第89話 スカイダイビング

松野から住所を教えてもらい、その近所の公園で待ち合わせをする。当然周囲にプレイヤーがいないのをコンビニのトイレで兜を被り確認してからだ。


暫く公園で待っていると、約束の時間から少しだけ遅れてプールバッグを持った松野が到着する。制服が入りきらなかったのか鞄から少しだけ制服の裾がはみ出ていた。


「お前…怪我は治してもらったって言ってたけど、もう普通に動けるぐらいには回復したのか?」


「ああ、もういつも通りに身体を動かせる。それより、あまり長い時間一緒にいると危険だから制服だけもらったらすぐに別れるぞ」


手を前に出す内野に対し、松野はバッグを差し出してこない。


「…学校に来ない方が良いって言ってたけど、何かあった時は俺のスキルがあると良いんじゃないか?」


…なるほど。いくら何でも物分かりが良すぎると思っていたが、制服を貸すと言って俺と直接話すのが目的だったんだな。

だが悪いがなるべく早くここから立ち去らないといけない。


「俺と一緒にいたら危険だって言っただろ?

今こうして会っているのも危険なんだ。その話は帰った後に通話でしよう」


「危険なのって、相手が魔力でプレイヤーを特定出来るからだよな?なら俺から魔力が…MPが無くなれば見えなくなるんだろ?

工藤がこの前のロビーで話してたんだ。お前が黒狼に向かって『強欲』ってスキルを使った瞬間、魔力が見えなくなったらしい。

だからMPさえ完全に無くなれば探知されないはずなんだ」


いや、それは無理なはずだ。

最初のクエストで工藤・新島・進上さんで集まった時、試しに新島にスキルを何回も使ってもらい魔力の光が無くなるか確認したけど、その時は光は完全には無くならなかった。(10話)

だから普通のスキルを何回も使ってMPを減らしても魔力探知には引っかかる。


「残念だがそれは無理だ、スキルを使っても…」


「完全に魔力を無くせなかったんだろ?

一回目のクエストの時の事はこの前のロビーで工藤と進上さんから聞いてある。だけどそれは、MPの値とスキル使用時のMPの値が合わなかったからなんじゃないか?

俺のテレポートの場合はMPを30使う。そして俺のMPは122だったから、4回使うとMPが2残るんだ。その残りが魔力の光として見えるんじゃないか?」


「…言われてみればその可能性はある気はするな。でもMPをピッタリ0に揃えるなんて無理だろ?

現実世界のこっちじゃMPは自動回復しないし、MPの上限をいじってスキルのMPの倍数にしたとしても…」


内野が松野の作戦が出来ない理由を説明していると、松野は片手に二つの魔力水を出した。


「今の俺のMP上限は180、上げる前のMPは122。昨日一回だけ家でテレポートを使って、自動回復が無いから今の俺のMPは92だ。

だがMPが50回復する魔力水を二つ飲めば、MPはマックスの180にまで回復する」


180と30…もしや…


「…おい。お前まさか…」


嫌な予感がして内野は松野の腕から魔力水を取り上げようとするが、腕が届く前に松野は魔力水2つを飲み干した。

空になった魔力水の小瓶は青色の光とともに自然に消える。


「馬鹿!もう少し慎重に魔力水を使え!」


「まだ40もQPあるんだから大丈夫だって。

それよりも、これで今の俺のMPは180だ!行くぞ~テレポート!」


魔力水飲んだ後、松野は内野の腕を掴んでスキルを使用する。すると普段の青色の光が二人の身体を包み込み、次の瞬間にはさっきまでいた公園の上だった。

当然そこに足場などなく、すぐに二人は落下する。


突然襲ってきた浮遊感と高度に内野は慌てふためく。


「おいおいおいおい!これどうするんだよ!」


「ははははは!お前がそんなに慌ててんの初めて見たわ!

まだまだ行くぞ~テレポート!」


松野はまたしてもテレポートを使用し、更に上へとテレポートをした。


「うわぁぁぁぁぁ!」


「ヒャッホー!割とここら辺の景色も綺麗だな!」


高所に慣れていない内野はビビり慌てているが、松野は景色を楽しむ余裕すらある。


その後も2回テレポートをして、気が付けば自分の街を全て見渡せる高度にまで来ていた。

そこまで来ると内野も割と慣れてきて、落ちながら自分の家や学校を探していた。


無理矢理連れてこられたが、本来ヘリでも無ければこんな光景肉眼で見えないんだよな…今しか見れない光景だ、目に焼き付けておこう。


二人共景色を楽しみ、一通り落ち着いてきた所で内野が尋ねる。


「それでどうやって着地するんだ?」


「ああ、ある程度地面に近づいたらさっきの公園の所にテレポートする」


…ん、それって…


「それじゃテレポートした先でも落下の衝撃が無いのは確認済みなのか?」


「………あ」


松野の顔が青ざめ、それに釣られて内野の顔も青ざめる。


「ヤバイ!どうしよう!」


「馬鹿野郎!

