幼馴染と初恋、僕と私

いぷしろん

幼馴染と初恋、僕と私


 どうやら、僕には幼馴染がいるらしい。らしい、というのは僕もそんなことは初耳だからだ。我が家の近くに住んでいたようだが、なんでも僕が小さいときに引っ越してしまったという。

 どうして今更こんな話が出てきたのかというと、その子――女の子らしい――がまたこの街に戻ってくる……というかきているからだ。


 二階の自室から隣の建物を見る。その家の前にはトラックが止まっており、お兄さんたちが慌ただしく出入りをしている。


 ――まさか、隣の家とは思わんよなぁ。


 確かに隣の家は気づいた時から空き家で不思議に思っていたものだが、まさか空き家が空き家じゃなくて、ただ長い間ずっと家を留守にしてただけなんて誰も思うはずがない。

 それでも、お隣さんになる子の母親らしき人とのんきに話している母さんを見ていると、怒りがめばえる。「あんたきっとびっくりするわよ~」とか言ってないで、もっと早く教えてほしかった。てか今も詳しいことは聞けていないので、早急に教えてほしい。


 そんな母さんを見つめていても仕方がないと、今度は向かいの部屋を観察することにした。まだ荷物もほとんど置かれていない部屋は、僕の部屋と同じようなつくりでちょうど鏡対象のようになっている。

 あの部屋に件の女の子が住むのは正直ご遠慮願いたい。女の子だって嫌だろうし、僕だって嫌だ。……あ? 年頃の男が女の子の隣室で嬉しくないのかって? 別にどうも思わない。だいたい、僕には長いこと想い続けている女の子がいるんだ。

 だから、兄弟がいるならそっちがその部屋を使ってくれないかなー。

 ――なんて僕の期待は、あっさりと裏切られることとなった。



ガチャ――



 音がして、意識を現実に引き戻す。

 自室の誰かが入ってきた音――ではない。……僕はひとりっ子だから、母さんが外に出ている以上それはありえない。父さんは仕事。

 そうではなくて、僕の向かいの部屋のドアが開き人が入ってきた音だ。ほこりを出すためか窓が全開なのでよく聞こえた。さては引っ越し屋のお兄さんが何か運んできたなと、その部屋の主を特定するヒントを求める僕はそちらを緊張の面持ちで凝視する。



「はーっ、ここが私の部屋かー!」



 結果、話しながら入ってきたのは僕が想像していた屈強なお兄さんではなく――その真逆。可憐な少女だった。かわいい美人と評するのが適切だと感じるような整った顔。遠くからでもわかるような美少女に一瞬だけ気が動転しかけるが、今の発言からやってきたのがヒントではなく答えアンサーであることを僕は悟った。というかこの子が僕の推定幼馴染ってまじですか……?


 僕はそっと、気づかれないようにカーテンを閉めた。







 色々あった春休みも終わり、今日から僕も高校生だ。僕は今、高校への平坦な道のりを歩いている。

 僕が通うことになる市立船山ふなやま高校はここらの住宅街のど真ん中に建ち、そこそこの偏差値も持っているためかなり人気の高校だ。僕も余裕で歩いていける距離にあるので頑張って勉強し、なんとか合格をもぎ取った。

 そして実は、船山高校を選んだのにはもうひとつ理由がある。もしかしたら初恋のあの子に会えるかと思ったのだ。昔、よく一緒に遊んだ女の子。ある日突然来なくなっちゃったけど、引っ越していなければまだこの辺りに住んでいると思う。ボーイッシュな子だったから僕ならすぐにわかるはず――。それが、僕が勉強を頑張れた最大の原因だったりもする。


 学校に着いて、昇降口でクラス分けの張り紙を見る。



北西きたにし、北西……っとあった。八組か……ん?」



 自分の名前を見つけてふとその横を見ると、七組の欄に最近新しく聞いた名字がある。



倉木くらき……倉木 さ……さくらだよな。これで咲空さくらって読むのか。はぁ~これやっぱり――」


「私の名前がな……何か?」


「うおっ!」



 突然話しかけられて驚いた。どうやら声に出てしまっていたようだ。

 横を見ると、目を見開いた女の子がいる。

 ……ですよね。なんで驚いてるのかは知らないけど、そこにいたのは僕の幼馴染――実感は全くないが――の美少女だった。ちょっと直視できないかわいらしさだ。



「あー、隣の家の北西っていいます。あんま関わらないとは思いますけど、どうぞよろしく」


「ぅえ……う、はい。よろしくお願いします……――」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「――かなで、くん……」



