第63話 必要だったのは冷静さ
内野はベッドで寝っ転がりながら、ただボーっと天井を見ていた。
あいつから逃げちゃったな…だが俺にはあれ以上話せる事は無いし、逃げてなければきっと話は堂々巡りになっていたと思う。
多分今はこれで良かったんだ。きっといつもみたいに、何だかんだで直ぐに仲直り…
出来る…とは内野は言い切れなかった。
それは最後に佐竹に言われた「なぁ…お前は本当に『内野勇太』なのか…?俺の知ってる勇太なのか!?」という言葉のせいであった。
今の俺は今までの俺とは別人に見える…か。今まで何回も喧嘩して、その度に仲直りしてきた。
でもそれが出来たのは正樹と『内野勇太』だったからであって、あいつが別人と見る今の俺とは出来ないかもしれない。
そうなれば、クエストが終わってすべて話せる時が来るまでギスギスした状態が続くのか?
そもそもクエストに終わりなんて来るのか?クエストが終わったら俺の居場所は…
ピロロロロ♪
そんな事を考えていると、予めセットしておいた19時25分のタイマーが鳴る。実は前回のクエスト以降、寝ている状態でクエストが始まらない様に、毎日この時間に鳴るように内野は設定しておいていた。
取り敢えず今はクエストの事を考えよう。前回のクエストは丁度先週だしきっと今日・明日にでもクエストがあるはずだ。
次で黒狼を殺し、QPを稼いで新島達を生き返らせてやる。
内野はもう晩飯もトイレも風呂も済ませてあり、準備は万端。
母親には今日は道場行ってくるかもと伝えてあるので、自分がいないことがバレても大丈夫な状況も作ってある。
ロビーへと転送される時間まで刻一刻と迫っていき、何かする訳でもなくその瞬間を静かに待っていた。
そして、じっと見ていた部屋にある時計の表示が19:30になったと同時に内野の意識は飛んだ。
次に目を覚ますとそこはいつもの広間であった。唯一違う点と言えば人数が少ない事。周りを見渡してもそこには30人程しかおらず、当然新島の姿も無かった。
皆の表情はいつもよりも暗く、中には頭を抱えたり
…こうなるのは当然だよな。あの狼の存在を知ってしまったら、次のクエストに行くのが怖いに決まってる。
前回は偶然作戦が上手くいったが、恐らく次は無いないだろう。
だがあいつは梅垣さんに足を切断されたんだ。今回のクエストでどれ程治っているのか分からないけど、まだ付け入る隙があるかもしれない。
もしかする出血多量で死んでるかも…
そんな事を考えていると、一人の男が自分の方に向かって来ているのに気が付いた。
黒いローブを着て、両手に剣を持っている。ランキング一位の梅垣だ。
内野が梅垣の存在に気が付くと、少し遅れて周囲も気が付いたようだった。
「え…どうしてここに…」
「事情が変った、今回であいつを討つぞ」
内野が驚きの声を上げると、梅垣は内野の目を見ながらそう応える。皆驚いてはいたが、中には梅垣の存在を知らなくて首をかしげる者もいた。彼らを見て梅垣は続いて話し出す。
「俺の名前は梅垣海斗、今回で20回目の最古参プレイヤーだ。ここ最近のクエストでは、一人でずっと奴を殺す事を目的にして姿を隠していた。奴っていうのは…もう皆分かっているだろうがあの黒い狼の事だ」
やっぱり梅垣さんの目的は黒狼を倒す事だったのか。でもどうして今になって俺達に姿を見せたんだ?
「梅垣さん、どうしてあなたは…」
「質問は俺の話の後で頼む」
どうしてこのタイミングで姿を現したのか訪ねようとすると、梅垣は内野の言葉を遮り、そのまま話を始める
「まず、新しく来た者以外はスライムのクエストの時に最古参のメンバーが俺以外全滅したのを知っているな?
確かにあのクエストで大量に人が死んだ。だが、少なくとも古参メンバー達はスライムに殺された訳ではない」
「「!?」」
あの事件について知っている者は全員驚くが、内野と工藤の驚きは他の者達とは違った。
二人が驚いたのは、以前新島から聞いた話通りであったからだ。
そうか、やっぱり前のロビーで言っていた新島の予想は当たってたんだ!(41話)
「確かに物理攻撃が効かないスライムには苦戦した。だが少し動揺した程度で、俺達はスライムになんか殺されていない。全部あいつだ…黒狼に殺されたんだ」
皆が驚いている間も梅垣は淡々と話を進めていくが、梅垣は話していくにつれ少しづつ感情的な話し方になっていた。
「黒狼は、普通に攻撃しても死なないスライムに動揺していた俺達の隙を突いた。
俺達のリーダーに目掛けて雷を放ち、リーダー含め周りにいた奴らは皆重傷を負った。
一瞬の出来事に何が起きたのか分からなかった俺達を、あいつは無視してまだ息のあるリーダーだけを口で咥え、雷を纏いながら森に逃げていった。
当然俺達はリーダーを助けるため、殺された仲間の敵を討つため、そいつの逃げた森の奥に急いで入って行った。
…もしもこの時リーダーを見捨て退いていれば、きっとあんな悲惨な結果にはならなかっただろうな」
まだ話の途中であったが、それ以降の話は何となく予想できるもので、内野は話を聞いているのが辛くなってしまった。
「森の中を走って奴の背中を追いかけていた。この時の黒狼の速さは俺達より少し遅い程度で、どんどん距離は縮まっていった。
このまま追えば絶対に追い付けると思っていたが、先頭の奴の攻撃がもう少しで届くという所で、奴は突然本気を出した。
リーダーを放して方向転換をしたかと思えば、さっきとは比べ物にならない素早い動きで先頭にいた数人を殺した。
その後も追いかけるために周りと足並みを揃えていなかった俺達をどんどん殺していき、最後に残ったのは隠密スキルを使える俺だけだった」
梅垣の話を聞いている間、誰一人声を上げる事は無かった。それは一人だけ残ってしまった梅垣を気の毒に思っているからなどではなく、黒狼の恐ろしさが更に分かってしまったからであった。
当然内野も今の話で黒狼の恐ろしさが分かってしまった。
わざとギリギリ追い付ける程度にスピードを落として逃げたのは、あいつの作戦だったのか。
黒狼の逃げるスピードがあまりに早ければ、きっと諦めるという選択を選んでいただろう。
それをさせない為にスピードを調整したのか…
黒狼がただの魔物ではないというのを改めて思い知る事となった。
梅垣は辺りを見回して皆の反応を見た後、ゆっくりと内野の方に向いながらまた口を開く。
「黒狼を追いかけた俺以外のメンバー、重傷者を避難させようとしていた者。この全員が殺される結果になったのは、多分ここで誰一人として冷静になれる者が居なかったからだ。
目先の魔物の背中に釣られ、一旦退く、足並みを揃える、などという考えが一切浮かばなかったからだ」
そう言い終わる頃には梅田は内野の目の前に立っていた。
「でも…君はそんな俺達とは違うようだね」
それは間違いなく内野だけに投げ掛けた言葉であった。
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