第74話 討伐対象:無冠の王の使徒5

「おい、あれって魔物じゃないのか?」


暫く魔物と遭遇することなく行動していたが、ふと横を見たチャラい男が何かに気が付く。


その方向を見ると、サイの様な大きな一本の角を持つ魔物がいた。かなり遠くだが、その巨体故に全員が目視出来た。


「あの魔物が向かってる方向は俺達と同じだな。あれが黒狼の元に向かっているという魔物か」


大橋が腕を組みながらそう言うと、内野の方を見る。


「どうする、手強そうだがここで倒しておくか?

今ならこっちに数の利があるが、魔物達が集まってしまうのも時間の問題だろう。そうなれば奴を倒すのは厳しくなるぞ」


…梅垣さんの所に行くのを優先すべきか?

早く黒狼を倒せれば梅垣さんがフリーになり、迫って来ている魔物も倒せるだろう。だが問題は、俺達が早く行ったからって黒狼を早く倒せる様になるとは限らない事だ。

こっちには遠距離攻撃が出来る泉さんがいるけど、彼女は休憩の時に「前のクエストで私も黒狼に攻撃を入れていたけど、ステータス不足でほとんど攻撃が効かなかった」と言っていた。

前のクエストで、全員で黒狼の腹を攻撃をした時の様子を詳しくは聞いてないから分からないけど、泉さんでも駄目なら多分工藤の攻撃も黒狼には通ってなかったと思う。


もし二人が駄目となると、もう松平さんを見つける以外に道は無い。だが俺は松平さんを見つけられなかったし、進上さん達からの発煙筒の知らせも無いから、松平さんはまだ見つかっていないって事だろう。


つまり今戻った所で黒狼を早く倒すことは出来ない。それなら…


「そうですね…あの魔物は今のうちに倒した方が良いかもしれません、やりましょう」


内野は長考を終え、魔物を倒す決断する。その決定に泉も賛同し、内野・大橋・泉の3人でその魔物と戦う事になった。

残りの新規プレイヤー達には、離れ過ぎず近過ぎずの距離を保っててもらう。


だがフレイムリザードの時の様に、目の前の魔物の討伐を最優先にするというルールを大橋はもうけた。(47話)

今回の場合は地面から魔物が現れる可能性があるから、なかなか油断ならない。



サイみたいな魔物とは距離があるので、先ずは泉が遠距離から弓で一方的に攻撃をする。

矢に当たった事でようやく内野達に気が付き、進路を変えてこちらの方へと突進してくる。


巨体の割にかなりのスピードがあり、矢が刺さってもそのスピードは落ちない。


泉さんの攻撃で身体に矢は刺さるけど、相手が動きを止める程のダメージにはなってない…柔らかい場所ならどうだ?


「泉さん、あいつの目を狙える?」


「いや…こちらに向かって来ているとはいえ、私の腕ではそれは難しいです」


「そうですか…なら引き続き攻撃をお願いします」


やっぱりあの小さな目に矢を当てるのは難しいか、ならフレイムリザードの時みたいに二手に分かれ、狙われなかった方が目を潰す作戦にしよう。


内野はこの作戦を大橋に話すが、大橋は首を横に振った。


「いや、あのスピードで突っ込まれたら、君ではただで済まないだろう。俺があの魔物の突進を受け止めてみせる」


「…任せました」


「おう、あいつに攻撃を与えるのは内野に任せるぞ」


あいつの動きを止めるのは大橋さんに任せよう。俺よりも先輩だしレベルも高い、とにかく俺は大橋さんを信じて攻撃に専念する!



大橋の少し後ろに内野がおり、その後ろに泉、その更に後ろに新規プレイヤーの3人がいる。


サイの魔物は一番前にいる大橋に向かい突進してきており、もう数秒で接触する距離。


そのタイミングで大橋は砂の鎧を纏い、魔物を受け止める準備は万態になった。だがそれと同時に、サイも炎を纏った。

身体中が炎に包まれ、魔物の頭に付いている大きな角も炎で燃え上がりより大きくなった様に見えた。


それを見て大橋は咄嗟に数枚の砂の壁を前方に作った。


だがサイはその数枚の壁を突進で全部破壊し、大橋の胸に突っ込む。大橋は前屈みになってサイの頭を抑えるが、それでも大橋は後ろに押され続ける。


先ずは足を狙う、少しでも大橋さんの負担を減らすんだ!


内野は剣で魔物の後ろ足を切りつける。骨までは通らなかったが、数回の攻撃で相手の後ろ足の筋肉は削げる。

魔物は苦しそうに唸り声を上げ突進の力は下がり、大橋は態勢を立て直すとサイを少し押し返す。


もう一方の足も同じ様に攻撃しようと内野が周り込むと、サイが纏っていた炎が急激に強くなった。剣で攻撃しようとすれば手が丸々炎の中に入ってしまうほど炎は大きいので、内野は思わず後ろにさがってしまった。

内野は魔力防御が高いし火炎耐性があったからまだマシだが、他の者ならそれに触れるだけで中々の痛手を喰らいそうである。


「ッ!すまない!一旦退く!」


大橋はそう言うとサイの頭から手を離して距離を置いた。大橋を纏っていた砂は殆ど無くなっており、特に魔物の角に近かった部分は酷い火傷を負っていた。


「魔力水を使って、今度は更に強固な鎧を作る!そうしたらまた押さえてみせる!」


大橋は急いで魔力水を買おうとするが、相手はそれを許さない。魔物は大橋に向かって突進を開始する。


内野は魔物に走りながら足に槍を投げるが、炎で視界塞がれ、狙いが外れ胴に当たってしまったので動きを止められなかった。


ゴーレムの腕で引っ張ろうと手を伸ばすが間に合わない。

そして大橋はなけなしの魔力で砂の鎧を作り攻撃を受ける準備をするが、とても防げるとは思えないものだった。


あの状態で突進を喰らったらヤバイ!大橋さんが死んじゃう…!


「バーストショット!」


内野が絶望しかけた所で泉の声が聞こえた。


泉が放った矢が魔物に当たると、魔物は1メートル程だけ横に吹っ飛んだ。吹っ飛んだと言っても横に少しズレただけだが、それにより出来た数秒の有用で内野はゴーレムの腕でサイの足を掴めた。

ゴーレムの腕の長さなら内野本体に炎が当たらずに済み、思いっきり引っ張る。


「うおおおおおおお!」


大声を出し、足を握りつぶす勢いで掴んで引っ張る。力比べは魔物の方が上手でズルズルと引っ張られるが、大橋が退いて魔力水を使う時間は作れた。


大橋が鎧を再び纏うのを見て、魔物をゴーレムの腕で殴るが、サソリの時の様に簡単に潰すことは出来ない。


どうする…あの大橋さんの身体じゃ長くは持たない…それまでに倒せるか!?

倒せ無さそうなら今の内に逃げた方が…



内野がそう後ろ向きな事を考えていると、魔物の左目に一本の矢が刺さる。


「ナインエッジ!」


何処からか聞こえたその声と共に、9本の光った矢が魔物に深く突き刺さる。それにより魔物は今まで出さなかった苦しそうな声をあげた。


この声はッ!


矢が放たれた方向を見ると、そこに居たのは松平だった。

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