第78話 討伐対象:無冠の王の使徒9

黒狼は…確実に俺達を殺す為にこんな作戦を行ったんだ。


確実に自分の攻撃が当たる場所に俺達全員をおびき寄せる為に、自分を囮にした。

黒狼はもうボロボロだが、周りには魔物の群れがいる。後は魔物が、動けなくなった俺達を殺す。これがコイツの作戦…そして俺達はハメられたんだ。

あいつは…俺達を皆殺しにするつもりなんだ!


心を真っ黒の絶望一色に染められ、内野がただのその場で立ち尽くしている。すると後ろから何者かに声を掛けられる。


「内野……トドメを…刺せ…」


それは大橋の声であった。既に負傷していた事もあり、大橋は身体を動かせずに地面に這いつくばっている。

声を出すのすら辛そうであったが、大橋は最後の力を振り絞って内野の身体に砂の鎧を作る。

大橋のその言葉で内野はハッとし黒狼の元へと走り出した。


そうだ…大橋さんの言う通り今やるべき事は一つしかない。

恐怖や絶望に屈して立ち尽くしてちゃ駄目だ…今動かないと間に合わなくなる!

周囲の魔物がこっちに到着する前に黒狼を倒してクエストを終わらせる!これ以外に全滅を免れる方法は無い!



黒狼の首には梅垣の剣の剣が刺さっており、そのお陰かその場から動けていなかった。

『強欲』についてはまだよく分かっていないが、消費するMPによって現れる闇の量が変わるのならこれ以外MPを使うのは危険であり、『バリア』を使う余裕は無い。だから砂の壁を頼りに前に進むしかなかった。


砂の鎧を纏った内野は全速力で黒狼の元へと走りながらも、ゴーレムの腕で剣と槍を投擲する。その剣と槍は見事黒狼に命中するが、ステータスの差が大きいせいか大した傷はつけられない。


ダメだ…俺のステータスじゃ歯が立たない!それなら…


内野は走りながらステータス画面を開き、急いでとあるスキルのレベルを上げる。


【スキル】

強欲lv,3 →4


もうこれ以外にコイツを倒す術は思いつかない…黒狼を強欲で吞み込んでやる!

魔力水が無い今、強欲を使えるのはこの一回だけ。確実に当てないと終わる!



黒狼は真正面から向かって来ている内野に向かって口から雷を放つ。さっきのものとは比べ物にならないぐらい小さく弱いものであったが、それでも内野の足を止めるのには十分なものであった。


「ッ!」


でもこの威力なら耐えられる…やはりコイツは弱っているんだ。

前はコイツのスキルのせいで闇が吹き飛ばされたが、今ならいける…強欲で呑み込めれば勝てる!


そんな希望だけを頼りに前へと進むが、黒狼から放たれ続ける雷に砂の鎧が次第に削れていく。

そして鎧が完全に無くなったタイミングと同時に、内野はその場で倒れ込んだ。這いつくばってでも前に進もうとするが、痺れのせいでそんな力すらも入らない。

黒狼との距離はそこまで無いが、強欲が当たるとは思えない距離。内野にはもうどうする事も出来なかった。


もうすぐ倒せるのに……あと少しで…皆生きて帰れるのに…

こんな最期になるのか…?


ドコドコドコ!

倒れているので、魔物の足音の振動が直に頭に響き、かなり近くまで来ているのが分かる。


もうどうしようもない…これで終わりなのか。

やっと俺の生活が変わってきたのに…まだ正樹と仲直り出来てないのに…父ちゃん母ちゃんにも噓付いたままなのに…これで死ぬのか…


今からじゃどうやっても黒狼を倒せないと悟り、幾つもの後悔が頭の中を過るがもう抗うのをやめた。






「オラァ!」 


内野が目を閉じて力を抜こうとすると、そんな声がした。


音のした方は黒狼がいる方だ。



内野がそっちの方を見ると、黒狼の首に刺さっていた剣を松野が押し込んでいる光景が見えた。


「ま、松野!?そいつから離れろ!」

「内野!逃げろ!」


二人の声がぶつかり合う。


松野がテレポートで黒狼の首元まで接近し、今のこのような状況になっているのは何となく分かった。だが黒狼は何故か抵抗せず、松野を嚙み殺したり雷を纏ったりなどをしないで、ただその場で固まっていた。



またこれだ。お前はまた俺を助けようとするんだな。やっぱりお前は強いよ…俺なんかよりも。


ここで内野が思い出したのは、あの小西の事件の時の事。その時も松野の勇気のお陰で内野は動けた。そしてそれは今回も同じだった。



お前は本当に馬鹿だ。

でも…こんな絶望的状況なのに勇気が湧いてくる。お前のお陰だ。


周囲から迫って来ている魔物達は倒れているプレイヤーを無視し、黒狼の前にいる内野に向かって来ていた。


やりたい様にやってやる…最後まで抗ってやる!

もう先の事なんて一切考えてないけど、これだけは使ってやる!


