第65話 噓つきの作戦


「新規プレイヤーさんを助ける余裕は……ごめんなさい…」

「前回QPを使ったから帰還石を買う余裕が無い…だが…このメンバーでやれるのか?」


松平と大橋がそんな事を言っていたが、今の内野にはそんな声は耳に入らなかった。

振り返るとそこには松野がおり、内野を見つけたからか安堵の表情をしている。


「お、おい。ここが何処か分かるか?

お前がいて安心したけどさ、この雰囲気なんか異常じゃないか?」


「ま、松野…」


「え…そ、そんな顔してどうしたんだよ…」


内野の顔を見て松野の表情が少し引き攣る。


きっと今の俺は酷い顔していたんだろう。

だって…こんな状況で新規プレイヤーとしてここに来てしまったら…


状況は絶望的であった。

ただせさえ黒狼の相手で手一杯なのに、今回の討伐対象はレベル80越えの強敵。帰還石が買えないので今回のクエストから辞退する事も出来ない。

そんな状況で松野が新規プレイヤーになってしまい、内野は焦りを隠しきれずにいた。


「内野、何か知ってるなら説明してくれよ…」


そんな事…俺に出来る訳が無い…

だって今回のクエストで新規プレイヤーが生き残れるとは思えないし…俺はお前に何て言えば良いんだ?



