第7話 にぶちん

「ねぇ、隊長……♡」


 下半身をするりと撫でるその手を掴んで、俺はアリーシアちゃんを制止した。


「待って。待て待て、話せばわかる」


 ……どうして逃げ腰なのか自分でももはやわからないが、いくらアリーシアちゃんが可愛くておっぱいが大きくて、清楚に見せかけたエッチな女子でも。このまま流れで致すのはどう考えても間違っている。それはわかる。


「と、とにかく! そういうのはダメだよ。たとえこれが夢で、仮に現実の身体にはなんの影響もないものだとしても。君の心には記憶が残る。俺とそういうことをしたという記憶が。そうすると、君はいつかその記憶に苦しむことになるだろうから……」


 興味本位と欲に溺れて、応じちゃダメだ。

 しかしアリーシアちゃんも譲らない。


「ならないわ。私、隊長が好きだもの」


「……いいや、きっと後悔する。君が好きなのはアレク。俺はそれを、誰よりも親身に見守ってきた自負があるから」


「そんな、こと……!」


 アリーシアちゃんは、身体をぐっと寄せて背伸びをし、俺に無理やりキスしようとした。しかし、アリーシアちゃんが小柄で身長差があるせいか、俺が避けようと思えば少し背伸びをするだけで案外容易く避けられてしまう。


 おまけに、聖女としての治癒力や魔法の力は強くても、アリーシアちゃんは非力な女の子。「あうっ!」と俺の爪先に躓いて、胸元にぺしゃん! と顔をくっつけるハメになる様子が不覚にも可愛い。


「ううっ。ううう……隊長のわからずやぁ……」


 涙目の負け惜しみが可愛すぎて、かえってクリティカルヒットだ。


(くっ。ダメだ。俺には、絵里香が……!)


 俺は思い出したように、アリーシアちゃんに問いかけた。


「アリーシアちゃん……本当はヤケクソなんでしょう?」


「ちがいますよ。バカにしてるんですか? 私の、隊長への想いは本物です」


「じゃあ、アレクのことはどうでもいいの?」


「どうでもいいです。あんな、ちょっと『勇者様♡』なんて呼ばれて女の子にチヤホヤされただけで、ほいほい王家に招かれて、私の元を去ってしまうポンコツ従者なんて」


(あ~。そういうこと……)


 アリーシアちゃんは、聖女とはいえ教会務めのシスターのような存在だ。

 教会で、困った人や怪我をした人を手当してあげないといけないから、勇者のパーティにヒーラーとしてついていくには、教会本部の許可がいる。


 一方で、勇者になった元・従者のアレクくんは、王家から加護を授かったあと、ギルドに登録している冒険者の中から仲間を選んで旅に出ることに。

 アレクくんを狙う町娘たちは、ギルドに何かしらのジョブとして登録をして、彼に近づけばいいだけだ。


(アリーシアちゃんは、治癒能力に秀でたそこそこの貴族――子爵の出身。元から教会にコネがあり、若くして聖女としての才もあった。それがかえってふたりを引き裂くことになるなんて……)


 アリーシアちゃんの言う、「ほいほい王家についていく」ってのが本当の話なら、薄情な彼に愛想をつかしたアリーシアちゃんが俺に惚れているというのはあながち嘘でもない。

 けど……


「あんなにじれじれ――もとい、こっそりと相思相愛っぽかったのに。どうしてアレクは、アリーシアちゃんのいる教会を去って王家へ行ってしまったの?」


「知らないですよ、そんなこと」


 つーん、としてる。

 その顔があまりにも可愛くて、不覚にも口元が緩む。


「知らないわけがないでしょう? だって、アリーシアちゃんは前に話してくれたじゃないか。君の世界では、血に特殊な力を宿した者たちが『勇者』と呼ばれ、およそ十年毎に復活する魔王に対する特攻を持つって。それが、ブラッドソードという文化なんだって」


 だから、一度『勇者』であるとわかれば、誰もがその血を欲しがるんだという。


 そんな話や、その『勇者』たちが傷つき立ち上がる手助けするのが聖女の務めなのだと、どこか誇らしげに話してくれたじゃないか。


「アレクがどうして去ったのかわからないほど、君はバカじゃないはずだ」


 諭すように告げると、アリーシアちゃんは唇を尖らせて、ふいっとそっぽを向く。


「……そりゃあ、王家の招きであれば誰だって簡単には断れないことくらいわかっています。仕方のないことだって。モップとちりとり、ティーポットしか持ったことのないアレクでも、その息子は魔王を倒す器になりうる存在になるから。王家も欲しがるんですよ。今魔王を倒せなくても、いつかアレクの血を継いだ王家の者が倒せるかもしれないって……」