 と私が呟いたのは果たして彼に聞こえただろうか。いや、聞こえてないだろう。彼はもう離れていってしまったし、聞こえないように言ったのだから。

 正直に言って、忘れらていたのはかなり堪えた。一度も家に訪ねてこない時点で既に嫌な予感はしていたから、ダメージが少なかったのが救いだ。確かにあの頃とは雰囲気も変わったけど、それも奏くんのせいなのだ。普通にひどいと思う。

 それとも……もしかして、憶えていてあの反応なのかな……? 私はもう昔の女ってことなのかな……? だとしたら……それは、悲しいなぁ。



 暗澹たる気持ちで迎えた翌日。その昼休みに私は隣の八組の教室を訪れていた。……正確には、教室の後ろから男子の会話に聞き耳を立てていた。



「――いやー、今年も奏と同じクラスになれるとはな! さすがに高校は違うと思ってたぜ!」


「まぁ、うちの中学からは結構な人数が進学してるからね。全員バラすことができなかったんだろ」



 こちらまではっきりと聞こえる大きな声で奏くんに話しかけるのは大柄な男の子。中性的な顔つきの奏くんと並ぶと、かなり厳つく見える。彼は奏くんの中学からのお友達だろうか。奏くんはこの辺りにある中学校に通っていたそうだから、たくさんの人がここ船山高校を受験するのもうなずける話だ。

 対して私は春休みに引っ越してきたばかりで、知り合いのひとりさえこの学校にはいない。それなのになぜか私にしつこく話しかけてくる人たちから、なんとか逃げ出してここにいるわけだけど……、



「――で、見つかったのか? お前の“初恋の人”とやらは」


「んな大声で話すなよ……今のとこ見つかってないけどさ」



 今、聞き捨てならない言葉を耳にした気がした。

 「初恋の人」? 「見つかってない」? ………………おわった。私は昔の女ですらなかった。あんなに遊んでたのに、意識してたのは私だけだったんだ。……帰ろう。ここにいても傷口に塩を塗り込むだけだ。



「てかホントにその初恋の人、存在すんのかよー?」


「だから声を抑えろって……存在するに決まってるだろ。僕はあの子の手の感触だって憶えてるぞ」



 うっ……思わず聞いちゃったよ。……私にもよく手を繋いでくれたんだけどな。奏くん、忘れちゃったのかな……。その子のことは憶えてるのに……。



「いやそれは知らんけどよ。ええっとー、ボーイッシュで、毎日のように公園で遊んでいて? でもある日突然来なくなったんだっけ? で、お前のことを名前で呼んでいたと。……はっはっは。ぜってーお前の妄想だって!」



 …………うん?



「だ、か、ら! 大声で話すなって!」


「おお? わりぃわりぃ、性分でよ。でも、奏もそろそろ新しい恋を探したほうがいいって。な?」



 既に二人の会話は私の脳に到達していなかった。

 混乱、納得、怒り、そして歓喜。感情が渦巻いて脳への道を妨げる。

 その中で最も割合が高いのは――もちろん怒りだ。奏くんが私に気がつかなかったのは、私が変わってしまったからで間違いないのだろう。……しかし、だ。私が変わったのは奏くんのせいなのだ。

 私がこの街を離れる前、小さい奏くんは――かなで・・・は、こう言い放ったのだ。


 ――ぼくはもっとせいそ? な子のほうが好きかなぁ。


 清楚という言葉を調べて愕然としたね。当時の私も幼いなりにかなでに好意を抱いていたのだけど、なにぶん私は男勝りな子だった。清楚という言葉とは似ても似つかない、かなでを割と振り回していた女の子だったのだ。

 それはもう、家に帰ってからは悄然として真剣に悩んだ。そして悩みすぎて、かなでの前にしばらく姿を出せなくて――そんなときにお母さんが倒れたのだ。

 それからはあっという間だった。お医者さんに空気がきれいなところに行けと言われて引っ越し――家は売り払わずに荷物だけ移動した――私はそっちの小学校に通うことになった。お母さんがあまり動けないなか私が頑張るしかなくて、私が今のような感じになったのも必然だろう。

