第11話 サイテーサイアクの夢

「……遥人……?」


 呟くと、瞬間。

 枕元のスマホが鳴って、最愛の幼馴染が交通事故にあったとの悪い知らせが届く。


 絵里香は、悪寒のかける全身に鞭をうって駆け出し、遥人の運ばれたという病院を目指した。


(嘘でしょ……!? あの夢は――夢じゃなかったっていうの!?)


 あの不思議な空間――『幼馴染を愛で隊』の隊長は、実は遥人で。

 その遥人に「好きだ」と言われた。


 ――嬉しかった。


 女神とか空間の崩壊とか、わけもわからないし不穏な状況ではあったけど、あれはあくまでも夢。でも、夢の中の遥人の言葉に自信をもらったのは確かだった。

 まるで『隊長』に、背を押してもらったみたいな……


 目が覚めたら、夢でない遥人に「好きだ」と言おう。告白しよう。

 なんだかきっとうまくいく気がする。


 そう、微睡の中で思っていたのに……


(『昔の俺』って……そういうこと!?)


 ……遥人……死んじゃうの?


「イヤだよ! そんなの……イヤだよ!!」


 タクシー乗り場に駆けこんで、目についた車に飛び乗った。

 病院につくまで、生きた心地がしなかった。正しい息の吸い方がわからない。


「やだ……やだ……遥人……遥人!!」


 走り過ぎて、喉の奥から血の味がする。

 病室につくと、遥人の両親は一時的に席を外しているようだった。

 担当医に呼ばれているのだろうか。

 沢山の管に繋がれた、最愛の幼馴染が目に映る――


「はる……ひと……?」


 何? この……サイテーサイアクの夢は。


 私の遥人は……こんな冷たい人形みたいじゃなくて……

 もっと柔らかい笑顔で、「ずっと好きだった」って言ってくれて……


 脳裏に、同じくらいに優しい遥人の声が響く。


『俺が死んでも……幸せになれよ、絵里香』


「ヤダっ! 遥人がいなくなって……それで幸せになれるわけなんてないよ……!」


 絵里香は、冷たくなりかけている幼馴染の手を握った。


「やだよぅ、遥人……帰って来てよぉ……」


「…………」


「なんで? どうして? 悲しませるくらいなら、あんな夢見せないでよぉ……!」


「…………」


「返事してよぉ……遥人ぉ……」


「…………」


「……お願い。帰ってきて……」


 絵里香は、だらりとした遥人の手を握って、縋るように呟いた。


 ――『こっちにおいでよ。遥人……』


(え……?)


 ぴくりと、何かが動いた気配がする。


 背後を振り向くも、自分以外には誰もいない。

 ただ、祈るように窓辺に飾られた白い花が、カーテンの隙間からさしこむ風に揺れているだけだ。


「……遥人?」


 握りしめた手は、いまだに冷たかった。

 室内の医療器具も、残酷なほどに弱弱しい線を描いて、無機質な音を響かせている。


 でも。多分……


(声が、届いてる……?)


 これは――幼馴染としての直感だ。


(遥人は、まだ死んでない……!)


 絵里香は、動かない遥人に呼びかけ続けた。


「遥人! 遥人……!」


(諦めない……絶対、諦めない! 遥人は、絶対絶対かえってくる! 私は……遥人に「好き」って伝えるまで、諦めないんだから!!)


 ――お願い。神様。


 もしもこの世に神様がいるのなら。


 どうか……遥人のことを助けてください……


 私は、どうなっても構わないから……


 『ふふっ。を、待ってたわ……♪』


(!?)


 ふわりと生暖かい風が頬を撫でて。


「……………………絵里香?」


 最愛の幼馴染――遥人が。


 目を覚ました。

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