立ち上がろうにも力が出ず片膝を付くが、内野の瞳にはさっきまでの絶望は映っていなかった。



「行くぞ!強欲!!」


内野はいつも以上に叫んでスキルを発動する。

その瞬間に身体中から力が抜け、意識が少し朦朧としてきた。ゴーレムのクエストの時と同じ症状だが、動けない程ではない。(25話)


身体から現れた真っ黒の闇は無事に内野を中心に広がり、その闇はいつもの3倍程の広範囲にまで広がった。

その闇は少し離れていた黒狼にまで届くものであった。黒狼は松野を振り払い、ボロボロになった身体を引きずりながら後ろに下がる。

だが動くのが相当辛いのか、動く時に苦しそうな声を上げる。


黒狼がその声を上げた瞬間、内野を目掛けて走ってきていた魔物達は我に返ったかのようにスピードを落とす、が、もう遅かった。


既に内野の闇に接近していた何匹かの魔物達は止まるのが間に合わず、闇に触れた魔物から徐々に吞まれていった。

闇に触れた魔物は何とか逃れようと暴れるが一匹たりともそれは叶わずに吞み込まれていく。周囲にいた魔物の3割、大体10匹程度飲み込む事に成功した。その中には普通に戦えば苦戦するような敵もいただろう。


「…な、なんだこれ。これがお前のスキルなのか?」


松野はギリギリ闇の範囲外にいたので呑み込まれずに済み、辺りに広がる闇を見て驚きの声を出す。


魔物を吞み込んだ闇は一斉に内野の元へと戻っていき、数秒後には元の荒野が広がっていた。


意識がはっきりしないながらも、内野は頭を抱えながらステータス画面を開いて自分のステータスを確認する。


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【レベル19】 SP31 QP5

MP 200

物理攻撃 85

物理防御 87

魔法力  56

魔法防御 84

敏捷性 55

運 6


【スキル】

・強欲lv,4 ()

・バリアlv,3(40)

・毒突きlv,2(20)

・火炎放射lv,5(90)

・装甲硬化lv,1(5)

・吸血lv,1(10)


【パッシブスキル】

・物理攻撃耐性lv,4

・酸の身体lv,3

・火炎耐性lv,5

・穴掘りlv,2

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すげぇな…めちゃくちゃスキル増えてる…


手に入れたスキルの数に驚いたお陰か、朦朧としていた意識が少しずつ回復してきた。

そして急いで黒狼の位置と周囲の状況を見る。


さっきまで内野に向かってきていた魔物達は、この状況を理解できておらず辺りを見回す魔物、さっきまで辺りを埋め尽くしていた闇に怯える魔物に分かれており、未だに立ち尽くしていた。


黒狼はさっきの闇を避ける時に無理をしたせいで動けないのか、その場で3本の足を折りたたんで座ってる。しかし心なしか満足したかのような穏やかな表情である。


黒狼はもう動けないのか?

それなら…奴を殺れるかもしれない!松野が来たお陰で道が開けたぞ!


「松野!魔力水を持っているか!?黒狼にトドメを刺す!」


「お…おう!」


松野は予め魔力水を買っていたのか、直ぐに魔力水を取り出し内野へ投げ渡す。それをキャッチして急いで飲むと、自分の身体に溢れんばかりの力がみなぎってきたのが分かった。


雷を喰らい瀕死状態になっている者達を救うのには直ぐにクエストを終わらせる必要がある。

それに今は周囲の魔物達は状況を理解できていないのか周囲をキョロキョロと見回しているが、いつ倒れている皆を襲うかも分からない。

早くクエストを終わらせるため、内野は黒狼を狙うしかなかった。


今度こそトドメを刺してやる!


周囲の魔物には目もくれず黒狼へと接近し、ゴーレムの腕で黒狼の頭を何度も殴りつける。

何の抵抗もしてこない黒狼にまたしても何か策があるのかと勘繰りするが、黒狼は一向に動かない。今度は本当に何も無い様であった。


本当にもう動けないのか?

それなら今の黒狼を強欲で吞み込めるかもしれない。

コイツを撲殺するよりも、強欲で吞み込んでしまった方が早いしな。


身体を動かせず雷を出せないと分かり、内野は黒狼を強欲で吞み込むと決めた。

確実に当たる距離にまで接近し、スキルを使用する。


「強欲!」


だがスキルを使用したと同時に内野の意識は途絶えてしまった。






…!?


次に意識が戻った時、内野は全く現実感の無い真っ白な空間に横たわっていた。

地面も空も全てが白い空間。もはや遠くの方を見ても何処からが空なのか分からない程真っ白で、到底現実世界とは思えない空間であった。



え………も、もしかして…俺死んだの…?


最初に考えたのはここが死後の世界であるという事だった。

だがそんな考えは次の瞬間には完全に無くなっていた。


「大罪の皆、クエストお疲れ様!」


突然そんな声がしたので、急いで立ち上がり周囲を見る。


そこにはサッカーボール程の大きさの黒い球体を囲む様に七つの椅子が置かれていた。そしてその椅子の近くには全く見覚えの無い人が6人立っていた。

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