第6話 堕ちる

  ◇


 夢のようなうすぼんやりとした時間が明けて、次の会議。クラウスさんは、皆に晴れやかな笑顔をみせてくれた。


「皆さま、ご心配をおかけして申し訳ございませんでした……! アリーシア殿の言ったとおり、聖女ライラ様と宰相のユウヤ殿は寛大な御心で私のことを許してくださって――今後も騎士団長として職務に励むこととなり、恐れていたルーナとの婚約破棄にもなりませんでした! 本当にありがとうございます。これも、胸を張って逃げ出すなと背を押してくださった皆様のおかげです!!」


 と頭を下げるクラウスさんに、面々はにっこりと微笑む。


 ああ、よかった。


 どうやら、あの宰相くんがやってくれたらしい。


(やっぱり、幼馴染同士は報われないとだよなぁ……!)


 こういう瞬間。

 俺は、『幼馴染を愛で隊』を作ってよかったなぁと改めて思う。


 俺は空気を一変させるように、ぱん! と手を叩いた。

 瞬間、天井から落ちてきたくす玉が割れて、花弁のような紙吹雪が会議室を舞う。

 なんとなくこうなるんじゃないかと思って、キューティにお祝いの仕掛けをお願いしていたんだよ。


「なっ――! こ、これは……?」


 驚きに目を見開くクラウスさんに、俺は「お祝いです」と微笑んだ。

 【影】の使い手である泉が、床下の影を操って、空中に『クラウスさん、婚約おめでとう!』を描き。どうやって用意したのか、ポケットからこっそりとクラッカーを取り出した咲愛也ちゃんがパァン! とそれを打ち鳴らす。


「「クラウスさん、おめでとう~~!」」


「……! みなさまっ……! うっ、うう、ありがどうございまず……!」


 普段は凛とした騎士団長なのに、幼馴染のこととなると涙もろくなるクラウスさんが、年上なのになんだか可愛く思えたりして。


「さぁさぁ、湿っぽいのはもうナシだよ! せっかくこれから幼馴染さんとのイチャラブライフが始まるんだから。これからは、卒業生として私たちの恋を応援してよね、騎士団長!」


 咲愛也ちゃんに手を引かれ、アリーシアちゃんに花束を渡されたクラウスさんを中心に、スマホで集合写真などを撮る。

 スマホを持っている人には、その場でなぜか当たり前のようにLINEEで写真を送ったりして……


 その様子に、どこか緊張していた絵里香もすっかりみんなと仲良くなれて、俺はホッとした。

 さらりと色素の薄い髪を揺らして、華奢な肩を寄せながら、俺にスマホの画面を見せてくる。


「隊長、見てっ! すごくよく撮れたよ。みんな笑顔が素敵で……隊長も、写真撮るときくらい仮面取ったらいいのに……」


「そ、それは……遠慮しておこうかな」


 だって、絵里香にバレちゃうし。

 今も不思議そうに「ん〜?」と首を傾げる様子が可愛くて可愛くて、できることなら告りたくてしょうがないのに。


(そういえば、ここは皆にとっては夢の中。スマホの中身カメラロールは、どうなるんだろう……?)


 死んでからスマホを手放すことになった俺には、もう確認のしようもない。


(中世育ちのクラウスさんやアリーシアちゃんに、現像してあげられたりしないかな? 俺も欲しいし……今度、絵里香に頼んでみるか)


 祝賀会がすっかりとお開きになって、皆が扉をくぐる頃、俺はアリーシアちゃんを引き止める。


「……ありがとう。アリーシアちゃん」


「!」


「皆をあんなに楽しそうな顔にすることができたのは、あのときアリーシアちゃんが『クラウスさんは悪くない、胸を張って』と言ってくれたからだ」


「隊長……」


 俺とキューティ、アリーシアちゃんだけになった空間で、アリーシアちゃんは感動したように頬を染めた。


「そんな……私はただ、思ったことを素直に口にしただけで……」


「それがすごいんだよ」


「!」


「『素直に思ったことを言える』――これって、本当にすごいことだと俺は思う。昔の俺は……その……素直に自分の思っていることを言える人間じゃなくて。幼馴染を前にすると特になんだけどさ。だからこそ、あのときアリーシアちゃんが皆の意見を代弁してくれてすごく嬉しかったし、勇気をもらったんだ」


 だから、せめてこの『幼馴染を愛で隊』では、

 ――今度こそ、素直に。

 なりたい自分になろうって……


 そう述べると。アリーシアちゃんは感極まったように「そんなの、こっちこそです……」と、俺の服の裾を握った。


「私が皆の前でそう言えたのは、隊長に手を握ってもらって、勇気をもらえたからですよ」


「!」


 そういえば、確かにあのとき、アリーシアちゃんは俺の手を握ったな……


 特に意識していなかったけれど、彼女にとってはそれが重要なことだったらしく。

 突如としてもじもじと、俺の指先を握った。


「前から思っていたんですけれど。隊長は……誰にだって優しいですよね?」


「?」


「いつも皆のために、一生懸命親身になって話を聞いてくれて。私、それがすごく嬉しくて……ねぇ、隊長?」


 アリーシアちゃんは、握った指先にぐっと力を込めて、俺を引き寄せる。


(……!)


 胸元にとん、とおさまるようにして。アリーシアちゃんは豊満な胸を押し付け、蒼い上目遣いで俺を見上げた。


「……私にしませんか?」


「え――」


「私、幼馴染のアレクのことを相談したくてこの隊に入隊したんですけれど。それももういいんです。人は――人の気持ちは、変化するものだから。隊長が……あの幼馴染さんのことを好きだったとしても、私があなたを好きになっても、いいですよね?」


「へっ――!?」


 な、なんで急に……!


 助けを乞うように視線を右往左往させるも、キューティは見計らったかのように不在で。アリーシアちゃんは、ふたりきりな状況にここぞとばかりに唇を近づけてくる。


「ねぇ、隊長……好き」


「えっ――ちょ。待って。アリーシアちゃん!?」


 どうしてこんなことに!?


 幼馴染とうまくいかなくて、もうヤケなのか。

 それとも本当に、俺のことが……?


 頭の中がぐるぐると混乱してうまく回らない。

 ダメだ。なによりもこの押しつけられるおっぱいが、俺の思考を阻害する。


「隊長……♡」


 そういって、アリーシアちゃんは俺の下半身をするりと撫でた。

 未知なる快感が、頭の中を真っ白に染め上げていく……


「夢の中だからかなぁ? それとも、隊長が勇気をくれたから? 私、こんな大胆なこともできちゃうんですよ」


「ま、待って、それ以上は――!」


「もし隊長とシたら、子どもはできるのかなぁ? そうなったら、アレクはどんな顔をするかしら? 私、元の世界じゃ処女懐胎ってこと? わぁ、すごい……!」


「アリーシアちゃん!?」


 ……ダメだ。目が完全にハートになってる……!

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