第77話 討伐対象:無冠の王の使徒8
梅垣の元へ向かっている間、またしてもミミズの魔物に遭遇したが一匹だったので内野一人で倒すことが出来た。
MPが少ない森田を除く、新規プレイヤーの2人がスキルを使い攻撃したので二人は魔物を倒した判定になった。
大橋もこれ以上内野に負ぶってもらうのに気が引けたのか、魔物との戦闘後は自分の足で歩く。
そして暫く移動していると遂に目的の場所が見えてきた。
やはり一番目立つのは黒狼。血だらけになりながらも梅垣と松平の攻撃を避けているが、満身創痍の黒狼を倒すのは時間の問題であった。
そして黒狼から少し離れた所に数人が立っているのが見える。そこには工藤達と木村達がいた。二組が無事にここにたどり着いた事に安堵するが、今の所松野の姿は見当たらない。
進上が内野達に気がつき手を振ってくる。だがその進上が声を掛けてくるよりも先に内野が聞きたい事をすぐさま尋ねた。
「進上さん!松野と合流しましたか!?」
「…残念だけど見つからなかったよ。僕達が行った方にいた魔力の大きい人は川柳さんで、それ以外に数人と合流したけども松野君はいなかった」
「そ、そうですか…それで今の状況はどんな感じですか?」
松野が見つかっていないと聞き少し心臓の鼓動が早くなったが、見る限りそろそろ黒狼を倒せそうという状況だってので、思っていたよりも冷静さを失わずに済んだ。
「僕らが着いた時には既に松平さんも戦っていたんだけど、見てわかる通りかなり押し込んでる様だね。梅垣さんは大して攻撃を喰らってないし、今回で確実に倒せそうだよ」
嬉しい事であるはずなのに、進上は何処か悲しげな表情をしている。その様子を疑問に思い内野は聞こうとするが、その瞬間内野は遠くから迫って来ている魔物を見つける。
「あれが全員遠吠えで来た魔物…かなり多いですね…」
「工藤さん曰くまだ向かって来ている魔物は30匹以上いて、中にはフレイムリザードよりも強い魔物もいるらしいんだ。
一応さっきまで二手に分かれて何匹か倒してきたんだけど、何せ数が多いからね。内野君も少し休憩したら僕と一緒に魔物を倒しに行こう。
今のうちにレベルを上げておけば、今回の討伐対象と戦う時もほんの多少だけど善戦出来る様になるかもしれないしね」
さっきとは打って変わり、魔物を倒しに行く誘いをする時の進上はにこやかな表情であった。
…フレイムリザードの時も魔物と戦いたがってたし、もしかして進上さんって魔物と戦うのが好きなのか?
もしや自分も黒狼と戦いたかったから、あんな悲しげな顔をしたのかもしれない。
てか進上さん達は今回の討伐対象が黒狼という可能性にまだ気が付いてないのか。一応これは進上さんに伝えておこう。
先程大橋達に話した様に進上にも自分の考えを話そうとすると、ちょうど工藤と木村もやって来る。
二人とも内野の帰りを喜んでいたが、再会の言葉の前に内野は工藤に質問をする。
「今回の討伐対象の場所は分かった?」
「え、いや…やっぱり見えなかったわ」
開口一番のこの質問に工藤は少し戸惑いながら返す。
討伐対象が見当たらないという事により、黒狼が討伐対象という可能性が更に高くなったので、内野はこの考えを3人にも話し始める。
「皆、もしかすると今回の討伐対象の『無冠の王の使徒』は黒狼なのかもしれないんだ。今回のクエストでのあいつの行動は…」
内野が理由を口にしていたその時、とある魔物と目が合う。
それは現在梅垣と戦っている最中である黒狼。
身体がボロボロの状態で梅垣と松平の攻撃を避けており、余裕が無いはずである黒狼としっかり目が合った。
その瞬間、内野の中に不穏な予感が生まれた。
どうして黒狼は俺の方を見たんだ…
最初に遠吠えをした時もそうだが、目の前の梅垣さんの相手だけで手一杯のはずなのに、どうして全く戦闘に関係無い俺の方を見るんだ?
妙な胸騒ぎがする…コイツには何か策があるのか?
