。だが田村だけは川崎の傍に残っていた。


「先程内野君の決断について話があります」


「お前が言いたい事は何と分かる。どうして『強欲の刃』を使う作戦を容認したのか聞きたいんだろ?」


「ええ。貴方も大罪の道が険しいものなのは理解しているはずですし、てっきり今のうちに甘さを捨てておいた方が良いという私の意見に賛同してくれるものかと思っていましたが…違うのですか?」


田村の質問に対し、川崎は都会に並ぶ建物の方を見て田村に顔を合わせていない状態で答える。


「あれは彼自身が決めるべき…というより彼が選ばないと駄目だったものだ。ほら、甘さを捨てさせるっていうのなら自分の選択した甘い道が間違っていたと実感させるのが一番じゃないか?」


「確かにそうですが、間違っていたと実感させるのには何か失敗が必要です。一体何処でその失敗を作るつもりですか?

幾ら私達の方が優勢とはいえ、手を抜き過ぎてしまえば『強欲』を奪われる可能性だってあるんですよ?」


「いや…手は一切抜かないつもりだ。この件は成功させるつもりでやる。

成功したら万々歳だし、失敗すれば彼の成長に繋がる。どっちに転んでも問題無い」


川崎の返答に田村は眉をひそめ、少し先程より強い口調になる。


「成功したら彼は余計に変われなくなるんですよ。自分の決断が正しかったと一度思ってしまえば、後々苦労する事になるはずです。

彼の為にもそうするべきじゃ…」


「変わらなくても良いかもしれないぞ?」


田村が言い切る前に川崎が声を重ねる。

川崎がずっと田村に顔を合わせようとしないのは、今から自分が口にするものが自分の覚悟に背くものだと疑われるかもしれないものだからであり、大罪として、リーダーとして顔向け出来ないからであった。


「黒狼という使徒に異常な行動があったからというのもあるが、現に彼らはあのままの状態でも使徒を倒している。

あの純粋な気持ちをさらけ出せるままの状態から変わらなくたってこの道を渡りきる事が出来るんじゃないかって…少しでも希望が見えた気がした。


きっと他の大罪も俺と同じ様に大罪として進む覚悟を決めているし、もしそうなら俺同様にもう戻れない者達のはずだ。

だが彼はまだ違う…俺達のサポート次第では彼はあのままの状態でも道を渡りきれるかもしれないんだ。俺達と違ってな…」


「…彼が羨ましいとでも言いたげですね」


「俺はもう…慎二の憧れていた完璧な兄貴じゃなくなってしまったからな。ずっと前…クエストが始まる前からな」

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