 そうして髪を伸ばしたり口調を直したりと自分でも努力して、見事に私はかなでの言う“清楚な子”へと変貌を遂げ、お母さんの病気も完治し、高校入学と同時についにこの街に戻ってくることができたのだ。


 それで、私は私の帰宅・・を聞いた奏くんが訪問してくるのを楽しみに待っていた…………待って、いた、のに……! いっこうに訪ねてくる気配がないし、学校で出くわしてみれば気づかないし、挙句の果てに前の私が好きとか言い出して……! こんなの怒らずにいられるわけが――、



「あのー、倉木さん? ドア握りしめてどうしたの……?」



 怒り心頭の状態から現実に回帰して、はっと見上げれば奏くんぼくねんじんの顔が。……今の私の前に顔を出すとはいい度胸ねぇ。


 ――あ、でも相変わらずかっこいい……。


 そんなことが思い浮かんで、慌ててかき消す。断じてかっこよくなんかない。女の子を振り回すごみ野郎だ。



「ん、大丈夫だよ。ありがと」



 笑顔をくれてやる。すると、奏くんの顔がみるみる赤くなるではないか。……ふーん。なるほどね。

 いいことを思いついてしまった。奏くんに、私が初恋の女の子だとそれとなくわからせるのだ。いや、そうじゃなくてもいい。もう一回今の私を惚れさせるのだってアリだ。そうして告白させて――振るふり・・をするのだ。「君には初恋の人がいるんでしょ」って。



「……そういえば倉木さん。七組に“さら”って名前の子いる? 昨日見ておけばよかったんだけど忘れちゃって……」



 ……そう、だから我慢するんだ私。ここで怒ってもなんにもならない。その“さら”って子が絶対に私だとしても、しかもそれを本人である私に訊いていても、怒っちゃダメなんだ……!



「さ、さぁ? いなかったと思うよ」


「そうか……んじゃな」



 奏くんが離れていく。

 ……今に見てろ。過去のさらちゃんわたしを越えて、今の咲空わたししか見えなくしてやる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「おい……なんだよ今の子。めちゃくちゃ美人じゃねえか!」



 席に戻ると、さっきのを見ていたのであろう健瑠たけるが早速訊いてきた。



「あー、なんか春休みに隣に越してきたんだよね。僕の幼馴染らしい」


「は? 殴っていいか?」



 真顔でそう言う健瑠。お前の体格で殴られたら洒落にならんからやめろ。



「いやでも僕全く憶えてないんだよ。それにほら、僕は好きな人がいるから積極的に関わろうなんて思ってないぞ?」


「……でも奏の好みドンピシャじゃねえかよ」


「別に好みの女の子を好きになるとは限らないだろ? 僕はあの子だから好きになったんだよ」


「へいへいそうですか……っと。ちょっと次の準備してくるわ」



 黒板の上の時計を見ると、もうすぐ次の授業が始まる時間だ。健瑠が僕の机に腰掛けるのをやめ自分の机に戻っていく。

 はぁ……とりあえず七組にはいない、か。あーあ、もう一回会いたいなぁ。









 ――入学から早くも半年以上が過ぎ、季節は秋になった。

 今日は日曜日、場所は僕の部屋。来客はひとり。咲空さくらさんだ。……そう、咲空さんである。夏休み頃から彼女は僕の部屋にたびたび訪れるようになったのだ。

 ……まぁ、待ってくれ。関わらないとか初恋がどうのこうのとかほざいていたのは、確かに僕だ。君たちが言いたいこともわかる。だからちょっと説明をさせてくれ。まずは、僕の想い人――さらちゃんについてだ。


 結論から言うと、それらしき人はどのクラスにもいなかった。一か月くらい頑張って探していなかったのだ。それはもうがっかりしたけど、ちょうどその頃だ。咲空さんが急接近してきたのは。僕は喪失感に付けこまれたと言ってもいいと思う。最初は避けていたのに、どうにも懐に入ってこられてしまうのだ。いつの間にか名前で呼ぶようになり、部屋のカーテンも開いて陽が差し込むようになった。僕も咲空さんもインドア派だから二人で一緒に遊びに行ったりなどはしないが、こうして家に上がってくることも最近は増えてきた。

