第50話 討伐対象:フレイムリザード8
黒狼は完全にこちらにに気がついており、高速で接近してくる。
「うわあああ!」
「キャァァァァー!」
誰かの悲鳴を合図にしたかのように、逃げる為に全員が後ろへ走り始めた。
ヤバイ!フレイムリザードじゃなくて黒狼だった!しかも見つかった!
黒狼とはまだ距離があったが、スピードは相手の方が数段上。周りに障害物は無く、相手を巻くのはほとんど不可能であった。
ローブの男がいなければ逃げ切る事は出来ないと考え、内野は走りながら辺りを見回すが見つからない。
ローブの人が…梅垣さんがいない…死ぬ…逃げ切れない…このままじゃ全員殺される!全滅だ!
あんなのから逃げれるわけない!
絶望に瀕した内野達は死の恐怖以外考えられず、ただひたすら逃げる為に足を動かすしかなかった。
だが次の瞬間、内野の頭から恐怖が消えた。さっきまで絶望のあまり思考出来なかったが噓のように頭が回転し始めた。
そしてこれは初クエストの時に経験したものと似ていた。どうしてなのかは分からないが、とにかく今は生き残るための道を画策する。(5話)
すると一つの疑問を浮かび上がったので内野は工藤に一つ尋ねる
「工藤」
「なに?何か助かる方法を思いついたの!?」
「本当に黒狼から魔力が見えるのか?」
「そうよ!今もあいつから魔力の光が見えるし!」
なるほど…なんとなく分かったぞ。
本来黒狼の魔力は工藤には見えないはずだ。もし黒狼の光が見えていたら前回・前々回のクエストであいつの存在に気が付いていたはず。
だとすると今見えているのは、少なくとも黒狼の魔力ではないと考えるのが妥当。
そして工藤は、魔力の大きさ的にあの魔力がフレイムリザードのもので間違いないと言っていた。
そうなると今考えられる事は一つ。
さてはあいつ…フレイムリザードを生きたまま飲み込んだな。
尻尾とか切断して暴れられないぐらい弱らせた後なら出来るかもしれない。フレイムリザードの生命力は中々高いし、そんな状況でも少しの間は生きていられるだろう。
何故そんな事をするのか、答えは簡単。俺達を一人残らず殲滅するのが目的だからだろう。てかそれ以外に思い付いつかない。
あいつの腹にフレイムリザードがいる限り、俺達はクエストをクリア出来ず、あいつはクエスト時間たっぷりと俺達を探すことが出来る。
前回のゴーレムの時も、あいつが核の前にいたのは偶然じゃないのかもしれない。
俺達はクエストクリアの為に魔物を狩り、あいつはクエストを成功させないために人間を狩っているのかもしれない。
「皆、聞いてくれ!」
「!?」
内野がその場で立ち止まり、前にいる全員に向けて声を掛ける。急に止まった内野を疑問に思った進上達の数人も足を止める。
「多分あいつの中には最後の一匹のフレイムリザードがいる!恐らく中で暴れられないように瀕死状態だ!
あいつのこっちに向かって来る速さでわかるだろ?今から逃げても間に合うわけないって。
なら俺たちが生き残る手段は一つしかない、あいつの中にいるフレイムリザードを殺す事だ!」
その言葉を聞き、全員が足を止めた。そして松平が最初に声をかける。
「さ、作戦はあるの?」
「はい。俺があいつの動きを止めます。その隙に相手の腹を攻撃して、何とか中にいるフレイムリザードを殺して下さい」
黒狼を止めるという内野の発言に全員が驚愕する。
「囮役なら俺のスキルの方が有効だろ!」
「いえ、俺がやります。一つだけあいつの動きを止められる方法を思いついたのですが、多分これは俺にしか出来ない事です」
そして真っ先に大橋が意見するが、内野はそれをショップやステータスをいじりながら拒否する。
だが内野の作戦に賛同出来ない者も多数いた。それは内野とほとんど関わりが無いメンバーだった。
「たかだかクエスト3回目の奴が、リーダーを殺したような奴を止められるって言うのか!?」
「無理だって!」
「よく知らん新規プレイヤーのお前を信じてそんなリスクを冒せって言うのか!?」
そう言いうと、またしても背中を向けて逃げようとする。そんな彼らを引き留めるように内野は声を上げる。
「逃げる事の方がリスク大きいんですよ!それともクエスト終了時間までこいつから逃げ切れる自信でもあるんですか?