さっきまで新規プレイヤーに説明しようとしていた松平もそれどころかではなく、新規プレイヤーはすっかり置いてきぼりの状況。だが誰にも彼らを気遣う余裕は無い。


内野と松野が知り合いなのが分かり、近くにいた工藤はなんと声を掛ければ良いのか分からないのか言葉が詰まっていた。


「そ、その…内野…もしかしてこの人があの動画に映ってた…」


「…うん。俺の学校の友達だよ…」


内野は下を向き頭を抱えてしまう。


どうして…どうしてこんな絶望的な状況に新規プレイヤーになっちゃったんだ…

こんな状況じゃ…どう考えても俺はお前を助けられない…折角出来た大切な友達を失うしかないのかよ…


何か松野が確実に生き残れるような作戦が無いか必死に考えるが、何も浮かばない。

新規プレイヤーを助けるのを諦めていたのは内野だけではなく、殆どの者がそうであった…が、一人だけは違った。


「待て、諦めるにはまだ早いぞ」


前に出て皆にそう言ったのは梅垣だった。


「もしかして何か…皆が助かる方法があるんですか!?」


「そういう訳ではないが、少なくとも君の友達の生存確率は上がる作戦がある。だがその為には新規プレイヤーにも協力してもらわなければならない、ついてきてくれ」


内野の質問に梅垣がそう答えると、梅垣は内野の腕を引っ張って新規プレイヤー達の方へと歩いていく。


「君の友達の生存確率は上がる」って…なんか言い方が少し不自然だけど、本当にそんな方法があるのなら喜んで協力しよう。


「分かりました、僕はどうすれば良いんですか?」


「君はとにかく俺に話を合わせてくれ。それと、何か不審に思っても無視してくれ」


「は…はい」


内野が頷くと、梅垣は内野を前に押し出す。


「皆、彼の顔を知っているか?」


新規プレイヤー達にそう問い掛ける。

新規プレイヤー達がじっくりと内野の顔を見ていると、後方にいた一人の男子中学生が声を上げる。


「もしかして大平高校の事件の動画に映ってた人!?」


その高校生の声を筆頭に、次々と新規プレイヤー達は内野の事を思い出す。


「え、鉄バッド喰らっても怪我しなかった人外!?」

「確かに顔一緒だ!」

「マジでピンピンしてんじゃん!怪我して無いのはてっきりデマかと思ってた!」


殆どの人があの事件を知っていたようで、それを見て梅垣は話を続ける。


「あの事件を知っているのなら話は早い。実は彼が怪我しなかったのは、ここで得た力のお陰なんだ」


梅垣は内野の知名度を利用してここについての説明を始めると、いつもより新規プレイヤー達はすんなりと信じてくれた。


いつも通りステータスやショップの存在を説明していき、今回のクエストの説明に入る。


「今回のクエストはベテランの俺達でも厳しい、そこで新規プレイヤー達の皆にも協力してもらいたいんだ。

協力と言っても戦闘はせず、敵の場所を教えてくれれば良い。さっき教えたショップで発煙筒というのを使うだけだ」


なるほど。討伐対象の魔物をいち早く倒す為に、新規プレイヤー達にも発煙筒を使ってもらうのか。

クエストが早く終われば黒狼に殺される者も少なく済むしな。


「発煙筒には複数の色があるが、色によって魔物を分けようと思う。先ずは黒い狼が居たら、すぐに黒の発煙筒を使ってくれ。そしてそれ以外の魔物がいたら赤の発煙筒を使うんだ」


「でも発煙筒を使っても誰かが直ぐに駆けつけてくれる訳じゃないでしょ?その魔物って奴らに見つかったらどうするの?

てか魔物もその発煙筒を見たら集まってくるんじゃないですか?」


梅垣の発言に一人の新規プレイヤーが質問する。


やっぱりそこが気になるよな…発煙筒を使ったら魔物にも場所がバレてしまうし、ステータが育ってない新規プレイヤーが発煙筒を使うのは危険だ。


ん…でも梅垣さんのさっきの言い方だとまるで…


内野の中に一つの疑問が生まれるが、梅垣の話は続く。


「確かに発煙筒を使ったら魔物に見つかるだろうけど大丈夫だ。さっきも言ったがこれはゲームみたいなもので、んだ。ただここに来る前に居た所に戻るだけで、こっちで死んでもペナルティとかは無い」



…え?


「このゲームは皆で協力してターゲットの魔物を倒すゲームで、君達みたいに弱い人でも活躍出来るようになっている。もしも魔物に殺されたとしても、他の人がクエストをクリアすれば報酬はしっかり貰えるんだ」


平然と新規プレイヤー達に噓をつく梅垣を、他のプレイヤー達は驚きながら後ろから見ていた。

当然内野の驚いており、振り返って梅垣の目を見ていた。

梅垣は内野の方をチラリと一瞬だけ見ると、直ぐに視線を新規プレイヤー達の方に戻す。


もしかして…梅垣さんは何も知らない新規プレイヤー達を黒狼を見つける為の駒として利用するつもりなのか!?


さっき梅垣さんは「黒い狼が居たら黒の発煙筒を使い、それ以外の魔物なら赤の発煙筒を使って」と言っていた。この時点で少しおかしいとは思ってたんだ。

討伐対象の無冠の王の使徒って奴の見た目が分からないから、黒狼とそれ以外の魔物で発煙筒の種類を分けるのは仕方がない。

でもこの作戦を聞く限り、梅垣が今回の討伐対象よりも黒狼の討伐を優先しているようにしか聞こえない。


てっきり俺は、討伐対象の魔物を早く倒してクエストを終わらせる為、新規プレイヤー達にも発煙筒を使ってもらうのかと思っていた。

でも梅垣さんの一番の目的は黒狼の討伐で、無冠の王の使徒は二の次。直ぐにクエストを終わらせるつもりは無いのかもしれない。


もしそうならば無冠の王の使徒の場所が分かっても、きっと梅垣さんはそいつを倒しに行かない。だって討伐対象を先に倒してしまうとクエストが終わってしまうし、きっと黒狼を倒すまで討伐対象はほったらかしだ。



自衛手段も無く動きが遅い新規プレイヤーがクエスト時間の4時間を生き残るのには、多分他の戦えるプレイヤーと共に行動する必要がある。それか俺達のスライムの時みたいに特殊な動きをする魔物でないと、新規プレイヤーが生き残れるとは到底思えない。

でも今回は人数が少ないからクエストで他プレイヤーに会える確率も少ない。


つまり討伐対象を倒さないというのは、新規プレイヤーの生存を諦めると言っているのと同義じゃないのか?

梅垣さんは他プレイヤーの命よりも黒狼の討伐を優先するつもりなのか?


いや…梅垣さんは初クエストの時に新島を助けているし、きっと本当は優しいなんだ。そんな事を考える訳が無い…きっとこれも何か意味があるんだ。

とにかくさっき言われたように、今は梅垣さんに話を合わせよう。

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