第97話 時間稼ぎ

空き教室に紫仮面の正体と二人っきり。まだ助けを呼んでから3分程度なので少しでも話で時間を稼がねばならなかった。


「どうして前回と違っていきなり襲って来ないんだ?」


「もっともな疑問だね、前のあれはこっち側の不手際が原因だったんだ。君には申し訳ない事をした」


口ではそう言うが悪びれてる様には見えなかった。だが今の発言で向こう側とも話し合える余地が見えた。


「もうヒールで背中の怪我は治ってるし、今後そっちに良好な関係を築くつもりがあるなら大丈夫だ」


「ヒールとは…なかなか良いスキルを持つ仲間が近くにいるんだね。報告にあったハンマー女のスキルかな?

君と同じ学校の生徒らしいけど誰なの?正直に教えて欲しいな~」


男は内野に詰め寄る様に一歩踏み込み、顔を突き出し聞いてくる。以前の赤仮面達と違って大罪スキルを警戒して距離を置いたりしてなく、余程自分の実力に自信がある様だった。


この質問は俺を試しているのか?それとも本当に笹森がそのハンマー女だと知らないのか?

向こう側に魔力探知スキルがあったら分かっているはずだし、そうなるとこの質問は俺を試しているだけになる。

魔力探知スキルが無いなら、相手は普通に聞いて来てるだけだ。


考えろ…今までの行動から相手が魔力探知のスキルを所持しているか所持していないかを…



数十秒考えた末、内野が出した答えは


「…『相川 恵』、彼女が俺を助けに来たプレイヤーだ」


相手が魔力探知のスキルを所持していないとふみ噓をついた。


笹森は魔力探知スキルを貴重だと言っていたし、持っていない可能性の方が高い気がする。

それに所持していたのなら同じ学校のプレイヤーである笹森はプレイヤーだと気づかれてマークされてるはずだし、その状態で赤・青・緑仮面に不意打ちが出来るとは思えない。

どうだ…もしも間違ってたらヤバいが…


内野の言葉を聞くと男はニヤつきながら無言で一歩引く。これがどっちの反応なのか分からず内野の額には冷や汗が流れる。


「そうかそうか。

実は俺ってここの生徒じゃないから名前を言われてもその人が実在するのか分からないんだよね。まだ入学したての1年生に変装すれば廊下で先生と顔を合わせても何も言われないと思って3階にいただけなんだ。

てか君は大罪スキルという強力なスキルを持ってるから、てっきり「断る!」って豪胆に言って攻撃してくるものだと思っていたよ」


「生憎そこまでレベルが高くないからな、出来るだけ敵は作りたくない」


相手が噓だと気が付いておらず内心ホッとする。そして相手に質問されて下手な事を答えてしまう前に今度は自分から質問をしてみる。


「それでそっちの目的は?

この前の奴ら…人達は俺を連れ去るのが目的っぽかったけど…」


男は内野の質問を聞きながらも窓側の方机に腰を据え、窓の外を眺める。内野の前なのに隙だらけの状態だ。


「それが目的だよ。ただその前に色々話したくてね」


「どうして俺を連れ去るんだ?プレイヤー同士争っても意味なんか無いだろ」


「あ~一応プレイヤー同士が争う理由はあるっちゃあるよ。プレイヤー同士でも殺せば結構レベルが上がるし、そいつの持っていたQPも手に入るからね。

ま、そんな事の為に他グループと敵対する馬鹿はいないけど」


初耳だが、それを知っているって事は他プレイヤーを殺した事があるんだな。でもそれが狙いじゃないなら尚更俺を連れ去る理由が分からない。


「そっちの目的は分からないが、絶対に俺を連れ去らないといけないのか?

今後のために今からでも協力関係を結べるなら、出来る限り協力するつもりなのだが」


本当は嫌だよ、平気で人を切る奴らなんかと協力なんて。


本心はそう思っていたが当然表情には出さない。嫌な顔をせずそう提案してくる内野に、男は少し目を丸くして驚いていた。


「おお、バッサリ背中を斬られてもそんな事言えちゃうんだ。自分から俺らの目的に協力してくれるのなら助かるんだけど、これを言ったらもう引き戻れないしリスクが高い。だから今は言えない。

でも別に君らを連れ去っても殺すわけじゃないよ、安心して」


別に殺されるわけじゃないのか。てか引き戻れないってなんだ?

あ、あれ…てか今『君ら』って言ってたよな…


男のこの発言が少し気になり、内野は試しに恐る恐る尋ねてみる。


「なぁ…『君ら』って事は俺以外にもターゲットがいるのか?」


「……あ、言っちゃった~」


男は目を大きくしてハッとした表情になり頭を抱える。さっきまで余裕そうな態度であったが自分のミスに気が付くと急に態度が変わり、とても演技の様には見えなかったので素で間違えたのだと内野は考える。


君ら…君らと言うと…大罪の事か?それ以外だと…いや、もしかして…


「俺の…仲間?」


内野がそう最悪の考えを呟いた瞬間、男の雰囲気が突然変わった事に気がつき、内野は距離を置くために背後に飛ぶ。

その時に椅子や机を激しく倒してしまったが、そんな物への配慮なんて出来る状況ではなかった。


頭を抱えるのをやめて男が顔を上げると表情が見える。男は笑顔であった。だがその笑顔は不気味なほど口角が吊り上がっており、クスクスと小さな声で笑っていた。


「へぇ~随分と勘が良いんだね。

でも今さら気が付いても遅いんじゃない?だってもう…」


男は内野の腰にあるポッケを見る、そこはスマホが入っているポッケだ。その男の視線で内野はようやく自分のミスに気が付いた。


違う…上手く時間を稼げていたと思ってたのは間違いだ…相手も俺の仲間が来るのを待っていたんだ!


あいつの狙いは俺とその仲間。俺が助けを仲間に求めるのを見越して、俺が助けを求められるようによそ見して隙を見せたり、タラタラと話したりして俺の仲間が来るのを待っていたんだ。

普通なら仲間を呼ばれるのを阻止するために、スマホを無理矢理取り上げてから俺に話しかけてくるはず。それをしなかったって事は…確実にコイツは俺の仲間を狙ってる!


直ぐにスマホを取り出そうとポッケの中に手を突っ込もうとすると、突然足元に紫色の光が3つ現れる。その光から3本の槍が現れたかと思うと、その槍は内野のポッケ目掛けて伸びる。


咄嗟に斜め後ろに引いてそれを回避するが、そこまで教室は広くないので教室の端に背がつく。


そして気が付けば男は紫仮面を被って短剣を持っていた。男は短剣の先を内野に向けてくる。


「もしかすると仲間を直ぐに呼べるように予め何かやってたかもしれないけど、流石に仲間に引けと言える様にはしてないよね?

さぁ…俺を前にして吞気にメッセージを打つ余裕はあるかな?」


戦うしか道が無いと悟り、内野も鉄の剣を出して前に構える。


昼休みなので他の学生達が廊下で騒いでいる声響いてくる。だが完全に上のレベルの者との真っ向勝負に、もはやそんな雑音は内野の耳に入って来なかった。

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