第61話 噂の尾鰭

工藤に練習に付き合ってもらって土曜と日曜の二日間を過ごし、月曜日となった。

内野がいつも通り登校していると、周囲に少し違和感を覚える。


いつもより学校の人と目が合う…あの事件の事が広まって俺の顔が知られたからだろうな。


周囲から向けられる好奇の視線を少し鬱陶しく思うが、仕方ない事だと割り切ってそのまま歩く。だが、学校の近くまで来た辺りでまたしても違和感を覚える。


学校に着いてもこの違和感が何なのかは分からず、それを疑問に思いながら内野は教室のドアを開けた。


内野が教室のドアを開けると、先程まで騒がしかったクラスに沈黙が流れる。

小西に目を付けられた以前にもこれと同じ様な事があり、その時は山田以外内野に話しかけてくれなかった。だが今回はその後の反応が真逆であった。(32,33話)


「内野君!怪我は大丈夫なの!?」

「鼻折りの内野が来たぞぉぉぉぉお!」

「あの動画見たけどすげぇよ!どうやったらあんなに丈夫になれんの!?」


「キャー(≧∇≦)多分細マッチョってやつよ!プールの時間が楽しみ!」

「強いけど小西みたいに威張ったりしないし、顔と身長に目を瞑ればいい男ね!」


クラスの殆どのメンバーが内野を歓迎し、暖かく出迎えてくれた。皆に囲まれて困惑していると、そんな内野の前に大きな袋を持った山田が現れる。


「皆内野君の事が心配だったんだよ。

一応内野君は無事って事を伝えたんだけど、流石に皆あまり信じてくれなくてね。君は無事なのに、今日皆で内野君の所にお見舞いに行こうだなんて計画ができちゃったんだ。

ほら、この袋の中にあるお菓子だって君の見舞いに行く為にクラスの皆が買ったものだよ」


山田の持っている袋の中を覗くと様々なお菓子が入っていた。


「え…皆が俺の為に買ってくれたの?」


内野がそう言うと皆が頷く。

皆が自分の事を心配してくれていたと分かり頬が緩む内野であったが、ふと教室端にいる数人に目が付いた。

それはいつも小西と一緒にいたガラの悪いヤンキー達と、小西の彼女と噂されている新田であった。


だがいつもと違い騒ぐ様子も無く、染めていた髪色も元に戻っていた。

そこで内野は学校に来るまでの違和感に気が付いた。


そうだ…あの謎の違和感は、登校中に髪を染めている奴らが居なかった事だ。小西がいなくなったからなのかは分からないが、それ以外理由が見当たらない。


内野がそんな事を考えていると、クラスメイトの一人が口を開いた。


「でも驚いたぞ。まさか内野が小西の代わりに学校を治めるなんて事になるなんてな!」


「!?」


全く訳の分からない事を言われ内野が驚いていると、口々に皆もそれについて話し出す。


「だよな。しかも小西と違ってもっと学校が良くなるようにしてくれて助かるぜ」

「確か髪染め、タバコ、飲酒、その他の犯罪紛いの事は禁止なんだよね。いつもヤンキー達に絡まれない様にビクビクして過ごしてたから助かるよ~」

「1アウトで鼻フック着用、2アウトで鼻折り、3アウトで鼻粉砕だっけ?」

「これで学校生活がより良くなりそうだね!」


待て待て待て!なんだ、何が起きてるんだ!?


皆が何を言っているのか分からずアタフタしていると、内野の後ろから何者かが現れた。


「全部説明しよう!取り敢えず俺について来い!」


現れたのは謎に決め顔をしている松野であった。




「じゃあ説明してもらうぞ」


「おう、任せとけ」


前に一緒に弁当を食べた校舎裏まで来て、そこで松野は喋りながらスマホの画面を見せてきた。


「これは学校の裏掲示板のサイトだ。この文を見てくれ」


そもそもこの学校に裏掲示板がある何て知らなかったが、取り敢えず松野の言う通り画面に書かれている文を見る。


『内野ってヤンキーが嫌いらしいぞ。聞いた話だと、校外でヤンキーを見かける度に鼻を折ってるらしい。確か他校でボクシングの大会で名を上げた岡田って奴も内野にやられたんだぜ。

小西のあの鼻も内野がやった訳だし、もしかすると今後は学校のヤンキー共全員の鼻を折って回るかもな』


それは誰かが書いたコメントであった。


「先ずこのコメントが一昨日ぐらいに書かれ拡散され、一日で学校中にかなり広がったんだ。

実際に他校の岡田って奴が内野に鼻を折られたって噂は回ってて、それを知っていた奴らが初めにこのコメントを信じた。これがこの噂が数日で広まった理由だ」


そもそも…岡田って誰だ?

俺が鼻を折った奴なんて…



あ!

思い出したぞ、先週工藤に絡んでた奴だ!(34話)


内野はようやく岡田という人物について思い出す。それは内野が工藤を助ける時に鼻を折ってしまった者であった。


「てか岡田の鼻折ったのってマジで内野なの?」


「…そう。でもヤンキーが嫌いだとかじゃなくて、ただ知人を助けようとしただけだからな」


それを聞くと松野は口笛を吹き、「助けたのは女子なのか?」と指で胸をツンツンしながら聞いてくる。


「…授業始まりそうだし、取り敢えず早く全部説明してくれ」


「おっとそうだったな」


内野が話を元に戻そうとすると、松野はスマホを少しいじり他の画面を見せつけてきた。


今度も同じサイトに書かれているものだが、さっきとは書かれている文章が違った。


『内野ってタバコの煙が大嫌いらしい』

『髪色変えてる奴も嫌いだって言ってたな』

『一回目は温情で鼻折らずに許してくれるんだって。その代わりに鼻フック付けて一日学校を過ごさないと駄目らしいけど』


それはさっきと同じ様に、掲示板に誰かが書いたコメントであった。


「…さっきクラスの皆が言ってたのって…まさかこれ?」


「多分そう。これに尾鰭おひれが付いて広まったせいで、さっき皆が言ってた様な事態になったんだ」


さっきクラスメイトの誰かが

「髪染め・タバコ禁止。1アウトで鼻フック着用、2アウトで鼻折り、3アウトで鼻粉砕」

だとか言ってたけど、尾鰭おひれってこんなに付くものなのか…


でも一応現在の状況については納得は出来た。後はこの噂をどうするかだ…


「なぁ内野」


「ん?」


「実際に鼻粉砕3アウト制度採用してみないか?」


「それやったら多分今度は俺が退学になるぞ」


小西の問題が解決したかと思ったら他の問題が増えてしまい、悩み事が増えた内野であった。

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