 歯痒そうに語るアリーシアちゃんは、最後にぼそりと、「だから女が群がる」と付け加える。


「ほら、わかってるじゃないか。きっとアレクも、王家の人ときちんと話しを終えたら帰ってくるさ」


「でも、もう二ヶ月も帰ってきません」


 むぅ、と頬を膨らませる聖女ちゃんが端的に言ってクソ可愛い。揺らぐ。揺らぐぞ。思わず、「キスくらいならありがたくしておけばよかったかな?」とか思ってしまう。


 だが……


(……二ヶ月か。思ったより経ってるな……)


 俺は、心配になって問いかける。


「ねぇ。その……特殊な血を持つ『勇者』だっけ? もしかして、もしかするとなんだけど。人体実験とかされたりしないの? 血の搾取とか」


「えっ」


「王家によって軟禁状態。もしくは牢獄に繋がれて、帰りたくても帰れないんじゃないの?」


 きょとんとした顔を見るに、その可能性についてはまったく考えていなかったようだ。

 なんというか、口ではああだこうだと言いつつも、まさか王家がそんなことするわけ……といった表情。元来人を疑うことには慣れていない、優しい聖女のアリーシアちゃんらしいや。


「ほら。やっぱり彼が心配なんでしょう? もしこのままアレクが死んだら、後悔するよ。そんなのダメだ。『幼馴染を愛で隊』の隊長としては、見過ごせないな」


 そう口元を綻ばせるも、アリーシアちゃんは、まだどこか納得していない様子で……


「隊長は……見ず知らずのアレクにまで、優しいんですね?」


 と。もう一度、俺にぐっと顔を近づけた。


「隊長……やっぱり好き。私、振り向いてくれない幼馴染より、優しくて思いやりのある隊長がいいです」


(……えっ。あれっ!? そうくる……!?)


「いや、でも。それじゃあ、君の幼馴染に対する想いは……」


「別にいいんです。私、今を生きる乙女なので」


(ああもう、埒があかない……! アリーシアちゃんも結構頑固だなぁ!)


 俺は、ぐいぐいと迫るアリーシアちゃんの肩を掴んで、そのおっぱいを断腸のおもいで引き剥がした。


「ダメだ! アリーシアちゃんは、まだ幼馴染に告白してないんでしょ? 可能性がゼロじゃないなら、諦めちゃダメ。きっと後悔する」


 今の……俺のように。


「君にそんな思いをさせないために、俺は今ここにいる。『幼馴染を愛で隊』の、隊長をしてるんだ」


「?」


「背中ならいくらでも押すよ。けど、諦めるのは、全てが終わるまで許容できないっていうか……もしダメだったらそのときは、また改めて話をきくよ。だからそれまでは、まだ俺に君を応援させて欲しい」


「!」


「ダメ……かな?」


 伺うように首を傾げると、アリーシアちゃんは顔を真っ赤にして、ぶわわ、と花が開くように目を見開いた。


「そ、そんな言い方……ずるいです。こんなの、がんばるしかなくなっちゃったじゃないですか……!」


「そうか、目が覚めてくれたみたいでよかったよ」


 安堵に微笑むと、アリーシアちゃんは一層顔を赤くして、俺の胸元に縋りついた。


「うわぁん! 隊長のばか! にぶちん! 好きぃ!」


「えっ」


 好き?

 ……全然、目ぇ覚めてないじゃん。


 俺の渾身の説得の、一体どこがいけなかったっていうんだ。

 しどろもどろになっていると、アリーシアちゃんは泣きべそをかいた目尻をぐっと拭って、まっすぐに俺を見つめた。


「隊長……私、あなたに惚れ直しました。でも、やっぱりアレクのことも見捨てられないから。助けてから、またあなたに告白します」


「えっ。アレクには……告らないの?」


「それは、助けたあとに考えます。けど正直、私の心の九割はすでに隊長に傾いていますので、覚悟してください」


「えっ……」


「でもアレクとは幼馴染……腐れ縁です。命が危ないというのであれば、助けたい。隊長……『幼馴染を愛で隊』の力を、お貸しいただくことはできますか?」


 まっすぐな、綺麗な瞳に俺は快く頷く。


「もちろん。俺たち『幼馴染を愛で隊』は、すべての世界の幼馴染の、味方だよ」



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 よろしければ、感想を、作品ページのレビュー、+ボタンの★で教えていただけると嬉しいです!


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★★★ おもしろかった、続きが気になる など。


 今後の作品作りのため、何卒、よろしくお願いいたします!

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