第75話 討伐対象:無冠の王の使徒6

松平が来てからは戦況が変わった。


松平のスキルで怪我を負った魔物は弱り、突進する力が少し弱くなったので大橋はさっきの様にサイを抑える。

そこに3人で攻撃を与えていると、数分でサイを殺すことが出来た。


「ふぅ…何とか間に合ったみたいだね」


松平は魔物が死んだのを確認すると弓を仕舞い、大橋の元へと駆け寄る。大橋は戦いが終わるや否やその場でしゃがむ。


「クソ…流石に近くで炎を浴び過ぎた…」


大橋は腹から胸にかけ、見ていて痛々しい程酷い火傷を負っていた。すぐさま一同は大橋の下に駆け寄る。


「大丈夫ですか!?動けそうですか?」


「ああ、動く分には問題無い。それより松平が見つかった訳だしさっさと目的の場所に向かおう」


大橋は笑顔で親指を立てるが無理に作ったような笑顔であった。


大橋の怪我の心配もあるが内野はやらなければならない事がある。

まず松平と合流出来たので工藤達と決めていた赤と緑の2つの発煙筒を同時に上げる。2つなのは、単色では他の人の上げたものと混ざってしまうからだ。



梅垣の元へ戻りながら松平に事の経緯を話すと


「という事は、私が早く辿り着けば黒狼を倒せる可能性が上がるんだね。なら私は一足先に行ってるよ、多分この中で一番敏捷性が高いからね」


と言い、内野が教えた方向へと一人で走って行った。こちらは負傷者の大橋がいる分早く動けないので、納得の判断であった。



現在内野が大橋はおんぶしているが、ひょろひょろで身体が小さい高校生がムキムキの巨体の男を背負うという、はたから見れば凄い光景になっていた。


「一つ聞きたい事があります、魔物を倒したという判定は何処からなんですか?」


大橋を背負っている内野の横にいたメガネの男がそう切り出すので、それに大橋は答える。


「魔物が絶命した時から10分前ぐらいまでに、【その魔物に攻撃した者・魔物の攻撃を喰らった者】が倒した判定になる。今分かっているのはこれぐらいだ」


「…実はさっきの魔物が死ぬ前に、そこら辺に落ちていた石を投げつけていたんだ。だがその魔物を倒した判定にはなっていなかった。

強い魔物を倒せばレベルが上がりやすいだとかあるのか知らないが、流石にあれ程の魔物を倒してレベルが上がらないのはおかしい、俺のレベルはまだ2だし」


「それじゃあ魔物を倒したという判定になってなかったという事だな。あれぐらい強い魔物なら、きっと新規プレイヤーなら2レベルぐらい上がっていただろうし」


メガネの男の疑問に大橋は返答する。


いつの間に石なんか投げていたのか。だけどその程度の攻撃じゃ、魔物に攻撃したという判定にはならなかったと。


「このステータスとかのゲームみたいなUIといい、何者かが裏にいるのは確実だな。

魔物を攻撃したかしてないのかを決めるのは、このゲームみたいな事をしている黒幕だろう」


メガネの男はそう言うが、内野はその喋り方に少し違和感を感じる。


「あれ…確かさっきまで敬語…でしたよね?」


「…あ、俺としたことがすっかりそれを忘れていました。

さっきから他の事を考えていてそんな余裕が無かったんですよ」


「いや、さっきみたいな普通の喋り方で大丈夫ですよ」


「てっきりここではレベルで序列が決まるのかと思っていたが、そういうのは無いんだな、ならそうさせてもらおう」


男はメガネのレンズを拭きながらそう言うと、続いて口を開く。


「そう言えば名前を言ってなかったな、俺の名前は『森田 明』。君は『内野勇太』だね? 」


「え、下の名前なんて言いましたっけ?」


「あの事件の事でネットに出てた。多分お前の学校の奴がばらしたんだろうな」


「…」


口を開けて驚く内野を見て森田も驚く。


「その様子だと…まさか知らなかったのか?エゴサーチとかしなかったのか?」


「クエストの事ばかり考えててそれどころじゃ無かった…」


「……納得」


帰ってから色々調べよ。

いや、やっぱ出来れば見たくない…だって…


内野があの事件での世間の反応だとかをあまり調べなかったのは、クエストだけが原因ではなかった。


『理想な学校生活を送るのにお前らは邪魔だ。だから…お前ら全員ぶっ潰す!』


これは小西にキレた時に心の声が漏れてしまい、内野が声に出してしまった言葉だ。(56話)


当然ネットではこのセリフへの反応もあり、以前内野が見たコメント欄では色んな反応をされていた。


『カッコイイwwww』

『高身長のイケメン以外がこれ言ってもw』

『頑張って言ってる感じがして好き』

『共感性羞恥心マシマシ』

『俺も明日学校で言ってくるわ』


これを見てしまい恥ずかしくなってしまい、内野はこれ以降あの事件について調べなかった。



走っている間に他の新規プレイヤー達の名前とスキルを聞く。


眼鏡をかけた男『森田 明』

【スキル】

・フレイムボムlv,1(30)

【パッシブスキル】

・自動魔力障壁lv,1


チャラい見た目をしている男『尾花 嶽尾たけお

【スキル】

・牙突lv,1(10)

【パッシブスキル】

・物理攻撃成長補正lv,1


あまり目立たないタイプの男子高校生 『川崎 慎二』

【スキル】

・アイスウェポンlv,1(10)

・フルスイングlv,1(20)

【パッシブスキル】

・魔力維持lv,1


大橋でも聞いたことのないスキルが幾つかあったがこの状況では足を止めて検証する余裕は無い。


松平さんには先に向かってもらったが、やはり最優先すべきは黒狼の所に辿り着くこと。黒狼を倒した後もクエスト範囲外から迫って来ている魔物が止まるとは思えないし、出来れば早めに皆と合流しておきたい。


…てか本当に討伐対象の『無冠の王の使徒』って何処にいるんだ?

あれだけレベルの高い敵なら暴れ回っているだろうし、そうなれば発煙筒で知らせがあるはずだ。


走りながらも数ヶ所で発煙筒が上がった跡は見えるけど、方向的にどれもクエスト範囲外から迫って来ている魔物を知らせるものだろう。

もしかすると他の魔物同様に、黒狼の遠吠えに釣られて向かって来ているのかもしれない。


「今回の討伐対象は何処にいるんでしょうね。他の魔物みたいに黒狼の所に向かって来ているのでしょうか」


「それが気掛かりだ。さっきのサイの様なレベル30代の魔物の攻撃は受けたことあるが、その比にならない程だと考えると…もはや俺は壁役すら務まらんだろうな。例え万全の状態であっても」


内野の言葉に、大橋は俯き気味にそう返す。


やっぱり今回の討伐対象も黒狼並みに強いと考えるべきだな。この二体が揃えば確実に全員死ぬ、早く黒狼を………あ


そこで内野の中に一つの疑問が浮かんできた。


…ゴーレムの時やフレイムリザードの時といい、黒狼は俺達のターゲットが分かっているとしか思えない動きをしていた。だから今回の討伐対象の事も知っているはずだ。

それなら、どうして今回はその討伐対象の近くにいなかったんだ?



考えていく内に疑問が次第に確信に変わっていき、内野はその場で足を止める。突然立ち止まった事に一同が驚き、背中に乗っている大橋が声を掛ける。


「おいどうした、もしかして背負うの疲れてきたか?

あ、それか俺の血が背中に付くの嫌だったか?」


もしも俺の考えが合っているなら…


「もしかすると…今回の討伐対象である『無冠の王の使徒』って…黒狼なのかもしれません」

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