第5話 地獄絵図

帰還石を購入できた人の目の前には、青色の半透明の綺麗な石が現れ、その石を砕く。

するとその人は青色の光に包まれ消えていった。


内野はQPが足りず購入出来ないと分かり、冷や汗をかきながらその場で固まる。


「頼む!250万、いや、300万絶対に払うから俺の分の帰還石も買ってくれ!」

「こっちだってもうQPねぇんだよ!」

「お願い!私の身体好きにしていいから!」

「お前の身体に200万の価値もない!他のやつに頼め!」

「ど、どうしよう…」

「誰か…俺の分の帰還石を買ってくれ…」

「それを俺によこせ!」

「やめろ!」


周りにも内野と同様にQPが足りず購入出来て無い人が大勢いた。そしてその人達は必死になって周りの人に助けを求める。

借金をしてでも他人から購入しようとする者、自分の身体を売る者、暴力で無理矢理奪おうとする者。


その光景はまさしく地獄絵図だった。

そして内野も地獄に引き込まれるかの様に膝から崩れ落ちる。


え、俺死ぬの…?こんなのに巻き込まれて死ぬのか?

…まだ死にたくない!

何か方法は無いのか!?


死にたくない一心で思考していると、内野の頭にも生き残れる手段が一つよぎった。


俺も他人から奪えば…


「おらぁ!」

「ぐぁ!お、お前…」


そんな事を考えた刹那、一人の男が帰還石を持っている人を切りつけた。

その切られた人は咄嗟に石を砕き、青色の光に包まれ消えていく。

周りもこの事に影響され、遂に暴力は殺し合いにまで発展した。帰還石の奪い合いだ。


目の前で人が人を殺そうとしたのを見て、内野の中からは他人の帰還石を奪うという考えは完全に消え去っていた。

それは、ここにいる人全員が自分より強いと分かったからであった。


「奪い合いなんて無駄なことはやめてくれ!こんな事で仲間を傷つけるなんてダメだ!」


「ならあんたの持ってる帰還石をくれよ!」

「そうよ!」

「リーダーお願い…助けて…」


この争いを止めるように、鎧の男が前の方でそう呼びかける。

争っていた人達もその呼びかけによって手を止めるが、皆が鎧の男に詰め寄る。


内野はどうすれば良いのか分からなくなり、完全に頭の中が真っ白になってしまい固る。

すると迷彩服を着た女性が四人の前に来て


「君達、今の内にこっちに来て」


迷彩服の人が内野達の来た部屋の方を指差し、向こうに行くように誘導する。

四人は言われるがままについて行った。



最初に転移して来た部屋には人がおらず、扉を閉めると広間の音はほとんど聞こえなくなった。


「みんな諦めないで!まだ死ぬと決まった訳じゃないよ!一つだけ帰還石が手に入る方法があるの!」


「!?」


迷彩服の人の言葉で絶望していた内野の中に光が差した。


まだ何か方法があるのか!?

例えばQPを増やす方法があるとか!


「な、何か方法があるの!?早く教えて!」

「QPを増やせたり出来るんですか!?」


ギャルとスーツの男は食い気味に迷彩服の人に詰め寄る。

内野と髪がぼさぼさの女性は黙ってその方法というのを聞く。


「QPは魔物を倒してクエストをクリアした後にしか貰えないから、今増やすのは無理。

でもね、ショップに『ランダムガチャ』っていうアイテムがあるの。もしかするとこれで帰還石を入手できるかもしれない。

だから一か八かで2回分買ってみて!」


それを聞き急いでショップを開く。

--------------------------------------------

ランダムガチャ  必要QP5

『アイテムがランダムで手に入る』

 購入しますか YES/NO

--------------------------------------------

『ランダムガチャ』という所を見つけてタップするとこんな画面が現れる。


一回5QP、今の俺なら二つ買える。

これで帰還石が出てくれば…


そんな希望を抱きながらYESをタップすると、購入個数を問う画面が現れたので二個と選択する。

すると目の前に青色の光が二つ現れ、その光からは二つ物体が現れた。


一つはボロボロの剣。

シンプルなデザインの剣で、両刃だが刃は欠けており、血の後のような赤色の染みがついている。


もう一つは白く光っている野球ボール位の大きさの丸い球体。


二つが現れると同時に、目の前に『』『スキル強化玉』という表示が現れる。


これは…このアイテムの名前か。アイテムの説明的な表示は無いし、剣に関しては名前すら出てない…

そうか…俺は…帰還石を引けなかったのか…


「そ、それはスキル強化玉!ショップに無いかなりレアなアイテムだよ!