もう手に入れたSPを物理防御に振るしかない!それに防御を上げるポーションも飲んでおけ!」


内野はSPを使い『物理攻撃耐性』のレベルを4→5に上げる。松野は物理防御を上げ、さらに物理防御のポーションを購入する。

すると黄色の液体が入った小瓶が現れた。松野はその液体を半分飲むと、回し飲みで内野がもう半分飲む。


うげぇ…ポーションが少し気管に入った…


内野は少しだけむせるが松野に指示を与える。


「公園の砂場にテレポートするんだ、あそこなら少し衝撃が軽減されるはずだ!」


「分かった…テレポート!」


青色の光が身体から現れると二人は砂場の真上に転移した。そして数秒もしない内に砂場に叩きつけられて身体に衝撃が走り、砂場の砂が周囲に舞う。

幸い二人は大した怪我を負わずに済んだが、生身では確実に死んでいたであろう衝撃なのは分かった。


「大丈夫か……?」


「うげぇ…砂が口の中に入った…」


松野はすぐ立ち上がると公園の蛇口で口の中を濯ぐ。二人共砂だらけになっており、無事なのはすっかりと絞められていたプールバックの中の制服ぐらいであった。


「お前…テレポートするなら空じゃなくて良かっただろ。誰かに見られていてもおかしくないぞ」


「はは、上を指差してた小学生いたし多分見られたな。

でも良い気分転換にはなったんじゃないか?」


「まあな、その気分転換で死にかけた奴がいるけど」


「いやぁ~あれで生きてるんだから、いよいよ俺達人外の域だな」


そんな話をして笑っていると、松野が本来の目的を思い出す。


「あっそうだ。あと一回テレポート使わないといけないわ。今すぐ適当に使うから、お前が連絡で言ってた魔力が見える兜ってやつで俺を見てみてくれよ」


松野が適当にテレポートした後に兜被って見てみると、松野の魔力の光は全く出ていなかった。


「お、成功してるぞ!魔力の光が見えない!」


「よし!これで俺も学校に行ってもいいよな?」


「いやそれは…」


松野はガッツポーズをしながら嬉々として内野にそう尋ねる。だがそれは内野には即答しかねるものであった。


暫く黙り込んで考え、内野は松野に尋ね返す。


「そもそもどうしてここまでするんだ?

奴と戦いになれば、命を掛けた本当の殺し合いになるかもしれないんだぞ。それは分かってるよな?」


松野が魔力水を2つ使ってまでここまでする理由を尋ねると、ガッツポーズをやめて真剣な表情になる。


「いや…なんかお前だけ大罪とかいう特別な存在だと言われたり、急に他プレイヤーに襲われたりと大変そうだったから…どうにか力になりたかったんだ。多分そう思ってるのは俺だけじゃないぞ。


全てをお前におっかぶせるのが嫌だった。だからさっき家で大人しくしてろって言われた時、俺に何ができるか考えてみたんだ。それで思いついたのがこれだ」


…俺の為か。

それは嬉しいが、やっぱり経験が少ない松野には…


「でも一番大きかったのは…お前が生き返れないからだ。


お前が仮面の奴らに襲われているのを知っているのに、自分が棒立ちで何も出来ないでいるのが怖いんだ。

もしもそれでお前が殺されたら…そうなったら…きっと俺の中で永遠にその後悔が残る。他の人と違って生き返らせる事が出来ないから後悔を晴らすチャンスが無いんだ。


俺は弱いから頼りないだろうけど、少しだけで良いから頼ってくれないか?

俺だけじゃない。残された他の皆が後悔しないためにも皆を頼ってくれ」


蘇生石が無いから後悔を晴らすチャンスが無い…か。俺が新島や小田切さん達の死に臆せず前に進めたのは、多分蘇生石のお陰だ。

今度こそ守る、次は死なせない。生き返らせる事で後悔を解消する機会が出来るから前に進めた。

それが無かったらと考えると…居ても立っても居られずに動きたくなるのが良く分かる。


「そうか…まぁ…分かったよ。松平さんに救急時に俺の助けに来れる人がいそうか聞いておく、それに梅垣さんにもな。

とりあえず俺らは明日学校でヒーロー仮面を探すぞ」


「ッ!おう!」


松野は嬉しそうに親指を立てる。


なんか公園に来るまでの焦りだとかが薄れたな。もしかしてさっきのスカイダイビングのお陰か?


何だかんだで楽しかったので、次はクエストの仲間である皆とも一緒にやりたいと思った内野であった。

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