第58話 事後
その直ぐ後に先生が来て、怪我した者に応急手当てを受けさせる為保健室に移動させる。
幸い内野はヤンキー達を殴る強さを調整できており、救急車が必要なレベルの怪我をした者はいなかった。
先生達は配信された動画の事をまだ知らないようで、佐竹と違い後頭部を怪我しているかなどと特に何も聞かれなかった。
外見上一切負傷していない内野と一人のヤンキーは何が起きたのかを先生達に話をする事になったが、内野は一旦トイレへと向かう。
個室に入ると真っ先に確認するのはステータスの確認であった。動画のせいで自分の力が皆に知られてしまったからステータスが没収されているのではないかと危惧したからだ。
試しにステータスボードを開き、スキルが使えるか確認する。
良かった…ステータスボードを開けるし、酸の身体で紙も溶かせる。
ま、現実世界で力を見せるのがダメだったらドッジボールの時点で没収されてただろうし、大丈夫だとは思ってたけど。
ステータスは没収されなかったがヤバい状況なのには変わりない。
元配信の動画は消えてるけど、試しに学校の名前を検索にかけるとあの配信の転載動画が出てくるし、それの再生数もどんどん増えてる。
配信の映像は誰かが教室の端にカメラを置いて隠し撮りしている視点であった。小西達が教室に入ってくる少し前から配信は開始され、内野が小西を飛ばして廊下に出た辺りで配信が切れている。
小西が松野を連れて教室に入って来た時点で松野はボロボロだったので、別に朝からずっと空き教室に居たわけじゃないようだ。
誰かが遠隔操作で配信を付けたり消したりしたのは分かるが、一つ気掛かりがある。
それは俺がこの配信に気が付いてすぐにカメラを探したのだが見つからなかった事だ。配信画面と照らし合わせて確認したが、やはりそこにカメラは無かった。
俺が倒した内の誰かがそれを出来たとは思えないが…あの場に居た者でないとカメラは取り外せないはずだ。野次馬の中に犯人がいたんだろうか。
トイレで考え耽っていると外から先生の呼ぶ声がし、早く出るように急かされる。
たまたま学校の近くで買い物していた内野の母が学校に付いたという。
「勇太!」
内野の顔を見るや否や母親は抱きついてくる。
「学校の不良と揉めたって聞いたんだけど…どこも怪我してなくて本当に良かった…」
この感じは…母ちゃんはまだあの配信の動画は見てなさそうだな。正直家族には見られたくないな…俺が何回も殴られてるのが映ってるし。
それに多分この後俺が無傷の理由も聞かれる、どう答えれば…
「内野君、君は今すぐ病院に行きなさい!」
母に抱きしめられながらどうすれば良いか考えていると、先生が焦った顔でそう言いながら職員室から出て来た。
手にはスマホを持っていてあの動画の画面であったので、今動画を見て内野が小西達にどんな事をされたのか知ったようだ。
結局今日は学校で事情聴取は行われずに病院へと送られ、レントゲンだとかで色々調べられた。だが、やはり何処にも怪我は無いと判断された。
検査が終わると内野の父も病院まで来たので、父の車に乗って家へ帰る事となる。
病院で内野の父と母も学校であの動画を見たのだが、母は途中から泣き出してしまい目を背けていた。そして父は黙って見ていた。
動画を見終わると改めて殴られた所に怪我が無いのか心配していたが、何処にも痣や傷がない事をよく確認してもらった。
車内。
内野の隣には母が座っているがずっと下を向いていおり、父は黙って運転をしている。車内は重苦しい雰囲気に包まれていた。
数分沈黙が続いた所で父が口を開く。
「勇太。本当に痛んだりはしないんだな?」
「…うん。大丈夫」
「バットであれだけ殴られたのにか?」
「…」
内野はその父の問いに何も答えられず、外を眺めて父と目を合わせない様にしていた。
どう二人の目を見ればいいのか、どう答えれば良いのか分からない…
二人は俺の事をどう思ってるんだろう…全く怪我して無い俺を気味悪く思ってたりし…いや、父ちゃんと母ちゃんがそんな事を思う訳がない…よな?
ずっと黙っている内野をルームミラー越しに見て、父親は少し間をおいてから最後の質問をする。
「…最後にこれだけ聞いたらこれ以上詮索するのはやめよう。お前は…あそこで不良達を殴った事を後悔しているか?」
言ったら怒られるかもしれないけど、せめてこの気持ちだけは素直に父ちゃんに話そう。
「いや…それに関しては一切してない…」
自分だけなら別に良かったが、松野があれだけボコボコにされてたのが許せなかった。
「そうか、なら父さんから言いたい事は一つだけだ。
良くやった」
「…え?」
予想外の父の一言に、内野は思わず声を出してしまった。
…え?な、何で今褒めたんだ?
「親心的には無理して欲しくないっていうのが一番だが。あそこで友達を殴って苦しみから解放されようとしてたのなら、きっと素直にお前の無事を喜べなかった。
それに最初は彼らに謝っていたな?それだけでお前が話し合いで解決しようとしていたのは分かったし、しっかり謝れる子に育ってくれて嬉しくも思うぞ」
父のその言葉を聞き、何故か内野は少し涙を流していた。さっきまで張りつめていた感情が一気に緩む。
親にこんな事言われるのは照れ臭いけど…凄い嬉しい。それに、なんかクエストの時みたいに気を張ってたから安心もした。
内野の表情が明るくなったのを確認し、父も微笑む。
「そういえばお前のあの友達とはいつ仲良くなったんだ?」
「…まだ最近なんだ、初めて話してから数日しか経ってない。それなのに…あんな事したんだ、凄い馬鹿だよな」
「…いい友達を持ったんだな」
「うん…」
俺の為にわざと負けようとしてたし、たった数日前に出来た関係だとはとても思えない。
…友達か。工藤の話を聞いて友達付き合いなんて面倒だと思ってたが、こういうのは良いな。
「勇太、母さん分かっちゃったよ」
さっきまで下を向いて黙っていた母がいきなり喋りだす。
「勇太、彼女の所に行ってたっていうの噓で…さては夜な夜なこっそりジムとかなんかの道場通ってたんでしょ!
普通あれだけ殴られたらただじゃすまないし、身体鍛えてたんでしょ!」
「え?…あ、実はそうなんだ。
凄いパンチ打てたのも、バットの衝撃を受け流せたのも、全部とある道場に通ってたお陰だったんだ」
母が内野に都合の良い勘違いをしていたので、すかさずその話に乗っかる。
道場通っててもできるわけ無いだろうけど、他にあの力についての説明が思い浮かばないし、もうこの噓で通すしかない。
正樹には力の事を見せようと思ったが、今はこの噓で二人が納得してくれるならそれでいい。
「そうなのね…それのお陰で無傷で済んだから良いのだけれど…彼女がいるのは噓だったのね…」
「ほ、本当か?父さん達に噓をついたのか…?」
母は純粋に内野が噓を付いていた事に落ち込んでいる様子で、父は内野が殴られてる映像を見た時より動揺してる。
二人ともそれ程俺に彼女がいるっていうのが嬉しかったのか…もしも本当に彼女が出来たら、一番最初に二人に教えよう。
家に着くと自分の部屋に戻りベッドで寝る。
病院にいたのでマナーモードにしていたが、解除してみると佐竹、松野、クエストの皆から届いていたメッセージの通知が一気に送られてくる。
皆内野を心配していたが、全員に大丈夫だと返信してその日は早めに寝ることにした。
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