さっきも俺を見た後に魔物を呼び寄せたし、フレイムリザードを呑み込むなんて事する奴だ、まだ何か考えている可能性は十分にある。
もしかして『無冠の王の使徒』ってやつが近くにいるとか…
最初に思いついたのは、一番の不安要素であった『無冠の王の使徒』。討伐対象の魔物が黒狼じゃないという最も絶望的であると考えられるものだ。
内野は黒狼から目を離し、急いで辺りを見回して確認する。プレイヤー以外で見えるのは、遠吠えによりこちらに迫ってきている魔物達のみ。魔物達の進むスピードは遅くまだ距離もある。『無冠の王の使徒』らしき魔物も見つからない。
まだあの魔物達がここに着くのには時間が掛かりそうだ。見たところ全速力で向かって来ている魔物がいない、時間が出来るからこっちとしては助かるけど…どうして走らないんだ?
遠吠えで来たこいつらが黒狼の仲間なら、助ける為に急いで来るはずだ。黒狼の仲間じゃないのか?ならどうして黒狼の遠吠えでここに来たんだ?
突然言葉を止め辺りをキョロキョロと見回す内野を疑問に思い、三人が声を掛けてくる。だが三人の声は内野には届かない。
内野は頭の中で色んな可能性を考え、疑問点を出し、黒狼が何を企んでいるのかを明確にする為に全神経を注いでいた。
…既に俺達はハメられてるのか?
魔物が黒狼を囲む様に向かって来てるのも
向かってくるスピードが遅いのも
全て理由があるのか?
内野がそう考えた刹那、黒狼が動きを止めて上を向いたのが見えた。
何かヤバイ!やっぱりまだ何かするつもりだ!
内野は咄嗟に近くにいる工藤と木村の手を引っ張り、黒狼から距離を取ろうとする。
「皆離れて!」
「退け!下がれ!」
黒狼の異変に気が付いた二人による声が重なった。
一つは内野のもの。二人の手を強引に引っ張りながら、進上と少し後ろにいる大橋達に向けて叫んだもの。
もう一つの声は梅垣のものだった。
立ち止まった黒狼の首に剣を突き刺しながら、周囲の皆にそう呼び掛けた。
だがその突然過ぎる指示を受け、咄嗟に動けた者は一人しかいなかった。それは梅垣の指示と同時に内野の指示を近くで聞いていた進上のみ、すぐさま内野の背中について行く様に動く事が出来た。
「ちょ、どうしたの!」
「先輩!?」
手を引っ張られた二人は驚いているが、内野はそれに返す余裕は無い。
あいつが何も考えずにこんな隙見せる訳ない!梅垣さんはそれが分かったから下がれと言ったんだ、皆早く距離を…
もう一度下がるように叫ぼうとした瞬間、またしても黒狼の遠吠えが辺りに響く。
「オォォォォォォォン!!」
そして次の瞬間、轟音と共に大きな雷が四つ辺りに落ちた。一つは黒狼自身に落ち、他の三つは黒狼の周りに落ちた。
落ちた雷は一つ一つがとてつもなく大きく、落下箇所から離れているプレイヤーの身体にも衝撃が届く。
内野は離れていたお陰か前に少し吹き飛ぶ程度で済み、すぐさま顔を上げて後ろを振り返ると…
目に見える所で誰一人立っている者はいなかった。
工藤・木村・進上の3人は倒れているが意識はしっかりある状態。他のメンバーは気絶しておりとても動ける状態じゃなかった。
内野は次に視線を黒狼へと向ける。
首には梅垣の剣が刺さっており大量に出血しているが、まだ死んではいない。そして黒狼の周りには幾つか黒焦げに焦げた何かがあり、内野はそれが人間だと理解するのに時間は掛からなかった。
梅垣さんは至近距離であれを喰らった…もしかして…あれのどれかが梅垣さんで…死んじゃってるんじゃ…
ほぼ全員が倒れたという状況を理解し絶望していると、周囲から一斉に足音が鳴り始めた。
絶望の音がこちらに向かってくる
遠くから黒狼を囲むように向かって来ていた魔物が、全員一斉に走りだしたのだ
動ける者が数名しかない、頼みの綱である梅垣も倒れ、帰還石も無い。
そんな状況で数十匹の魔物が迫って来ている。
もはや内野の中には絶望以外の感情など存在しなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます