第4話 隊員の窮地=隊長出陣

「じゃあ、本日は予定どおり聖女アリーシアちゃんの話から……」


 と。いつもながらに『幼馴染を愛で会』を始めようとすると、これみよがしに尋常ではないオーラで机に突っ伏す隊員がふたり目に映る。

 ひとりはプラチナブロンドが美しい銀甲冑の騎士団長、もうひとりは、モデル顔負け顔面偏差値な銀髪の男子高校生――魔法少女のマスコット業をしている泉だ。


「あの……ふたりとも、どうしたの?」


 問いかけると、泉は目の下に真っ黒なくまを浮かべて視線だけあげる。


「幼馴染の魔法少女とうっかり闇堕ちしたらぁ、悪の組織に目ぇつけられて、拉致られた。今は組織の地下基地の固った~いベッドの上で寝てるよ。てか、夢みれてるここにいるってことは、一応寝れたんだな僕。はは、ははは……三日ぶりか……」


「「!」」


「でもって、幼馴染と一緒にワンルームで同居することになったんだけどぉ……! うぁぁああ! 理性がもたないよぉ! いくら僕でも、さすがに毎日同じ部屋は――しかもベッドひとつしかないしぃ……! もぉお! どうしてこうなったの!?」


(うわぁ……もしそれで手ぇだして拒否られたら、幼馴染って関係もジエンドってことだろ? 俺なら死にたい……! もう死んでるけど……!)


 嬉しいような地獄絵図を体現する泉。

 魔法少女とコンビを組んで活躍するマスコットである泉は【影】の異能を操り、変身するとコウモリになると聞いてはいたが……

 そっか、魔法少女の世界だから、闇堕ちとかそういうこともあるのね。


 でも、ここはあくまで『幼馴染を愛で隊』だ。

 今回重要なのは、『幼馴染と強制的に同棲することになった』という一点に尽きる。


 幼馴染への想いを伝えたい。両想いになりたい。

 愛されたい。手を出したい。でもできない――

 なにせ幼馴染の魔法少女ちゃんが、ハイパー鈍感天然娘だから。

 だから泉は、ここにいるのに。


「これは、大問題だぞ……」


 メンバー同様に息を飲む俺は、同時に、机に伏したまま息をしているのかいないのかわからない金髪の紳士に声をかけた。


「――で。クラウスさんの方は……?」


「……無職になりました」


「「!?!?」」


 さっきまでぐずぐずに愚痴をこぼしていた泉も、ハッとして顔をあげる。

 多分、自分よりも優先するべきはクラウスさんだと判断したのだろう。


 まさに緊急事態。


 俺は、会議の中心になる予定だったアリーシアちゃんを伺うように見た。


「アリーシアちゃん、申し訳ないのだけれど……」


「構いません。どうかクラウスさんのお話を聞いてあげてくださいな。私はアレクのことなんて、もう知りませんから」


 ぷいっ。


 と頬を膨らませる聖女ちゃんがぐう可愛いが、こっちもこっちで何かあったっぽい……


(あああ、隊長おれは胃が痛いよぉ……)


 だが。困っている幼馴染ラヴァーズを救えなくてなにが隊長か。

 勇気を出して問いかけた。


「クラウスさん。無職って、また……どうして?」


 穏やかな声音に、クラウスさんは縋るような蒼い瞳でぽつぽつと語りだす。


「先日、皆様のご助力とご声援のおかげで、幼馴染のルーナと晴れて婚約することに成功したのです……」


 そこまでで、「ワッ――!!」と歓喜にわくメンバー。しかしクラウスさんの顔色は浮かばない。


「……が。その矢先に、勤め先である聖女騎士団内にて尋常ならざる不祥事が発覚しまして、責任者――騎士団長である私は辞職せざるを得ない状況に。正確にはまだ無職ではないのですが、もう『知らなかったでは済まされない』ような状態でして。このまま職を失えば、公爵家の一人娘であるルーナとの婚約もなかったことに……」


「「…………」」


 皆の沈黙を代弁するように不祥事の内容について尋ねると、クラウスさんはなんとも気まずそうに目を伏せた。

 仮にも他の世界とはいえ、聖女であるアリーシアちゃんを前にして、言いづらそうに……


「……本来お守りするべき我らが主、聖女ライラ様の隠し撮り写真が、無許可で騎士団内に出回っていたらしく……あろうことか、団員たちがこぞって撮影主である副団長から買い求め、それを、その……いやらしい目的で……」


