第98話 心休まらなぬ昼休み

紫仮面と内野、両者武器を構えて向かい合い動かない。


相手が警戒して詰めて来ないのは俺の『強欲』があるからだろうか。だがこのまま膠着状態が続いては駄目だ。今はもう時間稼ぎされて困るのは俺の方、どうにかして先ずはここから出ないと…


右側の廊下へ出るドアか、左側の窓。出口はそのどちらかしか無い。

男は武器を構え黙って内野と距離を置いている。強欲の警戒により空いているこの数メートル置かれた距離が突破口に繋がると考え、内野が下した決断は



前には踏み込む事だった。


「ごうよk…」


「ッ!?」


紫仮面へと急接近すると同時に内野がスキル名を叫ぼうとすると、男は距離を取る為に左後方へと飛ぶ。

内野ははなからスキルを使うつもりなどなく、相手に自分が強欲を使おうとしていると思わせるのが目的だった。


そして狙い通りに相手が動いたので、今度は相手が回避した方向とは逆の方へ方向転換する。相手は廊下側に下がったので窓側の方へと走る。


「ははっ!一杯食わされたよ!でも逃げれると思わないでね!」


窓に向かい走ってると窓に紫色の光が現れる。さっき槍が現れたものと同じ光だ。立ち止まる訳にはいかないが、このまま突っ込めば串刺しになってしまう。


内野は光から現れる槍を避ける為にスライディングし、一か八かで剣を投げて窓を破壊する。すると窓に現れていた光ごと槍が消えたので、急いで立ち上がり窓へと飛び込む。


空き教室は4階であり、窓から飛び降りた瞬間に浮遊感が襲ってくる。だが以前松野とパラシュート無しスカイダイビングをしたお陰か、飛び降りながらも冷静に周囲も見え思考も出来た。


こっちは校舎裏の方…なら先ずは松野と合流してテレポートだ。あいつらを撒いてから皆にここに来ない様に言わないと。


着地して上を見ると、さっきまでいた空き教室の窓から紫仮面は身を乗り出して拍手していた。


「おお、躊躇なく4階から飛び下りるなんて…君って意外と豪胆なんだね」


紫仮面は内野に逃げられたにも関わらず余裕そうな態度、そして男は内野に続いて窓から飛び降りてくる。


あいつが空中にいる今なら…


内野がさっき投げた剣を拾い紫仮面に投擲する。

狙いは完ぺきだったが、紫仮面は空中で投擲された剣のグリップを掴む。そしてその勢いで空中で一回転し、今度は内野に投げ返してきた。


空中で剣を掴んでくるとは思わなかったし、紫仮面の投げた剣スピードは内野のものよりも数段早かったので、内野は身体を逸らして回避する事さえ出来なかった。


「あれま、外しちゃったよ。やっぱ慣れない事はするもんじゃないね」


幸い相手が狙いを外してくれたので掠りもしなかったが、それと同時に相手との埋めようの無い実力差を実感した。


無理だ!間違いなく俺じゃコイツには勝てない!


奴を倒して切り抜けるという考えは捨て、とにかく松野のいる方へと走りながら打開策を考える。


先ずは相手が他の所に潜んでいるかもしれないので、走りながら兜を頭に直接出し周囲にいるプレイヤーを確認する


1,2,3……7人、紫仮面を含めるとプレイヤーは8人だ!

誰が敵とか援軍なのかは分からないけど、この中に笹森がいるのは確実だから紫仮面含めて相手は7人ぐらい。

距離は離れてたり近かったりするけど、所々に魔力量が大きいのがいる。これが敵なら笹森と俺だけじゃ対処できない。

どうしよう…どうしよう…相手の狙いが俺の仲間だと分かった以上は来ない様に言うべきだろうけど、テレポートで奴らから逃げた所で…




内野はどうするべきか決心がつかず、迷いながら走っていた。紫仮面は手を抜いているのか警戒しているのか分からないが一定の距離を置いている。


だが決心せねばならない時は刻一刻と迫って来ていた。何故なら松野の所に着いてしまえば、『逃げる』or『時間を稼げる場所に移動する』かの二択に絞らなければならないからだ。


魔力の光を見て動いているのだが、先程松野に待っていろとジェスチャーした所に一つ魔力の反応が止まっている。恐らくこれが笹森であると考え内野はそこに向かっている。

そして今内野が走っている所の次の壁を曲がった所がその場所だ。


MPが0で魔力の反応が見えない松野は、きっと俺が見失わない様にあまり移動してないはずだ。頼む、松野と笹森であってくれ!


先に二人がいるのを祈りながら角を曲がると、そこには想像してた通りに笹森と松野がいた。


二人が内野に気が付き声を掛けようとしてくるよりも先に内野が叫ぶ


「松野!テレポートするぞ!」


「ッ!?了解!」


内野の指示を聞いた松野は予め買っておいた魔力水を飲み、笹森と手をつないでもう片方の手を内野に差し伸べる。

そして何処に移動するのかを内野に尋ねる。


「何処に行くんだ!?」


「…テレポートで行ける範囲内で、身を潜められる場所なら何処でも良い!」


後ろから敵が追って来ているので、何処に行くかは声に出せず大雑把な指示になってしまった。


このタイミングで追いかけて来ていた紫仮面も角を曲がってきて、内野の奥に居る笹森と松野を見てスピードを上げてきた。


そして内野と松野達を切り離すように紫色の光が地面に現れる。


「気を付けて!そこから槍が出てくる!」


内野の掛け声を聞いた笹森は、松野と繋いでいる方の手を引いて松野を無理矢理下がらせると、それと同時にもう片方の手にハンマーを出して地面ごと紫色の光を潰した。


これで両者を遮るものは無くなる。笹森はハンマーを持っている方の手をそのまま前に差し出したので、内野はその手に触れる。


「テレポート!」


そして松野のテレポート使用によって3人の身体が青色に発光し、次の瞬間には3人はその場から消えていた。


残されたのは地面に出来たハンマーの跡と紫仮面のみ。


「…はぁ…その逃げ方されると面倒なんだよな~」


紫仮面は一人でそう呟く。

先程のハンマーを叩き付けた音を聞いてかこちらに数人の生徒がやって来る足音と声がしたので、見られない様に跳躍して屋上へと上がっていった。





「…おい松野、何処に飛んだんだ?」


「咄嗟に思い付いたのがここしなくて…屋上と繋がってる階段下の収納スペースだ。テレポートで行ける範囲で、見つからなそうな場所ってここしか思い浮かばなかったんだ」


内野の視界は真っ暗で、見えるのは兜による魔力の光だけだった。


「えっと~取り敢えず今は戦闘せずに身を隠して、援軍が来るのを待つの?」


「いや、奴らの狙いは俺だけじゃなくて俺の仲間でもある。先ずはスマホで皆と相談し…」


内野がスマホを取り出そうとすると、二つの魔力の光が目に付く。二つとも屋上にあり激しく動き回っている。


「松野、ここの上って…屋上だよな?」


「そうだぞ、どうした?」


「いや…なんか上で二つの魔力の光が動き回ってるんだ。俺達を探してる動きには見えない、まるで戦っているみたいな…あ!

もしかして援護に来た人が上で戦ってるのかも!?」


頭と身体を休ませる暇なく、またしても内野は決断をせねばならなくなった。

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