あ…でも帰還石は出なかったんだね…」


内野が帰還石を引けなかったのに気が付き、迷彩服の女性は申し訳なさそうに目を逸らす。

残りの3人もどうやら購入し終わったようで各々が何か持っていた。


スーツの男は、赤色の液体が入った小瓶・10万円。

ギャルは、水の入ったペットボトル・鉄製の兜。

髪がぼさぼさになってる女性は、緑色の液体が入った小瓶・革製の靴


残念ながら、誰一人帰還石を手に入れる事は出来なかった。


「そんな…あたし…こんな事に巻き込まれて死ぬの…?」


「…こんな所で終わりたくない…まだやりたい事が…」


「…」


ギャルとスーツの男は絶望し、震えながらそんな声をあげる。

前髪が長くて表情はあまり見えないが、ぼさぼさ髪の女性は諦めたのかその場で横になる。

迷彩服のお姉さんはどう声を掛ければ良いのか分からず黙り込む。

そして内野は…



ほんの数分で部屋の外の暴動は収束したようで、広間から音があまり聞こえなってきた。

広場に帰還石を所持している人間がいなくなったのだ。

内野達4人は迷彩服の人と一緒に広間に向かう。広間には帰還石を手に入れる事が出来なかった人と、鎧の人しかいなかった。


「リーダー…今ここに…何人残っているんですか?」

「40人程だ…

一応僕もクエストに参加して、出来るだけ多くの人を助けられるように努力する。けど…もしも危なくなったらこの帰還石で…僕一人逃げる事になる…」


鎧の男と迷彩服の女性は帰還石を持っている。

だが他の人とは違いこの場で使用したりはしないようで、クエストには参加するようだ。


これからこの40人は帰還石無しに死地に向かう訳で、恐怖で震えが止まらない…



のが普通の反応だろう。


しかし、何故か内野の中には死に対する恐怖が無かった。

それどころか自分の持っているスキルとスキル強化石に対する興味の方が大きく、恐怖でも頭が働かない事も、身体が震える事もない。

さっきまで絶望して動けなかったのに、今何故こんな風になっているのかは内野自身さえ理解出来ていなかった。


「…これってどうやって使うんですか?」


内野はスキル強化玉をリーダーと呼ばれる男に見せそう言う。


俺はビビった時に声を出したくらいで、ずっと人について行き、自分から行動する事もなかった…だが、今は自然と身体が動くし頭も正常に働く。


この事に疑問を抱きながらも、鎧の人にアイテムの事を聞く。


「あ…これはスキル強化石だね。これを持ちながら強化したいスキルを頭の中で念じれば、スキルのレベルが上がるよ」


鎧の男が少しでも明るく振舞おうと無理しているのが、誰の目から見ても明らかなくらい下手な作り笑顔だった。


きっとこの人は優しい人なんだ。クエスト内容を見て叫んだのは多分、多くの犠牲者が出てしまうということが分かったからだろう。



取り敢えず言われた通りにスキル強化石を持ちながら、自分の唯一持っているスキルの事を考えてみる。

まだどんなスキルなのかも知らないので、取り敢えず名前だけ頭の中で思い浮かべる。


その瞬間、右手に持っていた光の玉が粉々になり、玉の中から現れた小さな光が内野の胸の中に入っていった。


もしやと思い自分のステータス欄を見ると

【スキル】

・強欲lv,1→2()

この様に変化していた。


どうやらスキルのレベルが上がったらしい…と言ってもスキルに対する説明が一切ないので変化は分からんな。



「…広間の皆には言ったけど、まだ死ぬと決まったわけじゃないよ。別に魔物と戦わなくても、4時間後のクエスト終了時に生きてさえいれば無事に帰れるんだ。

もう数分後には転移が始まる…今の内に説明出来る事を全て言うから、大変だろうけど頑張って頭に詰め込んで」


鎧の男は余裕の無さそうな表情で、少し早口になりながらも重要な事を次々と説明していった。


「先ずはステータスの事。このステータスの数値は自分の元々の能力値を表したものでは無く、スキルと一緒に与えられた力なんだ。

足の速さなら、元々の身体能力+敏捷性になる。

つまり今の君達はいつもより数段動けると思って。


次はMPの存在。

細かな所を今言う暇はないけど、MPが少なくなるとステータスの恩恵を得られなくなるんだ。

だからMPが無くならないように気を付けて。


そしてMPは基本的にスキルを使う事で減っていき、異世界にいる間なら自然回復していくよ。

スキルの横にある()の表示、これは一回の使用で使うMP量だと思って。

スキルはスキル名を言うだけで使えるけど、今回はどうしても必要な時以外使っては…」


鎧の男が話していると、突然全員の身体がほんのりと青く光りだす。


「クエストが始まる合図だ!

最後にこれだけは覚えておいて!クエストを生還しても、絶対にここで起きた事を他の人に言ったら駄目!」


「魔物と戦おうとしたら駄目だからね!見つけたら直ぐに逃げてね!」


青い光はどんどん大きくなっていき、とうとう前がよく見えない程光が強くなる。


「そんな…いや…」

「死にたくない…まだ…」


ギャルとスーツの男は震えながらそう言い、ボサボサ髪の女は無言で横になったまま。


それを見て、内野は自分が今恐怖を感じていない事を不思議に思いながらも、今はその異変に感謝した。


…どうか魔物がいないところに転移する事を願おう。

大丈夫…身体は動くんだ、逃げ切ってみせる。

それに皆いるし何とかなるはずだ。


内野がそう決意を固め終わった瞬間、青い光と共に全員消えていった。

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