第3話 死んでも幼馴染一筋
リンリン、と。どこからともなく音が響いたかと思うと、円卓の真ん中に向かって、蜘蛛の糸を垂らすようにベルが降りてくる。
それが、『幼馴染を愛で隊』の本日終了の合図だ。
なにせ時間と空間があやふやな場所である、制限時間がどれくらいかはわからないが、いつも大体話のキリがいいところで降りてくることが多い謎のベル。
そうしてこれ幸いにして、俺は救われた。
思い出したように手を叩き、冷や汗を浮かべたまま口を開く。
「おっと、今日はここまでみたいだ。じゃあ皆さん、今日から入った絵里香ちゃんをよろしくお願いします。絵里香ちゃんはもしその幼馴染に脈がありそうだったら、勇気を出して『アイスちょーだい』と言ってぺろぺろしてみる。これでいいかな?」
慌てて会を締めくくる俺に、メンバーはにやにやとした笑みを浮かべて「異議なーし」と答えた。
アドバイスをもらった絵里香は、「そんな、大胆すぎません……!?」と顔を赤くして視線を右往左往させる。
ああ、やめて咲愛也ちゃん。にやにやこっちをガン見しないで、絵里香にバレるでしょ。
「さぁ、みんな夢から覚める時間だ。本日はここまで。次回は聖女アリーシアちゃんの、身分差違いの従者くんとの話の続きを聞いていくよ」
斜め向かいに座る金髪碧眼の美少女に視線を向けると、彼女は慌てた様子で立ち上がる。
「今は従者じゃないですぅ! あの人、勇者に選ばれちゃったんですよぉ! 競争率あがっちゃう! 何も知らないぽっと出の町娘たちが『ワンチャン玉の輿』とか言って、こぞってパーティを組もうとしてるんです! どうしよう!」
「なんと。勇者とは。めでたいような心配なような、複雑な心境ですね」
「ぽっと出の町娘ウザ〜。てか、玉の輿とかいって、そもそもそいつに魔王倒せる素質あんのぉ?」
「イズミくん、アレクをバカにしないでっ!? アレクはやればできる子よっ!」
「はいはい、アリーシアちゃんも泉もその辺で。詳しくは次回聞くからね。もしくは、著しく進歩やハプニングがあった場合はその人優先で。それじゃあ皆さん、よい現実を!」
コンコン、と手の甲で机を二回叩くと、メンバーの椅子の背後に席と同じ数の扉があらわれる。
この扉をくぐると面々は夢から覚めるというわけだ。
頬を膨らませて泉を睨むアリーシアちゃんをはじめとし、皆が別れの挨拶と共に続々と扉をくぐる。それにならって、絵里香も現実世界への扉を開いた。
去り際に、ちらりと俺の方を見て、
「あのっ……隊長さん。もしかして、以前どこかで……?」
「きっ、気のせいなんじゃないかな!? ほら、早くしないと扉が閉まっちゃう!」
……なんてことは、本当はないのだけれど。
苦しまぎれに絵里香を急かして、俺は冷や汗を拭った。
最後に扉をくぐる……と見せかけて扉を消した女神キューティは、にんまりと俺の方を見る。
長い銀髪を髪にかけ、さも「楽しいオモチャを見つけた」と言わんばかりの笑みで。
「あっはははぁ♪ ホンモノが来ちゃった!」
「……来る前に、ふるいにかけたりしてないの?」
マスカレイドマスクの取れた俺がジト目を向けると、キューティは楽しそうに真紅の瞳を輝かせる。
「してないわよぉ! 来る者拒まず、去る者追わず。それが『幼馴染を愛で隊』でしょう?」
「そりゃあ、そうだけどさぁ……」
「それに、いつの時代の誰が来るかなんて私にもわからないし。管理できないし」
「そうなの?」
いつもどこか胡散臭い女神にため息を吐きながら、クッションの柔らかい椅子に埋もれる。
すると、キューティは妖艶な仕草で俺の首に腕を回し、膝上に腰掛けた。
お尻と身体の柔らかさが、ダイレクトに俺の全身にしなだれかかる。
「ちょ……キューティ!?」
慌ててみじろぎすると、キューティは艶のある唇を尖らせて。
「なぁんか、妬けちゃう。ハルヒトは私のモノだと思ってたのに」
「何言ってんの。俺は死んでも、絵里香一筋だよ……」
他なんて、考えられない。
今日絵里香に再会して、改めてそれを思い知った。
俺の幼馴染、くそ可愛すぎる……!
しかし、キューティはどこか不敵な笑みを浮かべる。
「向こうはそうじゃないかもよ?」
「それは……」
「人間は、死んじゃったらそれでお終いなんでしょう? 生きてる人は、死んだ人のことを時間の流れと共に忘れていく。どれだけ愛し、慕っていたとしてもね」
「そんなこと……」
……ない。
と、言い切りたいのは、きっと俺のわがままだ。
もし、絵里香が俺の死を知ることになる日が来たら……
俺は一変して、キューティに同意した。
「……そうだな。絵里香には、俺が死んでも、違う誰かと幸せになって欲しいよ」
「あんた、ソレ本気で言ってんの?」
「……幸せになって欲しいのは本当さ」
「私だったら、死んでも愛する人の脳裏にこべりつきたいけどなぁ」
「性格悪いな。女神のくせに」
「女神だからよ」
ふふっ、と妖艶な笑みを浮かべて、キューティは議事録に目を通す。
「記憶や性格の大部分を形成する幼少期を、共に過ごした存在。切っても切れない縁。幼馴染、かぁ……」
『素敵♡』と微笑んだのは、神か悪魔か。
俺はキューティの滑らかな手のひらに瞼を撫でられ、次の会議まで意識を失ったのだった。
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