 そんな感じで幼馴染本来の距離感? になってきている僕たちだが、あくまで僕が好きなのはさらちゃんであって咲空さんではない。咲空さんとはいい友達でいたいと思っているのだ。とはいえ、僕も男。美少女が部屋にいて何も感じないかといえば嘘になる。



「――奏くん? 手が止まってるよ」


「……ちょっと考え事してた」


「そう? 試験前なんだから気を張らないとダメだよ?」



 ……顔を近づけるんじゃない。いい匂いがして困る。……でも、なんだろな、これ。なんか懐かしいんだよな。



「……前は咲空さんのほうが低かったくせに」


「今何か言った?」


「いえ、何も」


「そうだよね、よろしい」



 今月は十一月。後期中間試験が近づいてきている。僕たちはその試験勉強をしているところだ。


 突然だが男には二つの種類があると思う。美少女と一緒に勉強して、勉強がはかどる人と気もそぞろになる人だ。僕は、前者。勉強がはかどるタイプだ。その場の欲で目の保養を優先美少女を堪能せず、長期的に見て印象を良くする。初恋を十年近く忘れられない身としては、長い目で見ることなんて慣れ切ったものなのだ。……いや、別に咲空さんに良く見られたいわけではないが、勉強がはかどるという点では一家にひとり咲空さんが欲しいくらいだ。まぁ、前にそんなことを本人に言ったら、数日間は口をきいてくれなかった思い出があるのだが。





「――よし。咲空さん、そろそろ帰れ」


「えー、もう?」


「もう、じゃなくてこんな時間までいるほうがおかしいんだよ」



 七時だぞ。



「隣だし別にいいと思うけどなぁ」


「いいわけあるか。ほら、帰った帰った」


「……はいはい。わかりましたよ」



 咲空さんはなおもぶつくさと文句を言いながら、片づけを始めた。

 ……それにしても、五時間も勉強に集中してたのか。やはり、一家にひとり咲空さんだな。

 そんなバカな思考を読み取ったわけではなかろうが、支度を終えた咲空さんが部屋から出て行ってしまった。



「あ、おい待てって」


「あら、もう帰るの?」



 そして、母さんと出くわしていた。

 ……「もう」じゃねえんだよ母さん。息子の部屋にこの時間まで女の子がいることに疑問を覚えてくれ。頼むから。



「はい、お母さま。奏くんに帰れと言われてしまいましたので」


「そうなの? 奏」


「いやあのな……」


「別にわたしはいいのよ? むか――」


「お母さま。それは秘密です」



 母さんの言葉を咲空さんが遮る。

 むかっ……? 擬音か?



「そういえばそうだったわね」


「ええ、私がなんとかしますから」


「困った子よねぇ」



 息子と幼馴染を見るとは思えない目でこちらを見てくる二人。

 え、なに。どういうこと?


 僕が困惑している間に母さんは台所に引っ込み、咲空さんも靴を履いた。



「じゃあまた明日学校でな」


「ん。――じゃあなっ! かなで!」



 は?



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ぽかん、と口を開けた間抜けな顔をしている奏くんは無視して北西家をあとにする。

 ……なんで男女が同じ部屋にいて何も起きないの!? もう四か月たとうとしているんだけど、鉄の理性なの? ……そんなに昔の私がよかったかなぁ。

 我慢できなくてつい言っちゃったけど、さすがに気づくよね……?

 ふふふ。いつになったら告白してくるかなー。



 ――そんな思いとは裏腹に、いつまでたっても奏くんが私に告白してくることはなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 咲空が引っ越してきてから一年が経過しようとしていた。このころになると、僕の疑念は確信へと変わっていた。

 覚えのある甘い匂い、繋ぎ慣れた温かい手、意外と人見知りなところ、あのとき見せた口調。そのどれもが僕をひとつの結論へと導く。


――つまり、咲空はさらちゃんであると。


 そもそも、僕が咲空に惹かれ始めているのがおかしいのだ。僕はさらちゃん一筋で生きてきた。そんな僕が好きになるっていうのは、さらちゃんに決まっている。


 だがしかし、である。今更そんなことをどんな顔で咲空に言えばいいのか。僕は初恋の子のことを咲空に話してしまっている。まず間違いなく本人は気がついているだろう。気がついた上で僕を泳がしているのだ。この際僕の恋心がバレているのはもう気にしないことにして、どうやって咲空に伝えるかが問題だ。

