第101話 全員退避

内野・松野・進上・川柳・工藤・笹森・大橋は屋上の中央で円になるように固まって座り、仮面達に囲まれていた。そして後から緑の仮面もやってきたので相手は赤・青・緑・紫の4人になっていた。

屋上に生徒が上がってくるのを防ぐため、青仮面は腕を組んでドアの前に立ち封鎖している。


「おい…もしかして本当に諦めるのか…?」


隣にいる大橋がひっそりと小声で声を掛けてくる。だが


「これ以上戦っても勝てないのはさっきので分かりました。俺達の大罪グループはまだ20回しかクエストを受けていないし、他の大罪グループとの協力関係も結べていない。

そもそも俺達が数を揃えても、40回以上クエストを受けている奴らに勝てる訳なかったんです」


大橋の小さい声量に対して内野は普段通りの声量で話す。当然それはここにいる全プレイヤーに聞こえた。


「賢明な判断だね。でもそこにいるハンマー女は20回しかクエストを受けていない奴の動きと強さじゃなかったよ。

本当は他の大罪の所の奴なんじゃない?」


「…正解。こいつだけは俺の強欲グループじゃない」


紫仮面が内野の話を聞き、内野の『他の大罪グループとの協力関係も結べていない』という噓は簡単に見抜かれてしまった。


「なるほどなるほど…ハンマー女が何処のグループの者なのか分からないけど、その仲間達が来るまでの時間稼ぎをするのが君の目的だったのかな?

