第76話 討伐対象:無冠の王の使徒7

「え、黒狼が『無冠の王の使徒』?」


「はい。あいつの行動をよくよく考えてみるとその可能性が高いです」


あくまでその可能性が高いってだけで、確実にそうとは言い切れないものだ。


さっき俺はどうして黒狼は今回その討伐対象の近くにいなかったのか疑問に思っていた。

考えたのは、魔物同士も対立しており今の手負いの状態だと『無冠の王の使徒』に殺されるから今回あいつは討伐対象の近くにいなかったというのだ。

魔物同士も殺し合い食べるというのはゴーレムのクエストの時に見たし、その可能性は十分があった。


だがそれを踏まえて考えてみると、今回のあいつの行動は少しおかしい。

あいつは遠吠えで魔物を呼んだんだ。それで向かって来ている魔物は黒狼の仲間なのかもしれないが、問題はそこじゃない。


遠吠えを聞いて『無冠の王の使徒』が来る可能性が高いのに遠吠えしたのが問題だ。

討伐対象がクエスト範囲外にいるとは思えない、それだと俺達がクリア出来なくなるからな。

だから討伐対象が最初からクエスト範囲内にいる前提で考えてみると、黒狼の行動はあまりにリスク高いものだ。

黒狼がいたあの場所はクエスト範囲のボーダーギリギリって訳でもないし、あんな遠吠えをしたら、討伐対象の耳にも届き、向かって来るかもしれない。

そうなれば梅垣さんはまだしも、手負いでボロボロの黒狼は確実に死ぬだろう。あの状態で逃げれるとは思えないしな。


だが黒狼が討伐対象だと考えてみたら、今回のクエストの事も色々と納得できる。

まず、今回のクエストの場所が前回のクエストと同じ様な場所な理由。これは討伐対象になった魔物がいる所がクエスト範囲になるのだと考えると納得できる。

前回のクエストが終わった後に黒狼がどんな行動をしたのかは分からないけど、少なくとも遠くへは行けなかったはずだしな。


次に、遠吠え前に見つかった魔物が黒狼しかいなかった事。

クエスト範囲内に確実に討伐対象がいるというのは、裏を返せばクエスト開始時にクエスト範囲にいる魔物が討伐対象という事にもなる。だからクエスト範囲外から来た魔物は討伐対象では無いだろう。


これらが黒狼の正体が『無冠の王の使徒』という考えに至った訳だ。そう考えるに足るほど色々揃っているだろう。



内野が今の自分の考えを皆に述べると、大橋が内野の肩を叩きながら嬉しそうに声を上げる。


「なるほど…ならそれが当たっていれば、黒狼を倒せばこのクエストは終わるという事か!」


「ええ。それに『無冠の王の使徒』という一番の不安要素だったものが消えるので、もう俺達が考えるべきはどれだけ黒狼を早く倒せるかという事だけになります」


さっきまでは、黒狼を倒した後も無冠の王の使徒と迫って来ている魔物の事も考えないといけなかったからな。


それが消えて心に余裕が出来てきたからか、一同の表情は明るくなっていた。

森田(メガネの男)以外の新規プレイヤー2名は状況を理解出来てる訳では無さそうだが、内野達の様子を見て安堵している様だった。


「良かったな内野!早く終わればお前の友達も助かるかもしれないぞ!」


「あ…そうですね…」


大橋に松野の事を言われ、内野はハッとした顔をする。だがその声は少し弱々しい声であり、内野の様子の変わり方は誰が見ても分かるものだった。


…松野の安否はあまり考えない様にしていた。

今回は最初にクエスト範囲内にいた魔物は少ないし、あいつが生きてる可能性の方が高いと思う。だけど…


「内野…す、すまん。もう少し気を使うべきだったな…」


「いえ、大橋さんの言う通り早くクエストが終わるほど松野の…皆の助かる可能性は上がると思います。

でも…死んでいたらと考えてしまうと…怖いんです。また新島を失った時みたいに胸が痛くなると思うと…」


松野が工藤達と合流しているのが最も理想的。梅垣さんの所で工藤と進上さんのグループと合流した時、そこで生存を確認出来るから。

だが工藤達と合流してなければ、あいつは黒の発煙筒が上がった所へは近づかないだろうし、クエストの最中は安否をとれない。

そうなると、新島の時の様にクエスト終了時に連絡して生存確認するしかない。

それが堪らなく怖い…またあの時みたいに一切反応が無かったら…


前回のクエスト終了後、内野は新島から連絡が届くのを一晩中待っていた。その時間はいつも夜更かししていた時の比ではないぐらい長く感じ、そして辛いものだった。


内野は無意識のうちに松野の事を考えない様にしていたが、大橋の言葉で閉じ込められていた感情が表れてしまった。



沈黙が続いていたが、それを破ったのは森田。


「…そういうの考えるのは後にしよう、今考えた所で無駄だろ?」


「ちょ…そんな事言わなくても…」


森田の言葉を聞き、真っ先に新規プレイヤーの川崎(あまり目立たない子)が不満そうに呟く。

だが森田は止まらない。


「当たり前だが、気分が沈んでいる時はいつもの調子は出ない。思っているよりも心が身体に与える影響は大きいからな。

そして大橋さんが負傷した今、前に出れる俺達の戦力は彼だけだ。そんな者が不調では俺達が危ない。

だから彼には立ち直ってもらわないと困る」


「だからって…流石にそれは…」

「そうだぞ。知人が死んでるかもしれないとなると、不安になるのは当たり前だしその不安を直ぐに忘れたりなんか出来ないだろ」


森田の心無い言葉に泉と尾花(チャラい男)の二人は言い返す。森田は二人の言葉を軽く一蹴し、内野の前に立つ。

内野の前に立った森田は何も語らず、内野を見下すような目で見つめていた。


「そ、そうですね…俺がしっかりしないと駄目ですよね…」


森田に多少の憤りを感じてはいたが、彼の言っている事が正しいと内野自身分かっていたのでそう返すしかなかった。


するとその返しが望んでいた答えじゃなかったからか、森田が大きくため息をつく。


「キレないのかよ…普通こんな態度で言われたらムカつくだろ」


「…え?」


「短期間であれば、怒りは人を動かす最大の原動力になるからな。

お前が俺にキレ散らかして立ち直ってくれるかと思ったのだが…同級生には効いたのにダメだったか」


「えっと…なら今のはわざとやったってこと?」


「いや、8割ぐらい本心だ」


「あ、思ってたより多い」


だが、気がつくと内野の心は先程と比べて楽になっていた。森田の作戦は思いがけない形で少し成功していたのだ。


「なんか…今ので少し落ち着けた気がします」


「貯め込んでいた不安が一気に出ちゃっただけでしょうね。こんな状況ですし仕方ないですよ。貯め込んだ感情が爆発するのは私も偶にあるので、そうなっちゃうのも分かります」


内野の表情が戻ると一同は安堵し、泉は内野をフォローするように声を掛ける。


のか…自分でも貯めてるなんて気がつかなかったし恐ろしいな。


「心配させてごめんなさい。まだ不安は残っているけど、取り敢えずは大丈夫です。大橋さんもさっきの事は気にしないでください。先を急ぎましょう」


足を止めてしまった分を取り戻す為、内野達は再び走り出した。


大橋が黙り込んでいたのは気になったが、負ぶっているので内野からは表情は見えなかった。

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