第86話 救世主

完全に油断していた内野は防御したり避けたりする事など出来ず、背中に刃が通る。

身に着けていた制服と鞄の持ち手ごと斬られ、内野は背中に大きな負傷を負って地面に倒れ込んだ。


「がはぁ!ぐ…ぐあぁぁ…」


突然の激痛のせいで思考が回らず、ただ地面に這いつくばって苦しみの声をあげるしかなかった。


内野の背中を斬りつけたのは、右手に赤黒い剣を持っている赤い鬼の面をしている者。そしてその横には同じ様に青の仮面を付けている男がいた。


「ナイス調整だな」


「いや、思っていたよりも刃が通らなかった。割と物理防御のステータスを上げてるようだ。これでも大罪だ、クエストを20回しか受けていないとはいえ油断するなよ」


二人は内野から少し距離を置きながらそんな会話をしている。頭が真っ白になりながらも、動けない内野は二人との会話を試みる。


「な…何で俺を狙うんだ…俺達の敵は魔物だろ…」


「へぇ~対話でどうにかするつもりなんだな。俺らの所の大罪とリーダーとは大違いだ」

「馬鹿、油断するなって言っただろ」


青仮面の大柄な男が余裕そうに内野の方へ歩きだそうとするのを、赤仮面の男が左手で止める。

痛みに耐えながらも思考し、今どうするべきか必死に考える。


確実に他グループのプレイヤーなはずだが…どうして俺を狙うんだ…?

他プレイヤーと敵対するメリットがあるとは思えないし、目的が全く分からない。


先ずは目的を聞かねば話にならないとふみ、相手に尋ねる。


「わざわざ俺を狙う理由は何だ…?プレイヤー同士が争う理由なんて無いはずだ…」


「残念ながらあるんだな。お前には悪いが無理にでも連れていかなきゃならん」

「青、もう少し待つんだ。こいつが確実に動けなくなるのを待て」


またしても赤仮面が青仮面の行動を静止する。


『連れていく』か、少なくとも俺を殺すのが目的じゃないと分かったな。

だがここからどうする。この状況じゃまともに戦えないし、コイツらの強さがどれほどなのか分からないから、戦うのは得策じゃないと思う。

話し合って和解できるとも思えないし逃げるしか無い…どうにか隙を作れないか?


この二人はさっきから俺から距離を置いている。それに赤仮面が『確実に動けなくなるのを待て』とも言っていた。

何を待っているんだ?こっちとしては考える時間が出来るから待っててくれるのはありがたいが、何を待っているのかさっぱり分からん…


「そろそろ動けなくなってきたんじゃないか。あれだけ深く刃が通ったんだし、もう全身に毒が回って痺れてきただろ」


「…だな、そろそろ一分経つ。もう大丈夫だろう」


二人はそう話し合うと、赤仮面が青仮面の少し後ろについて行く形で内野の方へと歩き始めた。


毒が回るのを待っていたのか!

でも特に身体が痺れたりはしないぞ、背中がジンジンと痛むくらいだ。


もしや…スライムのスキル『酸の身体』のお陰か?

しめた!これは逃げる隙を作るチャンスだ!


二人が油断して内野に近づき、青仮面の手が内野の身体に届くその瞬間


内野は素早く青仮面達の居る方向へ手を出し、そこから持っていた光の玉9個を全て出した。

これは以前黒狼に使った目くらまし作戦だ。違いと言えばゴーレムの腕を使っていない事ぐらいである(50話)


「ぐっ!」

「何だこれは!」


思わず二人は腕で光が目に入らない様にガードしてしまい、内野から目を離す。

それと同時に内野は急いで立ち上がり、二人が居る方の逆方向へと逃げ出した。

走っていると後ろから「追うぞ!」「瀕死にまで追い込んでも構わん!」などという声が聞こえてくる。

そんな物騒な声を聞いたからか、道に面してる幾つかの家の住民が窓を開けて外を確認してきた。その住民の目には、血だらけでも走っている内野とそれを追いかける仮面の二人が映る。


「な!救急車呼ばないと!」

「キャーー!何この血!」


内野は走っていて後ろを振り向けないが、聞こえてくる音だけで次第に周囲の住民の騒ぎが激しくなってきたのが分かった。

だがそれでも二人は内野を追い続けてくる。ここら辺の立地に詳しく無かったので、数回曲がった末に行き止まりの道に入ってしまった。


出来るか分からないけど…もう上に行くしかない!


内野と互角以上の速さで徐々に距離を詰めてくる二人から逃げるため、内野はスピードを落とさないまま全力で跳躍し、目の前の建物の屋上に飛んだ。そしてそのまま他の建物の屋根を飛び移っていく。

当然仮面の二人も跳躍して屋上に上り追いかけてくる。


クソ…何処に逃げればいい!

俺が場所を知ってるプレイヤーは工藤と松野だが、二人の所に行ったら二人まで巻き込んじゃう!

このまま逃げ続けるのも無理だ。傷も滅茶苦茶痛むし、長くはもたない。この調子で持久戦になったら確実に負ける。


もうここでこいつらとやるしかないのか!?

俺に勝てるのか!?

前回のクエストで沢山スキルを覚えたが、どれも一回も使った事がないものだ。ぶっつけ本番で使っても戦えるか分からない…


徐々に距離を詰められてきており、内野の中の焦りは加速する。だが必死に打開する方法を考え続ける。


魔力水があれば、強欲を使って相手を1人吞み込んで1対1までもちこめるし、そうなればまだ勝機はあるかもしれない。

でも今は魔力水を所持してないし、ショップを開く隙が無いから逃げながらは買えない。

強欲を使ったら大罪スキルを警戒している相手は確実に退くだろうし、その時にショップを開いて魔力水を買えるか?

だがその前に一番の問題が残ってる。それは強欲使用後に俺が気絶するかもしれないという事だ。これがあるから強欲を使うのを躊躇ってしまう…



内野が建物を飛び移りながら思考していると、突然風を切るような音が聞こえ、それと同時に足に激痛が走った。

何処からか飛んできた矢が内野の太股に刺さったのだ。


内野は突然の足の痛みのせいでバランスを崩し、上手く飛び移ることが出来ず建物と建物の間に落ちる。

建物に付いているパイプや窓の柵に身体をぶつけながら落ち、背中から地面に落下してしまった。


「い…ってぇ…」


落下した時の衝撃は大したものではなかったが、斬られた背中の痛みと足の痛みがより酷くなったので身体が思うように動かせない。

だが仰向けで落下したお陰で、仮面の二人が上から飛び降りてきているのが見えた。


今なら…相手が空中にいる今なら、強欲を使っても相手は避けられない!


「強欲!」


遂に内野は強欲を使用した。気絶するのを危惧していたが、今回は何ともなかったので闇が身体から溢れ出る様子がしっかり見れた。


闇は内野の周囲を丸々包み込み、下りてきた仮面の二人はまんまとその闇の中に落下した。

勝ちを確信した内野であったが、直ぐに異変に気がつく。一向に闇が仮面の二人を吞み込まないのだ。

通常なら闇に触れた相手を飲み込みはじめるはずだが、何故か仮面の二人には反応しない。


噓だろ…闇を防ぐスキルがあるのか!?

そう言えば新島・進上さん・工藤は闇耐性を持っていた…こいつらもそれを!?


一度『闇耐性』というスキルが頭を過るが、その後すぐにそれが原因でないと分かった。


「それがお前の大罪スキルか…やっぱり用心深く行動しないとな」

「まさかすいのスキルが役に立つとはな、コイツが無知で助かったぜ」


赤仮面と青仮面が屋上から下りてくる。今下りてきた二人と、闇の中にいる二人は全く同じ見た目だ。今内野の目の前には赤仮面二人と、青仮面が二人いる。


訳が分からず驚いた顔をしている内野に、まるで正解を教えるかのように上から声が聞こえてくる。


「俺の幻影に騙されたな。やっぱり大罪とはいえクエストの経験は俺らより少ないから余裕だな」


その声と共に、建物の屋上から緑の仮面を被った男が顔をのぞかせる。


「幻影…?」


「ああ。相手に幻を見せるってスキル、囮にはもってこいのものだろ?

幻が見えるのはスキルに掛かったお前だけで、対象者と使用者以外の奴らは視認出来ない様になってるんだぜ」


柵に肘をついて緑仮面が余裕そうに話している間、残りの赤と青仮面は闇から距離をとって闇が消えるのを待っていた。


緑仮面の話で闇が二人を吞み込まなかった理由は分かったが、もはや内野にとってそんな答え合わせはどうでもよくなっていた。この状況を打開できる策を考えるだけで精一杯だったからだ。

そして、それを考えれば考えるほど焦りも大きくなっていった。


作戦が思いつかない…

この足じゃ今逃げたとしても確実に捕まる。

だから完全にこの状況を打破するのにはこの3人を倒さないといけないが…ショップで魔力水を買った所でどうにかなると思えない。

あいつらはむやみに突っ込んで来ないだろうし、魔力水で強欲が使えるようになっても意味が無い…他のスキルで抵抗した所で3人相手に勝てるとも思えない…


もう降伏するしかないと思いかけたその瞬間


突然上で鈍い音がしたかと思ったら、緑の仮面の男が頭から血を流して落ちてきた。


「なっ!」

すい!どうした!」


直ぐに上で何かあったのだと察した内野と赤仮面はすぐに上を見上げた。


すると先程まで緑仮面がいた所に、巨大なハンマーの様な武器を肩に掛けている者がいた。


その者も仮面を着けていたが、赤仮面達とは違い特撮ヒーロー系の仮面。そして内野の高校の女子制服を着ている。


あの人が緑仮面を倒したのか…って事は俺の味方か!?

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