第64話 重なる不幸

「実は前回のクエストの時、遠目から君たちが黒狼から逃げているのが見えたんだ。でも手負いの俺では助けられないと、情けない事に君達を助けるのは完全に諦めていた。

でも君達はあんな状況の中、冷静に皆が生き残れる可能性のある作戦を考え、見事黒狼をハメていた。

あれを見て…今こうして皆の前に姿を現す決意が付いたんだ」


あの黒狼を捕らえたタイミングで梅垣さんが来たのは、遠くで俺達の様子を見ていたからなのか。

一応その話は分かったけど、一つ大きな疑問がある。


「一つ聞かせてください。何故今まで黒狼の事を話さず一人で戦っていたんですか?」


黒狼に一泡吹かせている俺達を見て姿を現す決意が付いたと言うけど、どうして梅垣さんが姿を消していたのかが分からない。


内野のその質問に対し梅垣は何か少し考えた後、周りを見回しながら返答する。


「…君達はここに来る人間の共通点を知ってるか?」


「え?」


「俺が見てきた限りここに来る人間は…何かしらに対して劣等感を抱いている人間ばかりだ。

多くの人は自分の境遇や能力に対しての劣等感だろうが、それは各々がここに初めて来た時の事を思い返してみれば分かるんじゃないか?」


「「!?」」


梅垣のその言葉を聞くと周囲の人達は少し心当たりがあるという様な顔をしていたが、内野はあまりピンときていなかった。


劣等感…俺って何かに対して劣等感を抱いてたか?

確か初クエストの前は腹減ったなぁって事以外考えてなかったし、別に劣等感を感じるような出来事も無かったはず…

あ…もしかして学校で正樹にクラスに友達がいない事を指摘されたから?


あの時の事を思い出し、ようやく梅垣が言っている事が少し分かったような気がした内野であったが、皆ほどは納得できていなかった。


梅垣はそのまま話を続ける。


「劣等感を感じてはいるが、自分から変わろうとはしなかった者が大半のはずだ。飯田さんみたいにクエストによって力を得てから変わった人間も沢山いるが、大半は何も変わらなかった。

最初のリーダーが死んだ後に皆が飯田さんを次のリーダーにまで担ぎ上げたのも、俺には全ての責任を新しいリーダーに押し付ける為にしか見えなかったな」


この梅垣の言葉が刺さったのか一部の人は目を逸らしている。

そして松平も少し納得してるかの様な表情をしていた。


「うん…確かに梅垣さんの言う通りだと思う。

今まで人助けしてきたのが功を奏して飯田さんはリーダーに選ばれたって聞けば聞こえは良いよね。

でも…皆が彼に背負わせたものがあれだけ大きいと、正直皆が彼を利用してるんじゃないかって思っちゃうんだ。

頼られているのか利用されているのか、聞こえが良いか悪いってだけで結局している事は同じだもんね。

私も彼を助けられなかったから同罪だろうけど…」


松平は誰とも目を合わせようとせずに言う。申し訳なさげに言ってはいるが、言葉の端々からは皆と自分自身に対する怒りが感じられた。


松平のその発言を聞き少し沈黙が続いてしまったが、その沈黙を消すように川柳が質問をする。


「話は分かりましたが…それが黒狼について話さなかった理由にどう繋がるんですか?」


「俺が黒狼の事を話せなかったのは、そんな心の弱い人間達に黒狼の事を話しても意味がない…って考えてしまったからだ。現に二回目のスライムのクエストの時は酷い有様だったし、今はその考えは正しかったと確信してる。

そもそも残ったメンバーの中には高レベルの者が少なかったし、それなら隠密スキルを持ってる俺一人で戦った方が絶対に良い。

俺が今日まで黒狼と戦っても生きていられたのは、隠密スキルであいつの動きを観察出来たからだ。周りに他の人がいられても邪魔になるだけだ」



梅垣がそう話し終わったタイミングで、広間の奥の方の扉が開く。それは新規プレイヤーが現れる扉であった。

梅垣の話に夢中で、一同は新規プレイヤーの事など頭の片隅にも無かった。


「え、何ここ…」

「俺達を誘拐したのってお前らなのか?」

「日本にこんな場所あっただなんて知らない…もしかして海外…?」

「え、海外かよここ!?」


新規プレイヤー達は訳が分からない状況に戸惑っている。松平は彼らを見てハッとし前回の様に新規プレイヤーに状況の説明をしようとすると


「お、おい…皆あれを見ろ…!」


大橋がクエストボードの方を指差しながら大きな声でそう言った。皆が大橋の方を見るが、大橋の顔は青ざめていた。


大橋の言う通りクエストボードを見ると、みるみるうちに皆の顔が絶望の表情へと変わっていく。

スライムの時と一緒だが、人数が少ないので一人一人の表情が絶望に堕ちる様子がより分かってしまった。


この異常な反応を見て内野も急いでクエストボードに目を向けると、皆が何を見てしまいこんな反応をしているのか一瞬で分かった。


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討伐対象:無冠の王の使徒lv,85

制限時間:4時間


プレイヤー人数:59人

プレイヤー平均レベル:9

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「は…85レベル…?」


内野は驚きのあまり思わずそんな声が出てしまった。


「な…何だこのレベル…いくら何でも高過ぎるぞ!」


梅垣も流石に討伐対象のレベルに驚いており、もはやこの場に心を乱していない者などいなかった。


梅垣さんですら驚いてる…やっぱりこんな高レベルの敵が討伐対象になるのは初めてなんだ。

過去最高の討伐対象のレベルがどれぐらいなのかは分からないけど、間違いない今回以上に厳しい回は無かっただろう。

プレイヤー人数が59人とあるが、半分がレベル1の新規プレイヤー。


こんな状況の中、無冠の王の使徒って奴の相手をしながら黒狼も相手しろと?

そ、そんなの無理だろ…それに名前から一切どういう魔物なのか分からな…


「内野!お、お前もここに来ていたのか!」



後ろから聞き覚えのある声がする


学校で何回も聞いた声



そして、ここで聞こえてはいけないはずの声だった


「ま…松野?」

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