第126話 不殺の道

目に涙を浮かべる内野に最初に気が付いたのは隣にいた梅垣であった。


想像力・妄想力豊かな内野は、あの新島や小田切達を失った時に感じた胸の痛みを想像してしまった。

まだたったの1ターン目。5ターン以上あるのは確定で、先の事を思うと内野には不安しかなかった。そしてその不安は、今まで麻痺していたかの様に感じていなかったクエストに対する恐怖を微かに目覚めさせた。


「う、内野君?」


「あ…いえ大丈夫です。ただ少し不安になって…怖くなってつい…」


震え声でそう言う内野を見て、周りの怠惰グループの者は田村の方を見る。「あーあ泣かせちゃった」と言わんばかりの視線を浴び、田村は咳払いをした後再び口を開く。


「貴方の心が死なない様にする為、私から一つ良い案があります。試しに命の優先順位を決めてみてください。

家族、恋人、友人、仲間など親しい者が周りにいる状態で、とてつもなく強い魔物が目の前におり絶体絶命の状況の時。貴方は最初に誰の手を引いて逃げますか?」


「そ、それを決めて一体何に…」


「親しい者が死んだ時、心の逃げ道になります。

クエストでとある仲間が死んだ時、より優先順位が高い仲間は守れたと思うことでショックはかなり和らぐでしょう。

あくまでもこれは私の心の逃がし方なのでご自身に合った方法が見つかるかもしれませんが、見つかるまでは試しにこの方法を使ってみてください」


「心の逃げ道…ですか」


「逃げ道と聞くと良くないものの様に聞こえますが、別にこれは酷いことなんかではありません。一々厳しい現実を真っ向から直視していれば精神が病むのは当たり前で、そうならない為の逃げ道ですから何も悪いことでは無い。

この心の逃げ道は誰だって持っているべきだと思いますし、方法の程度はあれど逃げ道の存在を拒むのは間違っている。だからそんなに嫌悪感を抱かなくて大丈夫です」


誰かに順位を付けると聞いて少し悪いイメージはあったが、田村の話を聞いていくとその悪いイメージはかなり薄まっていた。


「ま、今すぐというのは難しいでしょうし数日優先順位について考えてみて下さい。貴方に合った心の逃げ道が見つかるまでの代用品にはなるかと思います」


「…はい」


田村は話を締めコーヒーをゆっくり飲む。サンドイッチも口にしているので、これ以上田村は内野に何か言うつもりは無いのだと他の者も何となく分かった。


沈黙が流れる中、内野は自分の心が死なない為にあるという心の逃げ道について考えていた。


俺の心の逃がし方か。これが分かれば俺の心は死なないし、あの胸の痛みが和らぐのか…

次のクエストにでもそれが必要になるかもしれないし早く見つけないとな。



話は土曜日のクエストについてに戻る。

さっきと変わりなく怠惰メンバーの半数以上が20人まで連れて行くという意見であった。特に、2ターン目のクエストとやらがどんなものか分からないので40人というのは無理があるという意見が多い。


そこで川崎は一つの案を出した。それは白い空間で黒幕が言っていた「防衛側の場合は、ターゲット以外はいつでもクエスト範囲から出られるから危なくなったらクエストから逃げるっていうもの出来る」というルールを使ったものであった。

まず最初に怠惰グループと強欲側40人でクエストを受ける。厳しかったら強欲側20人をクエスト範囲外に逃がし、大丈夫だったらそのままクエスト続行をするというものだ。


川崎の出したこの作戦に異論を唱える者はおらず、作戦はこれに決定した。


次に集合場所・日時だが、これには少し困る事があった。

昨日見たクエストボードには

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

場所:横浜

クエスト開始:3日後の昼時

クエスト時間:8時間 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

としか情報が無く、クエスト範囲の詳しい場所や開始時刻が分からないのだ。

クエストが始まれば混乱で交通機関が使えなくなる可能性が高いので、あまりにも的外れな場所を集合場所にしてしまうとクエスト範囲への移動に時間がかかってしまう。そんな事でレベル上げの時間が減らす訳にはいかないので、集合場所は確実にクエスト範囲内である所にするという。

なので初めからクエスト範囲ギリギリの所に集まる事は出来ず、最初は嫌でも強欲側40人を長時間介護しなければならない。


そこで田村は内野達に非情な警告をする。


「もしも最初の段階で40人介護をするのは無理だと考えたら、何人かは容赦なくその場に置いて行きます。

なので私達と共に行動する40人に、その覚悟をしておくよう忠告しておいて下さい。

ちなみにクエスト開始時点では川崎さんとは別行動になるでしょうから、グループのリーダーは私となります。なので泣き落しでどうにかなると思わないで下さいね」


「え、どうして川崎さんとは別行動なんですか?」


内野の質問に答える様に、川崎では無く二階堂が席を立ちあがる。


「いや~実は今回のクエストのターゲット、私含めて3人が怠惰グループのメンバーなんだよね。

黒幕は「ターゲットはクエストが始まると同時にクエスト範囲内にワープする」って言っていたから、クエスト開始と共に私達3人はランダムな場所に転移する可能性があるんだ。

そんな私達といち早く合流する為、最初は川崎さん一人で動くの。現実世界だから連絡は繋がるだろうしそこまで時間はかからないと思うけどね。

あ、ちなみにロビーで帰還石使ってみたけどターゲットから外れるのは無理だった。一応クエスト始まってからも試すけどね」


そういえば二階堂さんの名前がクエストボードの一番上にあったな。あの時は緑仮面の名前しか注文して見てなかったから言われるまで気がつかなかった。


次に川崎が口を開く。


「今回選ばれた3人は全員がサポートスキル持ち。そして仮面達のサポート役である緑の仮面もターゲットに選ばれていたから、恐らく今回選ばれた者は全員がサポートスキル持ちだ」


