第62話 自分の居場所

松野との話を終え、二人は急いで教室へと戻り授業を受ける。授業中の教室は小西が居ないからいつもより静かであった。


昼休みになると山田達や松野と一緒に昼飯を食べ、トランプをしながら皆から貰った大量のお菓子を分け合って食べたりして、とても充実した時間を過ごせた。




今日は久々に佐竹と下校出来る事になり、二人横に並んで下校する。だが土曜日にサッカーの試合があって部活が忙しいので、また暫くは一緒に帰れないという。


「試合勝てそうなのか?」


「…絶対勝てるとは言えないな。去年は負けてるし…」


「100m走のタイム計った時、自分が世界最速の男になった気分で走ったらタイム1秒縮まったって言っただろ?

それほど思い込みの力って凄いし、それと同じ心持ちで試合出ればいつもより動けると思うぞ」


「はは…お前ぐらい妄想力があれば出来るかもな。」


今日友達と何をやったかなどを話していると、内野は今学校で流れている噂を思い出した。


「そうだ。松野から聞いたんだけど、今学校で凄い噂が流れてるんだよな。正樹はどういうやつか知ってる?」


「…クラスの皆が話してたからある程度はな。でもあれって…」


「噓に決まってるだろ。まぁ…多分あんな噂流した奴はよっぽどヤンキーが嫌いだったんだろう。

気持ちは分かるけど、勝手にこんな噂を流されると少し厄介だけどね。もしかするとこの噂にキレた奴が俺の周りの人に何かするかもしれないし」


内野がそう言い終わると会話の節目で沈黙が生まれ少し間が開いた後、佐竹は突然改まった様に内野の目を見て話す


「なぁ内野」


「ん?どうした?」


「…小学3年生の時飼ってたさ、カブトムシの名前覚えてるか?」


「あ、うん。ライノサラスXだよな。

サイみたいに大きくなってほしかったから付けた名前だけど、今思えばあいつには荷が重い名前だったな」


「俺が初めてお前に付けたあだ名は?」


「う〇ち。俺が幼稚園で漏らした時に付いた酷いやつ」


「…」


内野が佐竹の質問に答えると、佐竹は何かを悟ったかのようにゆっくり下を向いて黙り込む。

どうして急に昔の話なんか始めたんだ?それにいつもと違って…


「正樹、お前急にどうしたんだ?」


「い、いや内野。別に何でも…


「おい、何で俺を『内野』って呼ぶんだよ?」


内野は佐竹の言葉を遮るように強引に言葉を挟む。


何だか正樹の様子がおかしい。さっきもそうだが、俺の事を名字で呼ぶなんて、一体何があったんだ?


「…」


佐竹は何も返さず、内野の目さえ見ようとしない。


何か気に障るような事言ったか?もしかして初めて付けられたあだ名ってう〇ちじゃなかったとか?


「話してくれないと分かんないって、何があったんだ?さっきの質問で俺何か変なこと言ったのか?」


「……それは俺の台詞だろ…」


「え?」


佐竹の声は静かであったが、その口調からは怒りと焦りが感じ取れるものだった。


「お前…何で急にそんな変わったんだよ。何があったのか少しは俺に教えてくれよ。話してくれないと分からないって…」


「な、何があったって言われても…」


佐竹はさっきまで下に向けていた目を内野に向けてくるが、今度は内野が佐竹から目を逸らしてしまった。


話せないんだから仕方ないだろ。本当の事を話したら、俺は確実に次のクエストで死ぬ。

でもお前には今度この力を少し見せようと思ってたし…


「怪我が無くて無事なのは知ってたけど、今はまだ心に余裕がないかもしれないって思ってたんだ。だから今日はあの話については盛り返さない様にしていた。

でも…お前は全然余裕そうだったな。さっきだって周りの奴の心配を口にしてたし」


内野は小西の問題が一通り解決した後、思考がクエストの事に移ってしまっており佐竹からの連絡に簡単に一言返信しただけだった。それで今は心に余裕が無いのだと思われたんだろう。


「お前が一人で抱え込むタイプで、俺からしつこく聞かないと話してくれないのは知ってる。

でも…いつものお前じゃ無いっていうか…まるで別人になった様に感じるんだ」


…確かに俺は変わった。でもそれって悪い事じゃないだろ?

いじめを見て見ぬふりしてた中学の時よりも成長したって言えるよな?


それに正樹だってサッカーの才能があるって分かってから変わった。最初はモテるために二人でサッカー部に入ったけど、才能があったのは正樹で、俺には無かった。

正樹と違ってここは俺の居場所じゃないんだと思って、何も変わらないまま数ヶ月で部活を辞めた。



でも俺はようやく自分の居場所を見つけられた気がしたんだ。


初めてのクエストで俺がスライムの特性に気が付いたお陰で4人とも生き残った。

ゴーレムのクエストでは木村君達も助けたし、ゴーレムも倒した。

フレイムリザードのクエストで黒狼と相対した時、俺が冷静になれて作戦を思いついたからあの場の全員が生存出来た。

まだあまりクエストを受けていなくてレベルが低いのに、最後のランキングに毎回載ってる。

特別なスキルを持っていて、松平さんには特別な人だと言われた。


多分あそこが俺の居場所なんだ。きっとあそこでなら俺は変わっていけるんだ。


「…俺はやっと自分の居場所見つけられた。お前だってサッカーに出会ってから変わっただろ、俺が変わったのだってそれと同じだ」


「お前にも何か得意な事が見つかったのは嬉しいよ!でも話してくれないと何も分かんないって!」


「い、今は言えない。でも必ずいつか話すから、その時まで待ってくれ…」


次第に佐竹の声は大きくなっており、気が付けば周りの人達に何事かと注目される程であった。


「どうして話せないのか…せめて理由ぐらい知ってないと無理だ!

なぁ…お前は本当に『内野勇太』なのか…?俺の知ってる勇太なのか!?」


内野は佐竹の言葉を最後まで聞かずに、自分の家がある方に走り出した。


この時の内野はどうして佐竹から背を向けて逃げてしまったのかは分からず、気が付けば家の前に着いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る