第66話 共犯者

梅垣の話が終わると、一人のメガネを掛けた男子高校生が手を上げる。


「その話は少々信じ難いですね…

だって周りの方達の表情は貴方の発言に驚いている様にしか見えませんから、貴方が勝手に作った噓なんじゃないですか?」


突然噓をついた梅垣に皆が驚きを隠せていなかったので、その反応を見られて指摘が入る。


「…そうだね。やっぱり隠せなさそうだから、大人しく本当の事を話すよ」


梅垣がそう言うので、今度こそ本当の事を言うのかと思ったが内野の予想は外れる事になる。


「実はさっき俺が言った、『死んでもペナルティとかは無い』、というのは噓なんだ。実は一回クエストで死ぬと、所持QPが半分になり、クエスト五回分休みになってしまうんだ。

皆があんな反応したのは、俺が平然とこんな噓をついてしまったからだ。申し訳ない」


梅垣は噓に噓を重ねた。

そしてこの梅垣の発言で、メガネを掛けた男子高校生は少し納得したような表情になる。


梅垣さんはやっぱりこの作戦で通すつもりなのか…


続いてまたメガネの男子高校生が質問をする。


「では、どうして先程までは皆さん絶望に直面したかの様な顔をしていたんですか?

本当に死ぬ訳でないのなら、別にあんな顔にはならないとおもうのですが」


新規プレイヤーが広間に入ってきたタイミングは、俺達が今回のクエストボードを見たタイミングと同じぐらいだし、やっぱりそこを聞かれるよな…梅垣さんはどう答えるんだ?


梅垣は質問に答える。


「さっき見た時に気が付いた人はいるかもしれないけど、ショップの品の中にはお金があるんだ。1QPで10万円。弱いモンスターでも1~2QPは貰えるから、魔物一匹倒すごとに10万、20万貰えるって事になる。

でもさっきも言った通り、クエストで死ねばQPも減るし、暫くクエストに参加できなくなる。つまりお金を稼げなくなるって事だ。

クエストで死んで収入源が無くなるのが大きな問題になる者もいるから、そんな顔になってしまったのは仕方ない」


「なるほど…それじゃあここにいる大半の者がそういう人間だということですね」


「そうだ。実際一回のクエストで百万円以上稼げる事もあるし、もう元の生活には戻れんからな」


「嘘だろ!?百万って…俺の3か月分の給料じゃん!」

「やったぁぁぁぁ!これで借金が返済できるかもしれん!」

「10万円もあればもっと旨い物が食える…!」


梅垣のその言葉を聞くと新規プレイヤー達はざわざわする、皆その金額に驚き喜んでいる様子だった。




話が終わった後、内野達は梅垣に連れら広間の端で話す事になった。その時ついでに他のメンバーも呼ばれ、今は新規プレイヤー達と距離を置いている。


先ずは最初に梅垣が噓をついた理由を松平が尋ねる。


「梅垣さん…これはどういうつもりなんですか?どうして直ぐにバレるような噓をついたんですか?」


「少なくとも今回のクエストの間信じてもらえれば良いものだからだ。だから今回のクエストが始まるまでは、新規プレイヤー達に余計な事は言わないでおいてくれ」


平然とそう答える梅垣を見て、彼が新規プレイヤー達を駒として使おうとしているのは直ぐに分かった。


もしかして俺も知名度を利用されただけって訳じゃないよな…


「梅垣さん…もしかして「君の友達の生存確率は上がる作戦がある」って言ったのは噓だったんですか?

