第117話 約束の日

自惚れた勘違いで顔が赤くなるが、通話越しで新島に顔をみられていないのを良い事に、内野は澄ました声で返答する。


「確かに俺だけ生き返れないな。で…何でそれが俺にだけ話す理由になるんだ?」


〔もしもこの考えがあっていたら…生き返った人間も『偽物』って事になるの。ただ本物の記憶を持っているだけのコピーね…〕


新島の声の活力がどんどん無くなっていく様に感じた。まるで初めて会った時の新島に戻っていくかのようだった。


新島の言いたい事は分かる。

あくまで蘇生石で生き返るのは、意識を失った時に保存されたバックアップの自分であり、クエストで死んだ本物の自分は生き返らない。こう言いたいのは分かる。


でも…バックアップから作られた者は偽物なのか?


「…俺はそうは思わないな。今の新島は紛れもなく本物の新島だと…少なくとも俺は思う。

多分人それぞれの感性で変わるんだろうけど、新島の記憶・意思を持っていたら、その人はもう『新島 藍』としか言えないと思う。他の人誰でもない、『新島 藍』だ」


全て本心から出た言葉だったので、内野は迷うことなくこの言葉を口にする事が出来た。



〔…ふふ…そうだね。私は私だよね。

ありがとう、そう言ってもらえるとさっきまでこの事を一人で悩んでいたのが噓みたいに消えたよ〕


少し間を置いた後、新島が感謝の言葉を述べる。この時の声は先程のものとは打って変わり、本当に新島の声なのか耳を疑うほどの明るい声であった。だが次に声を出す時には、平常心を取り戻したのか声のトーンは元に戻る。


〔私にそう言ってくれる君にも言っておきたい事があるんだ。

多分これからクエストで辛い事もたくさんあるだろうけど、どんなに君が変わったとしても、私は君を『内野 勇太』として見て、傍で支え続けるよ〕


「俺が変わる…?変わるってどういう事…?」


〔…私はまだ君についてあまり知らないから、これから君に対する印象とか変わっていくかもって事〕


「ああ…そう言えばまだ数時間の付き合いだったか」


〔そうそう。それにフレイムリザードって魔物の時の記憶が無い分、私はもっと一緒にいた時間が少ないからね。

…そろそろ私は父さんと母さんにご飯を作ってくるよ。今まで引きこもってて久々の料理だから失敗しそうだけど頑張る〕


最後に〔バイバイ、また土曜日ね〕と言うと新島は通話を切っていった。そして部屋で一人スマホを手に持ってベッドに座っている内野は、何故か今の通話で晴れた気持ちになっていた。


まだ数時間しか一緒にいないというのに…変な感じだな。こんなにも新島を近くに感じるなんて。初めての感覚だ。

それに新島の言葉で、なんか心にあった引っ掛かりが取れた気がする。




新島との通話が終わった後、内野は今のうちにやらねばならない事を一つ思い出し、それをするべく母のいるリビングへと向かう。


明日は川崎さん達と会うから学校を休まないといけなくなった、だから両親にはを使ってでも学校を休むのを説得しないとならない。

本当は少し厄介になりそうだからするべきじゃないだろうけど…



内野はリビングでテレビを見ながら皿を洗っている母に声を掛ける。


「明日学校があるんだけどさ…彼女が会いたいって言うから…ちょっとどうしても学校休まないといけなくて…」


「仕方ないわね、学校には連絡しておくから明日は学校休んでしまいなさい。

それより、さっき晩ご飯出来たから呼びに行ったのに部屋にいなかったんだけど…何処に行ってたの?スマホも財布も部屋に置きっぱなしだったし」


「あ…ちょっと友達に会ってただけ」


「なら良いけど、ご飯少し冷めちゃったから自分で温めてね」


思っていたものより数段説得が簡単に済んで内野はあっけにとられるが、都合が良いのでそのままそれについては何も言わずに晩ご飯を食べる。


自分で言っといてあれだが…『彼女』って魔法の言葉か何か?




〈翌日〉

川崎と会う約束の日。

川崎からは、11時に都心のとある喫茶店で待ち合わせし、そこで昼飯を食べながら色々話そうと言われた。

店じゃあまりクエストについて話せないのではないかと不安はあったが、川崎が問題ないと言うので内野は信じる事にした。


直接待ち合わせ場所に行くつもりだったが、笹森も梅垣も住んでいる場所があまり離れていないので近くの駅で待ち合わせをする。



「内野君お待たせ~まだ梅垣さんは来てないんだね」


内野の次に来たのは笹森。私服姿の笹森は制服の時よりも大人びていて、脚が長く背が高いからかロングスカートがとても良く似合っていた。


「なんか俺よりも笹森の方が年上みたいな感じがするな」


「老けて見えるって事?」


「あ、そうじゃなくて大人びてると言うか…」


「冗談冗談。大人のお姉さん感が出てきたって言いたいんでしょ、今朝弟に言われたから分かってる。

それにこれ初めて着る服なんだけど、着て鏡見たら案外似合っててびっくりしたもん。「誰だこの綺麗な人!」ってね」


笹森は冗談めかしてそう言う。今日はテンションが高いのか、笹森の声は昨日よりも少し弾んで高くなっていた。


「何か良い事でもあった?」


「実はついさっき初めてナンパに遭ったの!それもそこそこカッコ良い人に!」


「あ、もしかしてそれで連絡先でも交換出来てウキウキしてたの?」


「いや断ったよ。こんな平日の昼間からナンパしてる人なんてろくな人じゃなさそうだし。

ただ、今までの私ならナンパされるなんてありえなかったから嬉しかったの」


平日昼間からナンパしてる人にろくな奴いないっていうの同感。多分遊び慣れてる人で色んな女性に声を掛けてるんだろう。

でもそれで笹森が喜んでるなら…


「お嬢さん!さっきハンカチ落としましたよ!」


「あ、さっきの人だ」


二人が話していると、何者かがそう言いながらこちらに走ってきた。金髪だったり派手な服だったりと、見るからにチャラそうな男だ。


ん…あれは…



先程まで話していたろくでもない男の正体は尾花であった。尾花は内野の存在に気が付くと、笹森ではなく内野の方に向かってくる。


「ヤッホー内野君!って事はその子は内野君の連れだったか、失礼失礼。

あれ、でも今日怠惰の川崎さんと会うんじゃなかったっけ…あ、もしかして早速怠惰グループの子のハートを射止めてデート?」


「違います!川崎さん達にはこれから会うんですよ、笹森とは待ち合わせしてるだけで…」


変な事を言い出した尾花に内野が弁明しようとしていると、更に尾花の後ろから一人の男が現れて話しかけてくる。


「なんだ、彼は俺達と同じグループのプレイヤーだったのか。そういえば昨日ロビーで顔を見た気がするな」


「「え、梅垣さん!?」」


尾花の更に後ろから現れたのは梅垣で、それに驚いて笹森と内野は同時に声を上げた。

梅垣は白シャツ一枚に帽子とシンプルな私服であったが、イケメンだからかダサい所か全力でオシャレしている尾花よりも周辺の目を集めていた。


「あの人カッコよすぎ!もしかして芸能人かな!?」

「やっぱイケメンは何着ても似合うよね~」

「白シャツ一枚をあんなにカッコ良く着れる人初めて見た!」



周辺からそんな声が聞こえてき、近くにいた内野と尾花は同じ男として敗北感を感じざる得なかった。

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