松平さんも行っていたでしょ、ここでやらなきゃいずれ全滅するって!だから少しでも力を貸して下さい!」
内野が強い口調そう言うと、一人また一人と足を止める。
冷静になって考えられないのは分かるが、今は一人でも多く協力が必要だ。
「で、どうやって相手の動きを止めるつもりなの!?」
「まず…」
こうして内野は全員に作戦を説明し始めた。
数十秒後、黒狼の方に向かって三人の男が前に出ており、それ以外の者達は少し後ろの方に下がっていた。
三人の内の一人は大橋で、もう一人はその背中にいる木村。
そして最後の一人、誰よりも前に出ているのは内野であった。
その三人は黒狼が接近するのを堂々と待ち構えていた。
黒狼は一番前に出ている内野に狙いを付け、走りながら身体から小さな雷のようなものを飛ばす。
「大楯!」
「サンドウォール!」
飛んできた雷は木村と大橋のスキルにより若干軌道が変わり、内野は無傷のままその場で佇む。
そして内野との距離が残り数メートルとなった所で、黒狼は口を開けながら内野の元に飛び掛かかる。
!?今だ!
飛び掛かってきたタイミングを見計らい、内野は手を黒狼に向けながらゴーレムの腕を出す。
それと同時に大量の光の玉を黒狼の目に押し付けるように、ゴーレムの左腕から出した。
突然目の前に現れた大量の光源により、黒狼は空中で態勢を崩し、大きく開けていた口を閉じた。
それと同時に内野は大橋に砂の鎧を纏ってもらい、ポーションで強化した力とゴーレムの腕で黒狼の首を思いっきり絞め、動きを止める。
内野が黒狼の動きを止めたタイミングで、作戦通り後ろの方にいた者達が前に出る。内野の傍にいた大橋・木村も含め、ここに集まる全プレイヤーによる総攻撃が行われる。
「アイス!」
「一閃!」
「ナインエッジ!」
「ドリルウェポン!」
全員が全力でスキルを使い黒狼の腹辺りを攻撃する。
一時は動揺していた黒狼だったが、すかさず身体に電気を纏おうとする。しかし、黒狼の纏った雷では内野を引き剝がす事は出来なかった。
掴めた…それにこの雷も耐えられる…よし!取り敢えず賭けには勝った!
最初の賭けは、黒狼が俺を優先して狙ってくれるかどうか。この作戦は黒狼が最初に俺以外の人を狙っていたら成功しないから、真っ先に俺の元に飛び込んで来てくれたのはラッキーだ。
そして次の賭けは、黒狼が激しく動けず雷を本気で出せないという読みだ。
ゴーレムのクエストで見せたあいつのスピードは凄まじかったが、身体の中に瀕死の魔物がいるのならあれ程激しくは動けないという予想。
身体中に電気を纏うということは、その中にいるフレイムリザードにも害が及ぶかもしれない。そう考えた黒狼が本気で雷を使わない・纏わないという予想。
この二つの予想も俺の願った通りのものだ。
そして俺は大橋さんに砂の鎧を纏ってもらい、ショップで買ったポーションを幾つか飲んで力と防御の底上げもしている。
後はコイツの中にいるのが本当にフレイムリザードなのかどうかだ…もしも違えば全てが無駄になる。
だが2つの賭けには勝った!後は俺がコイツを抑えるだけだ!
皆が…コイツの腹の中のフレイムリザードを殺してくれるはずだ!
「うおおおおおおお!」
砂の鎧を纏っていても身体中に走る痛みと痺れ、これらを声を出して誤魔化す。
その間にも皆は黒狼に攻撃を続けていた。
しかし、皆を信じて黒狼を抑えつける内野であったが、耳に入ったのは悪い知らせであった。
「ダメ…腹を貫けない…!」
魔力を使いきった工藤の弱々しいそんな声が聞こえる。
他のメンバーも必死に攻撃しているが、傷はつけられても腹中まで攻撃は届かなかった。
ならやるしかない…
また賭けだが…最後の手段だ…
『強欲』を使う!
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