第114話 成長の実感

梅垣の話を聞いて、松平が再度問う。


「つまりクエストによる転移の度にMPは回復するんですね。」


「ああ。そうじゃなかったらわざわざ『隠密』を使ってまでここで身を隠したりなんてしていなかった。

ただでさえ黒狼との戦闘では『ステップ』の連発でMPを使うのに、そんな無駄なところでMPなんか使わない」


「た、確かにそうですね」


この話を聞きほとんどの者が納得の表情を浮かべる。先程新規プレイヤーを鎮めるためにMPを使った森田もMPが回復すると分かり良い顔をしている。


「あ、それじゃあスキルの訓練だとかをここですればいいんじゃない!?

それなら帰ってからのMPの事なんか気にしなくても済みそうだし!」


すると工藤が手を上げそう言う。「確かに!」と周りが賛同すると、工藤は得意げな顔しながら腕を組む。


「そうだな、ここでスキルの練習をするのが良いだろう。ここは広いし場所さえ決めて安全に配慮さえすれば大丈夫そうだ」


と梅垣が言うと、直ぐにスキルの練習をする場所を決める流れになった。といっても場所なんて邪魔にならない端の方ならどこでも良かったので、「広間の右後ろ辺りで良くね?」という誰かの意見を採用した。


そして決まり次第、飯田前に出て新規プレイヤー含め全員を招集し、この事を話す。

その間スキルを使いたがっていた工藤は一人で『アイス』を無詠唱で飛ばしていたので、新規プレイヤー達の目は前で話している飯田より工藤の方に向かっていた。


そういえば今日青仮面に当てた『アイス』、無詠唱だったし軌道を変えていたな。なんかあいつだけ凄いスキルの練度上がってないか?


工藤は一つの氷柱を飛ばすとその軌道を変え続け、氷柱はまるで生き物の様に宙を舞う。最後には氷柱の軌道下にし、床に叩きつけられて氷柱は割れた。床は少しも傷ついておらずピカピカのままだ。


今の氷柱を見て「おお」という声が重なる。そして飯田の話が終わるや否や、興奮を抑えられない新規プレイヤー達は直ぐに練習場所へと向かってスキルの練習を始めた。


「ちょちょ!危ないから他の人との間隔は広くとって順番に!それにまだ言っておかないと駄目な事も…」


松平がそう声掛けするが興奮している者達の耳には入って来ないので、場所によっては人が密集してしまっていた。

直ぐに近くにいた者が整列させようとするが、その前に事故が起きてしまう。


「うわああああ!」

「キャァァァァァァァァ!」


男と女の混じり合った悲鳴が響き、一同の視線は悲鳴の聞えた人混みの方へと移る。内野からは何が起きたのか全く見えないが、誰かが怪我したのだと察した内野は直ぐに近くの工藤の手を取る。


「来て!ヒールが必要かもしれない!」


「え…ええ」


自分が氷柱を飛ばしていたせいでこんな騒ぎになってしまったのだと考えていたからか、先程までの元気は無くなり少ししょんぼりしていた。だが今はそれにを気を使っていられず、無理矢理手を引っ張って連れていく。


そこで大橋が内野・工藤の足元から砂で階段の様な足場を作り人混みの上を歩けるようにしてくれ、直ぐに怪我した者の所まで向かえた。


中心には3人。

一人は腹に怪我をして倒れている中年の女性、傷口を抑えながら「痛い…」とかすれた声を出していた。

残りの二人はどちらも中年の男性で、言い争いをしていた。


「お前が押すから当たったんだろうが!」

「当てたのはお前だ!俺は悪くない!」


何が起きたのかは何となく想像は付いたが、先ずは工藤にヒールを使わせる。ヒールを使うと緑色の光が傷口辺りを包み込み、肉の再生と共に中から傷口と同じ程度のサイズの石が出てきた。


これが銃弾みたいにこの人のお腹に当たったんだな…床にもこの石と同じものが幾つもあるし、ショットガンみたいに何個も散らばって出たのか?


そんな考察が頭に過った瞬間、後ろから「うげぇ…気持ち悪…」という誰かの心無い声が聞こえてきた。

振り向くと新規プレイヤー達の顔が目に入るが、ほとんどの者が顔をしかめていた。今のヒールの再生を見て引いたのだと一目で分かった。


そんな彼らに内野は少し怒りを覚えるが、それを表に出すよりも先に負傷した中年女性が声を出す。


「あ…私の赤ちゃんは大丈夫なの…!?」


「赤ちゃんって…ま、まさかお腹に!?」


「ど、どどうしよう…身体の中までヒールが届くのか分からないし…」


女性のその言葉で工藤と内野の焦りは加速する。女性の負傷した部分はへそ辺りで、胎内の赤ちゃんに当っている可能性があったからだ。

するとそこに梅垣がやってきて、二人の肩に手を置く。


「落ち着いて。取り敢えず魔力の反応はあるから、負傷の有無は分からないがまだ生きてはいる。

怪我をしていても、身体の小さい胎児だし少しでもヒールが届けばきっと全身治る。さっきの氷柱を見た限り君にはスキルを制御する才能がある、きっと中にいる赤ちゃんにまでヒールを届かせられるはずだ」


「や…やってみる…」


工藤は震えた声でそう言いながら頷くと、再び女性のお腹に手を当てる。




私のMPからさっきの『アイス』分のMPを引いても、多分『ヒール』あと9回使える。この9回でどうにか赤ちゃんに届かせないと…

この騒ぎが起きたのは私が新規プレイヤー達の前でスキルを使ってたせいだから…私が赤ちゃんを殺した事になっちゃう…


工藤は罪の意識に苛まれながらも目を瞑りながらヒールに全集中力を使った。中が見れない以上は赤ちゃんに届いたのか確認できないので、残りMPを全て使う勢いでヒールを重ねて使用する。ヒールはまだ無詠唱で出来ないので「ヒール」と口にしながらだ。途中途中で松平が『メンタルヒール』を掛けてきてくれたおかげで冷静に目の前の事に集中出来た。



「ん…あれ?」


急に隣にいた内野がそんな声を出したので、何かやらかしたのかと思い咄嗟に手を女性の腹から離す。


「な、なに!?私何かやった!?」


「いや、今出た緑の光は工藤が「ヒール」って言ってないのに出た気がしたんだ。それに光がこの人の身体の中に入っていった気もするし」

「俺もそう見えた。多分ヒールの無詠唱が出来る様になり、的確に胎児にヒールを掛けられたんだろうな」


「ほ、本当に!?やったあああ…あああ…」


二人にそう言われて工藤は手を挙げて喜ぶが急に疲れが襲ってき、腕を上げた勢いで後ろに倒れる。


「な、なんかクエスト後よりも疲れたかも…」


「お疲れ様!」

「凄いな工藤!」

「今のが傷を癒すスキル?なんか良いね!」

「よくやったな!俺はサンドアーマーの制御にもっと掛ったのに凄いぞ!」

「ありがとうございます…私と子を救ってくれて…本当に…」


周囲からの拍手喝采があったが工藤はその後直ぐに眠りについた。

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