第5話 非力な自分にできること

「キミは……こちら側の人間なのか?」


「さて。あなたの言うが、いったいどういうなのかは知りませんが――」


 問いかけると、少年は俺への返答もそこそこに、聖女ちゃんに視線を向ける。


「ライラ様。夜中にお散歩をするならその露出度のハンパないネグリジェはやめろと言ったでしょう? あなたがそんなゆるガバだから、騎士団ではオカズブロマイドなるものが横行してしまったというのに。ったく、懲りないですね」


 心配しているのか、怒っているのかわからない語り草。

 しかし、彼の腕に甘えるようにすりすりしていた聖女ちゃんの様子から、見ただけでははかれない信頼関係がふたりの間にはあるように思えた。


「あぅ。ごめんなさい、ユウヤ……」


「いいから、もう寝所にお戻りください。侵入者の処理は僕がしておきます」


(……!)


 処理、と言われて思わず身がこわばる。


 なんだ? やっぱり傍付きなだけあって、凄い力でも秘めているのか?

 剣? 魔法? 暗殺? 毒殺?

 いずれにしても、キューティによってわけもわからないまま異世界に放り込まれた俺は、丸腰だ。


 そんな感情が表に出ていたのか、ライラちゃんが去ったのを確認した少年宰相は、口元に手をあててプッと吹き出す。


「なぁに。そんなに怯えた顔をしなくても、俺はただの元・高校生だよ」


「……! 高校生……じゃあ、同い年?」


「『』を知っているのか? ――やっぱり。こっち側の人間だったか」


(……! 鎌をかけられた……!)


「安心しろよ。他の有象無象の転生・転移者と違って、俺にはチートも何もない。ただの非力な高校生だ。今はこの、わけのわからん剣と魔法の世界で、運よくライラ様に惚れられ、彼女のヒモ――こほんっ。傍付き宰相として、身の回りと夜のお世話をする代わりに、そこそこ甘い汁を吸わせてもらって生きながらえている。……で、キミは?」


「俺は……」


 『幼馴染を愛で隊』の隊長です……じゃあ、伝わらないよな。この感じ……


 でも、俺のするべきことはなんとなくわかる……


「クラウスさんを、救いにきました」


「!」


 驚いたように目を見開いた少年宰相は、薄っすらとした唇に、にたりと意味深な笑みを浮かべる。


「あの、最強の聖剣使いと名高い、騎士団ウチの自慢のクラウスを……? 俺と同じように、何の力も持たないキミが? 笑わせる」


 「お前に何ができるんだ」。そう語る切れ長な瞳が、いやでも現実をつきつけてくる。いまいち感情の読めないその目を細め、少年宰相は「ひとつ」と言って人差し指を口元に添えた。


「いいことを教えてやろう。何のチートも持たない俺でも、この世界に来てそれなりに暮らしていると、ある程度はわかるようになるんだよ。キミからは……


(……!)


「夢魔か、魔法か、幻覚か、はたまた幽霊なのか。理屈はわからないけれど、キミは俺に対して一切の危害を加えられない。俺の生存本能が、『安心していい』と告げているんだよ」


「それは――」


 ここまで見透かされていて、どうやってクラウスさんを救えばいいんだ……?

 伊達に異世界でヒモせいかつをしていない。完全に少年の方が上手だった。


 脅しもきかない。ハッタリも無意味。

 押し黙ると、少年宰相はくすりと笑う。


「……お前、いい奴だろ?」


「……は?」


「善良な、良識をもつお人好し……顔からそんな気配が滲み出ている。人相ってやつか」


「え? 急になにを……」


 だが。彼から敵意がみるみる引いていくのを感じて、俺はチャンスだと思った。

 もう、これは本能だったと思う。


 ありったけの気持ちを込めて、俺は宰相くんに頭を下げた。


「クラウスさんを、クビにしないでください」


「……!」


「君が、クラウスさんの上司である聖女――ライラ様とただならぬ関係なのは少し話しただけでもわかった。彼女の行動を、それこそ掌握するくらいに親密だということも。宰相なんでしょう? だからどうか……クラウスさんを、幼馴染のルーナさんと引き離すようなことにならないように……互いに想い合う幼馴染同士が幸せになれるように……」


 俺にできることはこれくらいだ。


「キミのような何も持たない高校生が。頭を下げたくらいで何か変わるとでも?」


 それでも。唇の端を噛んで、俺は頭を下げ続けた。この、目の前にいる宰相が「うん」と言うまで下げ続けるつもりで。

 じーっと頭を下げ続けること数分。


「お願い……できないかな?」


 同世代、高校生同士のよしみだ。

 伺うように視線を向けると、宰相くんは「参ったな」と、くつりとした笑みを浮かべた。


「キミは、ほんと……びっくりするくらいのいい奴だな。たしかに、キミひとりが頭を下げたからといってどうこうなる問題でもない。だが、それで何も変わらないということもない。少なくとも、俺の気持ちは動いたよ」


「……!」


「俺だって、ライラ様に気に入られただけのヒモ。でもこの世界でそれに縋って必死に生きている。だからこそ、何もできなかったとしてもどうにかしたいという、唇を噛むほどの悔しい気持ちはわかっているつもりだ。……わかった。聖女様のメンツを気にする元老院共を黙らせるのには少々金――骨が折れるが、クラウス団長の件、なんとかしよう」


「あ、ありがとう……!」


 ぱあっと顔をあげると、宰相くんはどこか不敵に。


「世の中、それで何もかもが変わるということはないだろうが。自分ではない誰かのために頭を下げ続けたキミの、優しく強い気持ちが、俺には響いたよ」


 その瞬間。脳裏に「あっはは! さすがハルヒト! 惚れ直したわ~♡」というキューティの声が響いて。

 俺の意識は、再び水底へと引き摺られていった――


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