第73話 討伐対象:無冠の王の使徒4

内野がサソリとの距離を詰めると、サソリは急に穴を掘りはじめる。


まさか逃げるつもりなのか?

相手に毒を喰らわせて逃げるって作戦…いや習性というべきか。俺が毒で弱るまでの時間を稼ぐつもりだな。そうはさせないぞ!


内野は走りながらゴーレムの左腕に槍を出し、逃げようとするサソリに槍をなげつける。槍は尾の根本辺りに刺さるがサソリは動きは止まらず、そのまま地中へと潜っていった。

掘られた穴を覗き込むが、暗いので底の様子は見えず、サソリがどれ程潜ったのか分からない。


あんな巨体が通れる穴をこんなに早く作るなんて…穴を素早く掘れるとかいうスキルでもあるのか?

いや、それよりも今はこの頬から入った毒をどうにかしないと…って、あれ?


気が付くとさっきまであった痛みが完璧に引いていた、頬の傷を触ってみると、指に色の悪いドロドロとしている液体が付着する。


もしかして俺のパッシブスキル、『酸の身体』が毒を溶かしてくれたのか?

だとすると、このスキルがある俺には毒が効かないって事だな。


内野が棒立ちでそんな事を考えていると、新規プレイヤーの一人が内野に接近してくる。


「今潜った魔物を地上に引っ張り出す手段はあるんですか?」


それはロビーで梅垣に色々質問していた男子高校生であった。メガネをかけ、背が高く顔立ちが整っている、制服を着ていなければ大人にしか見えない。


「…無い。だから取り敢えず今は大橋さん達の方に加勢しようと思う。危ないから下がってて」


「一つ試してみたい事があります、危険かもしれないから少し下がっててください」


新規プレイヤーとは思えないほど冷静なその男は、サソリの逃げた穴へと何かを投げつけた。

何を投げたのか聞こうとすると、その瞬間、穴の中で何かが爆発した。爆発と共に火が発生したようで、穴の中が赤く光ったと思ったら黒い煙が上へと上がっていく。


「…何を投げ入れたの?」


「俺のスキル…『フレイムボム』ってやつ。

ここからなら確実に魔物に当てられるだろうし、魔物を地上に引っ張り出せると思いましてね。上がってきた魔物を倒すのは貴方に任せます」


「ちょ…せめて俺に一言何か言ってからにして欲しいんだけど。勝手に行動されると困るのだが」


「今のは噓を付かれた仕返し、とでも思って下さい。まぁ…もうしないから安心して大丈夫ですよ」


男は爆発の威力と内野の反応に満足したのかほくそ笑んでいた。


噓を付かれた仕返しって…この人はもう大橋さんから話を聞いたのか?


その数秒後、少し離れた所からサソリは姿を現した。『火炎耐性』を持っているサソリはあまりダメージは喰らっていなかったが、爆発の衝撃を受けて驚いたのか急いで地上へ戻って来たようだ。


「ほら、サソリが出てきましたよ」


「…分かった。だがあいつの尻尾は伸びるし毒もある、本当に危険だから下がってて。庇いながらは戦えないから」


メガネの男にそう言うと、内野は出てきたサソリに向かって走り出した。


先程の槍が刺さったままであり、それにより尻尾を上手く動かせなかったのか、さっきの突きを数回放つが全部スピードは遅く内野はそれを躱す。

内野は攻撃が届く距離まで近づくと、ゴーレムの腕で相手のハサミごと、一発で頭を粉砕した。


そしてその後大橋と泉の方へ加勢し、内野がまたゴーレムの腕でトドメを刺した。

これで周囲にいる魔物は掃討され、3人は一息つく。


「いやぁー内野のお陰で助かったぞ!よく来てくれた!」

「内野さん、助かりました!」


礼を言ったその後、新規プレイヤー達も呼び寄せ少しの休憩に入った。その間に内野はこれまでの経緯を話す。


「クエスト範囲外から魔物が大量に来るなんて初めてだ…やはりあの黒い狼は特別な魔物なんだな」


「はい、魔物を呼んだのは多分黒狼です。今後のクエストで犠牲者を出さない為にも、やはりあいつはここで倒さないといけません。そしてその為に梅垣さんの所に戻らないといけないんです」


「あ…」


内野その言葉で、大橋は何かを思い出したかのような声を出す。


「…内野、実はこの3人には本当の事を話したんだ。死なないというのが噓だってな」


「ああ、それならさっきそこのメガネの方が噓付かれた仕返しだと言っていたので分かってましたよ」


内野がそう言うと、メガネの男は首を横に振る


「いや、俺はクエスト始まる前からあれが噓だと気が付いていましたよ」


「え?」


「あのロビーという空間での貴方達反応から疑ってはいたので、クエストが始まる前に俺なりに色々調べていました。

そしたら『蘇生石』というアイテムを見つけましてね、その詳細文を見たらあれが噓だったのだと分かりました」


あ…なるほど。確かにあのアイテムを見つけていたら死なないっていうのが噓だと分かるな。

でもそうなると一つ疑問がある


「ならどうして俺達に問い詰めに来たり、他の新規プレイヤー達に本当の事を話したりしなかった?

俺達が新規プレイヤー達を利用してると、クエストが始まる前には分かってたんだろ?」


「簡単な話ですよ、俺も貴方と同じ様にこの作戦に乗ったってだけです」


「な、なるほど…」


内野は、あんな状況で冷静に合理的な判断をした男に驚く。


黙っていれば自分の生存確率が上がるもんな。確かに噓を追求するよりも黙っていた方が良い。



「…利用された…と」


一人がそんな事をボソッと呟く。それは新規プレイヤーの内の一人であった。


そこで残り二人の新規プレイヤー達に目をつく。

一人は少しチャラい見た目をしている成人男性で、もう一人は内野と同じ様にあまり目立つタイプじゃない男子高校生。

そして今の言葉を発したのは男子高校生の方であった。


内野は二人の方を見ると頭を下げる。


「噓を付いてしまい…ごめんなさい!どうしても黒い狼の位置を早く知る為にこの…」


「あ、いや、別に貴方を責めたいわけじゃないんです!先程助けて頂いたので今ではお三方に対する感謝の方が大きいです!

ただ、もしも自分がその噓に騙されて発煙筒を使い、魔物に見つかり殺されていたら…とか考えてしまい、ついつい声に出してしまっただけです!」


内野の言葉を遮るように男子高校生は言葉を挟む。焦って訂正するように早口で、ごちゃごちゃとした身振り手振りもついている。


それを見て、隣にいたチャラい見た目をしている男はその場で立ち上がる。


「ああ、俺も別に構わないな。結局のところ魔物があまりいなかったから発煙筒も使ってないし、俺達は利用されてないって事で良いだろ。

それじゃあこの場に噓を付かれたのを恨んでいる人物はいないって事で、もう話はお終いだ!」


男は両手をパンと合わせてそう言う。

それを見てこの場にいる者の表情は少し明るくなった。


「ですね!」

「俺はどちらかと言えば利用した側の人間ですし、二人が良いのなら構いません」


新規プレイヤーの二人もそう言い、内野・大橋・泉の表情は晴れ、魔物が迫ってきているハードな状況の中良い雰囲気となった。



そして休憩が終わり、5人は梅垣のいる所へ向かいはじめる。

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