第2話 あいすぺろぺろ問題

 『幼馴染を愛で隊』――この空間では、自分の幼馴染に、幼馴染バレするはNGらしい。


 それは、俺みたいに幼馴染が複数いる場合にも適用されるようだ。


 考えてみればそうだよなぁ、『幼馴染を愛で隊』に顔見知りの幼馴染が来たら、三角関係とか以外は両想いなのバレバレじゃん。

 それじゃあキューティが楽しくない。


 俺はこの空間の仕切りを任された隊長で、ルームマスターはあくまで女神のキューティなわけだから。


 しかも、ここは時間と空間の混ぜこぜになった謎空間。今この場にいる絵里香が、いつの絵里香なのか。それがわからないことには俺も下手を打てない。

 ひょっとするとこの絵里香は俺が死んでしまったことをまだ知らないかもしれないし。だとすれば尚更、あくまで他人のふりをして様子を伺うのに徹するべきだろう。


(初対面、初対面……だったらまずは、自己紹介か)


 俺は、色んな意味でドキドキと早鐘を打つ心臓を気合いで隠しながら笑みを浮かべた。


「ようこそ、『幼馴染を愛で隊』へ! 俺は隊長の……」


(やばっ、名前! どうしよ、ここは偽名で誤魔化すしか……)


 咄嗟に、見知ったメンバーに目配せすると、察しのいい面々は「それしかない」と、こくこく頷いていた。

 俺の本名は遥人はるひと。だが、メンバーは皆俺のことを「隊長」と呼ぶから、そちらからボロが出ることもないだろう。


 俺は、絵里香に嘘をつく申し訳なさにごくりと唾を飲み込んで、顔に笑みを貼り付ける。


「隊長の……ハルトだ。新人さんは大歓迎だよ」


「隊長……? あの、失礼ですけどそのオペラ座っぽい目元のマスクは?」


「なんでもないよ。気にしないで。隊長は顔の上半分をマスカレイドマスクで隠さないといけない決まりがあってね。はは。それより君、えっと……名前は?」


 俺は知っているけれど、他のメンバーのためにも問いかけると、絵里香は「絵里香です。野宮絵里香。よろしくお願いします……」と、緊張した様子でぺこりと挨拶した。


 やっぱり、正真正銘、俺の幼馴染の絵里香だ。


 久しぶりに見る幼馴染の顔と小動物のような愛らしい所作にドキドキしつつ、あくまで隊長業務をこなす。

 いや。こなさなければ、と。胸の内で頬を叩いた。


「咲愛也ちゃん、悪いけど今日は新人さん……絵里香ちゃんの話を優先してもいいかな?」


 問いかけられた咲愛也ちゃんは、びくっと肩を跳ねさせて「も、もちろんいいよっ!」と頷いた。

 ああ、ほんと。幼馴染愛で隊にいる人たちは性格に難アリな感じの人も多いけど、基本いい子で助かる。


「で、絵里香ちゃん。君の、その……幼馴染に関する悩みごとっていうのは、どういうものなの?」


 ドキドキと震える声で問いかけると、空いていた俺の隣席に腰掛けた絵里香は顔を赤くして、俯きがちにこぼす。


「えっと……幼馴染に関する悩みなら、なんでもいいんですよね?」


「そうだよ」


 ……ど、どんなのだろう。

 俺に関する悩みかな? それとも、もうひとりの……


「今日、幼馴染がコンビニでアイスを買っているところを目撃してしまって……私、それを一緒にぺろぺろしたいなって思っちゃったんです!!」


「「!!」」


 顔を真っ赤にした絵里香が叫んだ、瞬間。

 メンバー全員がギアをあげたように目を見開く。


 俺は内心で、萌えに悶え苦しむように額をおさえた。


(あーっ、買った! 俺、買ってたよ。エミリーマートのクッキーアンドクリーム買った!!)


 だって、大好物だから。

 生前、週に三度は買っていた。エミリーマートのクッキーアンドクリームアイスバー。


 絵里香の言う幼馴染……

 多分、俺だ。


(ど、どうしよう……ぺろぺろしたいと思われていたなんてっ……!)


 今すぐ床に転がって、萌えにのたうち回りたい!

 絵里香に抱きつきたいし、声にならない声で愛を叫びまくりたいっ!


 でもできないっ……!


 片や『幼馴染を愛で隊』のメンバーは、もはや俺のことなどそっちのけで、初心なJKの相談に阿鼻叫喚のごとく萌えあがっていた。


「アイスぺろぺろ……だと?」

「は、激しく同意っ!」

「すればいいと思う! 私がされたら、めちゃくちゃ喜ぶしっ!」

「バカっ! したくてもできないからここに来てんだろぉ!? しかもそれって、喜ぶのは両想いの場合限定じゃん。下手こいて引かれたらどーすんだよ」

「あーもう、みんな騒ぎすぎ! 絵里香ちゃんが羞恥のあまり涙目になってるじゃん! 新人ちゃん泣かせちゃダメだよぉっ!」

「はて。こんびに……? あいす、とは?」


 剣と魔法の世界にとってはコンビニなどの存在が異文化すぎるのだろう。事態の重要性を把握していないクラウスさんが、俺に尋ねる。


「隊長殿は、どう思われますか? その、あいすぺろぺろ問題とやらは」


「…………」


 ……すればイイと思う。大歓迎。むしろして。

 俺も絵里香とぺろぺろしたい。


(……くっ、言えねぇ!!)


 俺が本人ですよって! 言って今すぐぺろぺろしてくれたらいいのに……!


 2020年の俺はもう墓の中だし、だからせめてこの空間の中だけでも絵里香とイチャコラしたいっ……!


 でもダメなんだよ! キューティにテレパシーで聞いたけど、もし俺が絵里香の幼馴染だってバレたらこの隊自体が本末転倒。その時点で、このレンタル空間が没収されちまう!


「う、うぅぅ……そうだなぁ。俺なら、俺ならどうするかなぁ……」


 考えるふりをして、隣で返答を待つ絵里香の視線に萌えを押し殺す。

 とんとん、と議事録をとっていた右手が無意識にノートを叩き、手からペンが滑り落ちた。

 「「あっ」」と同時に声が出て、拾おうとした俺と絵里香の手が触れる。


「はわわっ!? ご、ごめんなさいっ!」


 パッと手を離した絵里香と同時に、俺も「ごめんっ!」と手を引っ込める。


 その一部始終を見ていた面々は。

 クラウス騎士団長はにこにこと満面の笑みを浮かべ、泉は、見ててこっちが恥ずかしいと言わんばかりに眉間を抑え、咲愛也ちゃんは口元を隠して、ぶわわと目を輝かせた。


(あ〜〜〜〜っ! なにやってんだ、俺……!)


 もう、死んでるっていうのにさぁ。

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