第60話 二人で修行

「勇太起きなさい!もう10時過ぎてるわよ!」


母のそんな声で内野は目を覚ます。


「もしかして昨日夜更かししたの?あ、さてはまた道場行ったんでしょ」


「まぁ…そんなところだよ」


昨日はあの後2時間ぐらい剣を投げ続けてたから、家に帰って寝れたのは確か3時ぐらいだ。


途中から投げるのなら槍の方が良い気がして鉄の槍を買ったが、練習の成果は上々。公園に生えてる木になら割と当てられるようになったし、投げる時の手首の動かし方も分かった。


だが動いているものに当てられないとクエストでは使えないだろう。でも…動いているものに当てる練習ってどうすればいいんだ?

そこら辺にいる鳥を的に…なんて到底出来ないし、虫なんかは小さすぎて的にならない。


誰かに何か投げてもらったり、協力してもらわないと無理だな…




内野の目の前には制服姿の工藤が立っている。


「なるほど、それで私を呼んだのね。

でも武器の投擲の練習をするなんて…あんたやっぱり発想力が違うわね」


内野は山付近の人目の付かなさそうな場所を見つけ、そこに工藤を呼び出した。

今日は金曜日で、内野はあの一件で今日休みだが、工藤は普通に学校がある日であった。それにもかかわらず、内野の呼び出しに工藤は応えてくれた。


「自分で誘っておいてこう言うのはあれだが…学校サボって大丈夫なのか?」


「今は学校なんて行っても勉強が手につかないから良いのよ。クエストの事もあるけど、あんたのあの事件のせいで少し学校での居心地が悪くなったのよ」


え、あの事件って俺が小西達をボコったやつだよな?

あれがどうして工藤にまで影響するんだ?


「ほら、先週の日曜に私の同級生倒したでしょ?そいつらが噂を広めたのよ、『工藤はあの内野と付き合ってる』ってね。

それで昨日登校したら学校中で色々な人からジロジロ見られて…」


完全に全部俺の行動のせいじゃん…


「その…本当にごめん…」


「いやいや、別に内野は悪い事してないし謝らなくて良いわよ。

それよりもここに来たのはクエストに向けて武器の訓練をする為でしょ?いつ次のクエストがあるのか分からないし、さっさとやりましょ」



内野は予め買っておいた的になりそうな物を工藤に渡し、それを投げてもらう。買ってきたものはプラスチック板や安物のボールなど、近くで手に入るものばかりだ。


初めは大きいものからにし、徐々に物のサイズを変えていったり投げ方を変えてもらう。途中からは内野も投げ方を変えてみたり、剣ではなくて槍に変えてみたりもし、とても充実した訓練を行えた。


日が落ちる時間に近付き、そろそろ解散しようとした所で工藤が一つ頼み事をしてきた。


「内野、少し私の訓練にも付き合ってくれない?」


「勿論良いよ。剣と槍のどっち投げたいの?」


「何も投げないわよ馬鹿。私はスキルの練習したいのよ」


あ…ずっと武器投げてたからスキルの事が頭に浮かんでこなかった…


「私が練習したいのは『アイス』、前に松平が言っていた無詠唱での発動をしたいの。

同じスキルでも無詠唱の方が使い勝手が良いって言ってたし、これが出来ればMPが無くなって困る事も少なくなるだろうしね」


スキルの練習をするのは良いが、初クエストの時に飯田さんは「MPは異世界にいる間なら自然回復していくよ」と言っていた。つまりこっちでは回復しないという事になる。

そうなると、もし一回でもステータスの恩恵を受けられなくなるほどMPが減ってしまえば、次のクエストまではその状態が続く事になる。


工藤は今学校でややこしい事になってるって言ってたし、ステータスが無くても大丈夫なのか?


その事を工藤に説明すると


「3回までならMPは無くならない計算なるから、その心配は大丈夫よ。三回で無詠唱が出来る様になれるかは分からないけどね」



という事で、今度は内野が物を投げる側に回った。


チャンスは三回。

別に的に当てる様に意識したから無詠唱が出来る様に成長するとかはなさそうだが、工藤がそうしたいらしいのでそれに従おう。



一回目はそこそこ大きいボールを投げる。


「アイス!」


工藤の掌の前に氷柱が現れボールの方に飛んでいくが、ボールには当たらずそのまま奥の木に当たる。

元々内野の剣が刺さったりしていたボロボロだった木は、その氷柱が当たった衝撃で折れて倒れる。


…この山の持ち主さんに謝らないとだめだな。でもここぐらいでしかスキルや武器の訓練が出来ないし、申し訳ないがこのままやらせてもらおう。


続いてさっきと同じボールを投げる。

工藤は一回目の反省を活かし、ボールの軌道を呼んで早めにスキルを使用する。


すると今度は見事ボールに直撃し、工藤はガッツポーズをする。が、横で氷柱の軌道を見ていた内野は少し違和感を抱く。


工藤は気が付いてなさそうだけど…ボールが当たる直前で氷柱の軌道が少し下になった気がする。何回もスキルを使ったお陰でホーミング機能が付いたのかもしれない。

だとすると、やはりスキルを何回も使えば使い勝手が良くなるというのは本当で、この適当に考えた練習でも効果があるって事だな。


「工藤、どうせなら最後はこの小さいボールでやろう」


「難易度アップね!良いわ、いつでも来なさい!」


工藤はさっきボールに氷柱を当てられた事に気分が上がっているのか、今まで以上に気合が入る。


最後のボールは、子供が遊ぶような小さくてプニプニしている柔らかいボール。


これを内野はさっきと同じ様に投げる投げるが、その瞬間そこそこ強い風が吹く。

今回のボールは今までの物よりも軽く、風によりボールの軌道が空中で少し変わってしまった。


だが既に工藤は氷柱を飛ばしており、今更風で動いてしまった軌道に合わせることなど出来ない


はずであった。


なんと氷柱は先程とは比べ物にならないぐらい軌道を変え、小さいボールに直撃した。


「…み、見た!?今の凄くない!?」


少し間をおいたあと、工藤は飛び跳ね喜びながら内野の方に向かってくる。


「うん、今のめちゃくちゃ良かった!てかスキルってこんな急に上達するものなんだな」


「伸びしろしか感じないわ!どんどんスキルを使いたい…ところだけど、MPが無いから無理そうわね。もう今日は帰りましょ」




こうして今日の訓練を終え、二人でゆっくり話しながら駅へと向かう。


駅に向かう途中で小腹が空いたからクレープを買って食い歩きする。


「このクレープ上手いわね、また今度訓練する時に買いに来ましょ」


工藤は野菜クレープを頬張りながらそう言う。


甘い系のクレープより野菜クレープを好んで買う女子高生なんて居たんだ…

てか男女二人でクレープを食べながら歩いてるこれってデートに入るのか?なんかそれを意識してきたら…



「…勇太?」


横から聞き覚えのある男性の声で名前を呼ばれ、内野は足を止めて固まる。そしてゆっくりと声のした方に顔を向けていく。


「ん、誰その人?内野の知り合い?」


「…俺の父ちゃん」



家に着いた後、父が工藤との関係についてしつこく聞いてきたのは言うまでもない。

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