「あ、やっぱり緑の仮面の名前に気が付いていましたか」


内野の言葉に反応し、清水が隣にいる小野寺の頭を掴みながら話す。


「川崎さんが居たんだから気が付くのは当たり前だ。

それに俺は昨日家でコイツと一緒にいたんだぞ?仮にロビーで気が付かずにいても、ロビーから帰ってきたらコイツから直ぐに報告されて気が付いていた」


この清水の話で内野はようやく気が付いた。

プレイヤー全員が昨日ロビーに転移したという事は、小野寺もロビーに転移して黒沼達と会っているということだと。


「小野寺、あいつらとロビーで話したんだよな?」


「…耳を傾けてくれなかったがな。

最初は今何処にいるのかとか聞いてきたが、俺が清水さんの家の住所だとか情報を喋らないと分かると俺を無視し始めた。

あの場であいつらを説得出来たら良かったのだが、ロビーではあまり騒ぎ立てることはできないから何も出来ずに終わったんだ」


静かにこの話を聞いていた梅垣が口を開く。


「昨日だけでそこまで改心したのか?本当はまだ裏で繋がっているんじゃないか?」


「証明は…できない。

でも本当に俺は出来るだけ早くあいつらに降参して欲しいと思っている、だから手なんか貸しちゃいない。

俺はまたあいつらと一緒にクエストを受けたいだけなんだ。昨日川崎さんの口から俺の仲間を殺さないと約束してもらえたし、早く降参して黒沼を元の状態に戻したいんだ!

『強欲』を手に入れてもあいつは元に戻らないだろうというのは…正直内野君を襲う前から思っていた。でも他に方法が無かったからやるしかなかった。

でも今は違う、もしかするとあんた達があいつを倒せば変わるかもしれない…元のあいつに…」


力強い口調からこれが小野寺の本心というのは分かったが、最後の方は弱々しい声になっていた。それは倒しただけで黒沼が元に戻るのか分からなかったからであり、同様の考えを他の者達も持っていた。


…倒せば元に戻るのだろうか。倒して屈服させても、あいつのスキルは無くならない。あの力がある限り変わらないんじゃないか?


一同が悩んでいると川崎はため息をつき、その後ゆっくりと内野の方を見て話し始める。


「…一番良いのは君が『強欲』で黒沼を呑み込むことだ。

魔物からステータスを手に入れられる『強欲』と、ステータスを他者に分配する『独王』。この二つは相性がとても良い、君が『強欲』で強くなればより多く他者にステータスを分けられるようになるからな。

しかも呑み込めば黒沼は死に、後の心配もいらないときた。正直俺は今からでもこっちの方針に変えたいと思っている」


「…!?約束はどうなるんですか!?」


小野寺が立ち上がり川崎に詰め寄ろうとすると、両者の間にいる清水が小野寺の右人差し指を折る。


「ぐ!がぁぁぁぁ!」


「お前…手足と胸に川崎さんの魔物が張り付いているのを忘れたのか?

もしも川崎さんの胸倉でも掴んでいたら、お前その魔物に殺されていたぞ」


「ご…ごめんなさい…と、止めてくれてありがとうございます…」


そんな二人のやり取りを見ながら、川崎は内野に再び尋ねる。


「もう一つ方法がある、それは『強欲の刃』だ。

昨日言った通り相手のスキルを一つ奪えるというアイテムで、これを使い『独王』を奪うという方法だ。これなら『独王』が手に入り、黒沼も死なない。

1本につき手に入るスキルは1つで、手に入るものはランダム。無駄に『強欲の刃』を使わない為に奴には自分のスキルを消すアイテムで黒沼には『独王』以外のスキルをを消してもらわなければならない。


だがそうなると『強欲の刃』に100QP、それと不足分の『スキル削除玉』40QPでかなりQPが必要になる。流石の俺もホイホイとこれらを君に買ってやれる訳では無い。あくまでこれからの君の成長を見越しての融資という形で与えるわけだから、今後の活躍で返してもらわなければならない。

…君はどっちが良い?さっきも言ったが、俺は君の『強欲』で吞み込んだ方が楽だしそっちの方が助かる」


普通に倒すだけじゃ黒沼は変わらず同じ事繰り返すかもしれない。だから『独王』を取らねばならないが、『強欲の刃』を使う作戦ではQPがかなり必要。しかもレベル100以上の者しか買えないから川崎さんのQPで買ってもらわなければならない。だからこっちの作成だと川崎さんに迷惑が掛かってしまう。

俺の『強欲』で取るのが一番楽だが、その場合は小野寺との約束を果たせない。だけどこの約束を破る事以外は全部最適な結果になる…か


思考する内野を黙って見て返答を待つ川崎。そして川崎の2つ隣にいる小野寺は「あいつらを殺さないでくれ!」と懇願するかのような潤んだ目で内野を見ていた。潤んでいるのは指を折られた痛みで出た涙のせいだろうが、目からは必死さが伝わってくる。


そんな目で見られたら選びにくいって…

今の話を聞くと『強欲』で吞み込む方が楽だと思えてきたけど…でもやっぱり俺はこの小野寺との約束を破りたくない。だから俺は…


「すみません、俺は『強欲の刃』を使う方法でいきたいです」


内野が選んだのは仮面の者達すら殺さぬ道だった。

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