俺の知名度を利用する為に言った噓じゃ…」


「それは違う。この作戦で間違いなく君の友達の生存確率、それとここにいるメンバーの生存確率は上がるぞ」


きっぱりとそう答える梅垣に周囲は安堵の表情を見せる。


「新規プレイヤー達が俺の言う通りに発煙筒を使えば、俺達は魔物の場所が分かる。

皆はそれを見てその場所に近づかない様にすれば、少しでも討伐対象と遭遇する確率を減らせるだろう。

内野君はあの友達に本当の事を話し、発煙筒を使わない様、煙が上がっている所には近づかない様に言えば良い」


そうすれば松野は他の新規プレイヤー達とは違ってこの作戦での生存率が上がると…


内野の中には葛藤があり、頭を掻きながら悩んでいた。


新規プレイヤー達が発煙筒を使うのはクエストでの死を恐れずにいるからであり、真実を伝えてしまえばこの作戦は破綻する。

それは分かっているのだが、彼らに噓をついたままで良いのか悩んでしまったいた。


「彼らの事を考えて悩んでしまうのは分かるけど、俺にはこれ以上の作戦は思い浮かばない。

あの反応を見る限り、君は帰還石を買うQPが無いだろうし、君の友達が生き残る確率を少しでも上げる為にはこの作戦に乗るしかないんだ」


梅垣は内野を説得するようにそう語りかけてくる。


クソ…俺が修行の時に鉄の槍を買ってなければ帰還石を買えたのに…梅垣さんの言う通り、もうこの作戦に乗るしか方法は無いのか…


「俺が一番に優先しているのは黒狼の討伐。今回で奴を倒せなければ、まだこれまでの様に同じ事を繰り返す事になるからな。


3回前のスライムの時から、ようやく奴を倒せる兆しが見えてきた。それにあいつは前回のクエストでこれまでにない程負傷しているし、これ以上のチャンスは無い。

今回で奴を殺す為ならなんだってやってやる…今回で絶対に終わらせるんだ!終わらせなきゃいけないんだ!

だから頼む、彼らに噓をつくというのは辛い選択だろうけど、俺に協力してくれ!」


梅垣は周りにいる皆を見回しながら、新規プレイヤー達に声が聞こえない程度の大きさで力強くそう言う。


殆どの人が梅垣の作戦に賛同している様子であったが、松平と木村は中々認められない様であった。


「梅垣さんの作戦が最適なのは分かっていますが…本当にこんな事をして良いのか迷ってるんです…

なんだか今まで私と飯田さんで積み上げてきたものを壊してしまうような気がして…」


「誰かを犠牲にする作戦なんて嫌ですよ!何か他の方法を…」


二人はこの作戦に乗るのに抵抗があるようでそんな事を言う。


二人の言いたい事は分かる…でもこの作戦で少しでも松野の生き残れる可能性が上がるなら…



内野はようやく決意が付き、一歩前へと踏み出す。


「松平さん、木村君。

二人の気持ちは良く分かりますが…今回はこの作戦に協力してくれないですか?」


内野がそう言うと、木村は驚いた顔をして内野に詰め寄る。


「内野先輩まで…本当にこんな作戦が正しいと思っているんですか!?

確かに今回は先輩の友達がいるから、先輩がこの作戦に乗るのは当たり前だと思いますよ…でも貴方はそんな酷い事をするような人じゃ…」


「いや、木村君…多くの人を救うのにはこの作戦をする必要があるんだ。この作戦なら松平さんや大橋さんみたいなベテランの人達が死ぬ可能性も少ないし、少しでも早く梅垣さんが黒狼を見つけられる。


正直自分でも胸糞悪い事を言ってるとは思うけど…多分この場においては新規プレイヤー数人よりもベテラン1人の命の価値の方が高いんだ。だってベテラン一人が魔物を倒して回るだけで、多くの人の命を救えるでしょ?

それに時間があれば、今回で梅垣さんが黒狼を倒す事が出来るかもしれない。そうすれば今後あいつに殺される者もいなくなるんだ。


つまり…その…今後救われる命の数を考えると、この作戦をやらない手は無いと思うんだ。例え今回の新規プレイヤー達を犠牲にしてでも…」


「…」


『今後救われる命の数』という言葉を聞き、木村はハッとした顔をした後その場で俯く。


木村のその様子を見て、内野は今度は松平の説得をしようとする。


「松平さん…貴方が死んでしまったら誰が飯田さんを生き返らせるんですか?

自分はまだクエスト経験が数回ですし、二人が積み上げてきたものの大きさだって分かりません。

でも…もうそれは壊しちゃっても良いんじゃないですか?


前に飯田さんの心の状態を教えてくれた時、松平さんはこの状態のまま飯田さんを生き返らせても良いのか分からないと言ってましたよね。

今が変える時なのかもしれません。

黒狼を倒して皆の不安が払拭された後、もう皆を引っ張るリーダーなんて無くしちゃって、その後飯田さんを生き返らせて自由になりましょうよ」


「…そうだね。良いねそれ…私達これまで頑張ってきたんだし、もっと我儘になっても良いよね…」


内野の言葉を聞くと松平は自分に言い聞かせるようにそう呟く。


これでこの場に梅垣の作戦に賛同しない者はいなくなった。

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