「オカズにしてたんだ?」


 言い淀むクラウスさんをみかねて、泉がズバリと言い当てる。

 それを聞いた女性陣は「はわわ!」と口元に手を当てたり、ドン引きしたり。

 俺も思わず「うわぁ」と声を出してしまった。


「しかもあろうことか、それらをライラ様のもっとも信頼する、傍付きの宰相殿に摘発されてしまいまして、本来部下の不始末を取り締まるべき騎士団の長としては、面目もないというか立つ瀬がないといいますか……」


(たしかに、それはなんとも……)


 許されざる蛮行……とはいえ、クラウスさんの頭の中は概ね幼馴染のルーナさんと市民の安全のことでいっぱいなので、隠し撮り写真の存在など微塵も知らなかったらしい。

 部下の不始末の尻ぬぐいをする形で、クラウスさんは窮地に立たされていた。


 ……騎士団内の不祥事。

 これはさすがに、『幼馴染を愛で隊』の手には負えないような……


 しかし、他でもない異なる世界の聖女であるアリーシアちゃんは、突如として隣席の俺の手を握ると「隊長、勇気をください」と小声で呟き、皆に向かって言い放った。


「クラウスさんは、悪くない」


(……!)


「クラウスさんの世界の聖女様は、私みたいな弱小聖女――教会に務める修道女とは違って、一国をおさめる王女様みたいな権力者であることは聞いていたけれど。だからといって、クラウスさんは何も悪いことしてないじゃない!」


(それは、皆もそう思っただろうけど……)


 世の中、そううまくいかないこともある――

 と言いたげな眼差しに、アリーシアちゃんは「否!」を突きつけた。


「もしそのライラ様?っていう聖女が、一国をおさめる器の持ち主なら。元凶である副団長を処罰こそすれ、罪のない――しかも、ずっと聖女様をお守りするために頑張ってきたクラウスさんを責めるなんてありえない。だって、自身のメンツの為に信頼のおける貴重な人材を手放すなんて、愚の骨頂だもの」


「……!」


「それに、もし仮にライラ様が『嫌な思いをした』と言ってクラウスさんを罰しようとしたとしても。彼女に優秀な部下がいれば、その行いを必ず止める。それくらい、この『幼馴染を愛で隊』でのクラウスさんは皆の意見を紳士的に聞いてくれて、優しく受け止めてくれて――本当にいい人なんだから! それが認められて、大好きだった幼馴染さんとも婚約できて……これで結ばれないなんて、私が絶対許さない!! だから自信をもって! お願いだから、自分は悪くないんだって胸をはってください!」


 その言葉に、俺も深く頷いた。

 まだ不慣れなのか、隣でおとなしく聞いていた絵里香もこくこくと頷き首肯する。


 みんな、同じ気持ちだ。


 ――もし。この空間――『幼馴染を愛で隊』が、異なる世界を結ぶ架け橋になれるなら。窮地に立たされて自信をなくしているクラウスさんに、どうか元気になってほしい。

 その想いが報われて欲しい……


 俺がそう胸の奥で強く願うと、キューティはにんまりと満足そうな笑みを浮かべて、「ま、きっとなるようになるわよ♪ 他でもない隊長――あなたが願うなら」と呟いた。


 『あらゆる世界の幼馴染たちを救いたい』――その、今わの際の願いが叶うなら。


 どうかクラウスさんの運命を、変えてくれ。


『なに言ってんの? あんたが救うのよ、隊長♪』


「は――?」


 ◇


 会議が終わり、皆が帰ると。キューティはにんまりと微笑んで、女神っぽい力で俺を謎の異世界に飛ばした。


「ここは――?」


 目の前には、白亜の尖塔が聳える立派なお屋敷――いや、教会があった。

 しんしんと静まりかえる夜更けに、白い花の咲く中庭のような所に転移させられた俺は、わけもわからず周囲を見渡す。


(キューティが、いない……?)


 一気に不安になってきた。


 すると、白金色の髪を夜風に靡かせた美少女が、「あら? 誰かいるの?」と近づいてきた。

 ずいぶんと薄着な寝巻き――いわゆるネグリジェというやつだろうか。遠目でもわかる豊満な胸をたぷん、と胸元からのぞかせて、少女が問いかける。


「……不思議な気配。あなた、騎士団の人じゃな――」


 その言葉を遮るように、少女の傍からあらわれた俺と同い年くらいの黒髪の少年が言う。


「――侵入者でしょう。どこからどう見てもね」


(……!)


 そうして、自身の羽織っていた袖の長い黒のローブを少女に纏わせ、少年が俺を睨む。


「お下がりください、ライラ様。こいつ……


「……!?」


 ライラ様? まさか、クラウスさんの言っていた聖女様と宰相殿って……

 しかもこの少年、って言ったぞ……


 俺は、ある推測を口にした。


「ライラ様の傍にいる、キミは……なのか?」

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