こんなにも素直に従っているのは、また話し合いで時間を稼ごうと思っていたって所か」


紫仮面にそう言われ、内野は下を向く。内野のその様子を見て一同はそれが図星だったのだと思う。

本当にもう内野に何も作戦が無いのかと、工藤達の不安はさらに増していった。


「それは無駄だ。たとえ他の大罪グループであっても俺達を倒すことは出来ないからな」


「今こっちに来ているお前の仲間も大人しく投降すれば楽だ。お前大罪でリーダーだろうし、援軍来たらそいつを説得してくれよ」


青仮面と緑仮面がそう言ってくるが、内野は下を向いたまま黙り込んでいた。それを見て内野に反抗の意思が無いと踏んだからか、紫仮面は不用心に内野に近づいてくる。


「もしかして図星を突かれて落ち込んでるの?気持ちはわかるけど…」


「いや、そうじゃない。確かにお前の言ってたことは本当だ。半分ぐらいはな」


「半分…?」


紫仮面の声に被せる様に、内野は静かな声で話し始めた。ちょうどその時に内野から一つの通知音が鳴るが、紫仮面は内野との会話に夢中であまり耳に入って来なかった。


「ああ、半分だ。

俺が皆に大人しくしてろって言ったのは、時間を稼ぐためっていうのは正しい」


「…どういう事?何が言いたいの?」




俺のもう一つの狙いは、この場にいる味方全員を一か所に集める事だ。


「上を見てれば分かるぞ」


内野が最後に顔を上げてそう言うと、紫色は一瞬だけ上を向く。一瞬の僅かな隙だが、内野はその隙に隣にいた大橋と工藤に両手で触れながら声を上げる。


「隣の人と手をつないで!」


『!?』


松野を除きこの場にいた全員がその指示に驚くが、一同は言われた通りに隣の者と手をつなぐ。


「テレポート!」


全員が手を繋いだ後に松野がスキルを使用すると、手を繋いだ全員の身体が光り出す。

逃げられると思い紫仮面は急いで内野に手を伸ばそうとするが間に合わず、次の瞬間には内野達は紫仮面の目の前から消えていた。




一同は学校のちょうど真上の上空にテレポートしていた。上空といっても学校の屋上とは50mぐらいしか離れていない高さだ。

またしてもスカイダイビングだが、前回と違って今度は7人と大人数であった。


「うわあああぁぁぁ!」

「キャァァァァー!」

「うぉぉぉぉ!」


突然の上空への転移に皆それぞれ違った叫び声を上げるが、慣れている内野は普通に松野に声を掛ける。


「松野!これで良いんだな!?」


「ああ!多分これで大丈夫なはずだ!後はその人に任せよう!」




学校の屋上に取り残された仮面達は啞然としていた。突然上空に転移されたが、一体何のためにそんな事をしたのか分からなかったからだ。


「一体何を企んでるんだろうね。あれじゃただの数秒の時間稼ぎ程度にしかならな…」


そう言いながら上を見上げている紫仮面の視界に、見覚えの無い人物が一瞬映った。髭が濃いスーツ姿の4,50代のおじさんで、なんと空を飛んでいた。

その者は屋上の中央までたどり着くと宙に浮くのを止めて床に足を付ける。


当然彼がプレイヤーだというのはその場にいる全員が分かり、一番近くにいた紫仮面は直ぐに捕らえようと接近する。


「マジックブレイク!ガードブレイク!」


だがおじさんがスキル名を呟いた瞬間、おじさんの身体から紫と青の2つの衝撃波が放たれた。

それを見た紫仮面は接近するのを止め、急旋回して衝撃波を避けようとする。


「お前ら引け!」


紫仮面の余裕無さげな声の指示を聞き、仮面達は直ぐにそのおじさんから距離を置こうとする。

だが屋上にいた仮面達のうち、その衝撃波の範囲から出れたのは端の方にいた赤仮面だけであった。赤仮面のみは屋上から飛び降りてその衝撃波を回避する。


「クソ…皆喰らったのか!?」

「俺は避けれなかった!」

「今のでステータスが元に戻っちまったぞ!」


衝撃波を喰らっても怪我はしないが、仮面達は上がっていたステータスが元に戻ってしまった事に狼狽える。

紫仮面はこんな手にハマってしまった事に少しだけ怒り、頭に薄っすらと血管を浮かべていた。


「はは…やられちゃったね。まさかマジックブレイクがこんな広範囲に広がるとは思ってなかったよ。

でもこれで大体の要注意人物については分かったね。目標は7割方成功してるし、そろそろ退こうか」


紫仮面のその声掛けに他の者は頷き撤収しようとする。が、それを一人の男が遮った。


金色の槍を持った金髪のチャラい男。それは内野達に全く見覚えの無い助っ人であった。

突如として屋上に現れたその男は赤仮面の右肩辺りに槍を突き刺す。

貫通とまではいかなかったが相当深く刺さっており、金髪の男が槍を横に振ると赤仮面も槍に刺さったまま振り回され吹き飛ぶ。


今の攻撃で金髪の男の強さが分かり、紫仮面の中にあったイライラが一瞬にして無くなった。先程まであった怒りは目の前の男に対する好奇心でかき消されたのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

内野がこの作戦を思い付いたのは、松野からの連絡のお陰であった。

数十分前の出来事。内野が紫仮面に呼び出されて空き教室にいた間、松野は笹森と合流して色々話し合っていた。内野にジェスチャーで『待て』と言われた場所だ。


「松野さん、一応私が呼んだ助っ人の方の連絡先を送っておきます。向こうから何か送られてきても、戦闘中だったら私は返せないので松野さんにお願いします」


笹森にそう言われ、実はこの時点で松野はこちらに向かっているという助っ人の連絡先をもらっていたのだ。

そして松野が屋上の階段付近で皆の戦闘を見ていた時、その助っ人の者からとある連絡が入った。その松野は急いでその連絡内容を内野へと送った。


それはちょうど内野が仮面達との実力差に絶望して両膝を付き、工藤が青仮面の前に出ていた時の事。

内野は少し遅れてスマホに一件の通知が届いている事に気が付く。それは松野からのメッセージであった。


『笹森の仲間って人が近くでこの戦っている様子を見てるらしい。

その人に考えがあるらしいから、俺のテレポートで皆を一時退避させられないかだって』


皆をテレポートで避難…つまり皆を一か所に集めないといけないのか。この大人数だし戦闘をしながらじゃ無理だ。それなら…


そこで内野が思い付いたのが降参する事。これにより違和感無く松野を内野達の近くへと集めることが可能になった。


そして後はその助っ人の者の合図が来るまで、紫仮面と話したりして時間稼ぎをした。合図というのがスマホに届く通知で、『○○さんが貴方にフレンド申請を送りました』というものだ。

この合図を見て内野は作戦を実行し、見事味方全員を連れて上空へ退避する事が出来た。

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