 ……でもなーそれって、今まで興味なかったけど初恋の人だから好きですって言ってるようなもんなんだよな。いや、実際には僕はもう一回咲空を好きになってしまったんだけど、咲空からはそう見えるよねという話。

 はぁ……本当にどうしたものか。



 ひたすらそんなことを考えていて、それだけで春休みの半分が消えかけていたある日。久しぶりに、咲空から家の間に出てこいと言われた。スマホではなく、窓越しに物理で言われたのだ。


 身支度を整えて外に出る。

 目の前に咲空がいた。



「ひゃあっ」


「うおっと……おはよう」


「遅い……!」



 咲空がじとーっと睨んでくる。君のことを考えてたんだよ、と言うこともできず口をつぐむ。

 今日の咲空の服装はズボン。今まで一度も見たことがない、ズボン姿だ。……そして、あの子がよく着ていたズボンでもある。あ、これ狙ってますね。俺はどう反応すればいいんだ……!



「…………で、なんで呼び出したんだ?」



 咲空は透き通った目で俺を見つめて、おっしゃった。



「ついてきて」



 ……いや、あの、言い終わる前に僕の手が捕まえられてるんですが。というか繋がれてるんですが。

 そんなわけで、僕は咲空に引きずられていった。……ぎゅっと、こちらからも手を握りしめて。



 道中で予感はしていたが、咲空がつれてきたのは住宅街に|紛(まぎ)れてある小さな公園だった。昔は毎日のように、今はときどき思い出しては訪れている小さな公園だ。



なぁかなでー・・・・・・。……私は鈍感じゃない子のほうが好きかなぁ」



 鮮やかに記憶がよみがえる。忘れていた記憶が脳内に再生される。


 ――ぼくはもっとせいそ? な子のほうが好きかなぁ。


 僕がさらちゃんにかけた最後に近い言葉。当時からさらちゃんが好きだった僕はこんなことになるなんて思ってなくて、悪気なく言った言葉。



「……さら、ちゃん」


「今は違うよ」


「……咲空」


「うん。何か言うことはない?」


「今の咲空も別に清楚ではないと思う……」


「おい」



 そういうとこなんだけどな。



「いや、ごめん。気がつけなくてごめん」


「違うよ。そうじゃない」



 え? 謝ってほしいわけじゃないのか。なんだ。何が正解なんだ……?

 過去最高速度で回転する脳。答えが出るまでにかかった時間は体感では何十分にも感じられたけど、実際には数秒程度だっただろう。


 そう、その答えとは――。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「……咲空のこと、ずっと好きでした」



 私も、と返事をしようとしてすんでのところで飲み込む。

 違うだろ私。今こそ一年に渡る恨みを晴らすときだよ。



「さらちゃんて子が好きなんじゃないの?」



 あれー? おかしいなぁ。もっときつく言うつもりだったんだけど。深層心理が働いたのかマイルドになってしまった。



「うん。好きだよ。でも、咲空も好きだ。今の咲空も同じくらい好きなんだよ。積極的に見えて恥ずかしがり屋なところも、僕とだけ距離感がおかしいことも、笑顔も、学校ではおとなし――」


「わかったわかった! わかったから! もうやめて!?」



 恥ずかしすぎて死ぬよ!?

 ……おかしい。こんなはずじゃなかった。私が仕返しをしようとしてたのに。



「……そ、それって二股なんじゃないの?」



 うん……私は何を言っているんだ?



「ふ、二股でもいいよ。僕は昔の咲空さらちゃんも、今の咲空さくらもどっちも好きなんだ。君がどっちになったって僕は好きでいるし、また別の咲空になっても、さ、三股だってしてやる」



 それをどう捉えたのか、奏くんは真面目に返してくれた。……でもごめん。内容が内容でちょっと笑っちゃった。


 それで、だからさ、と奏くんは続ける。



「――倉木 咲空さん。僕と付き合ってください」



 もう、振るふりをしようなんて思考は微塵も存在しなかった。



「――私も……私も好き。かなで・・・も奏くんも。ずっと変わってなかった君が好きだし、これから変わってもきっと好きになる。だ、だからいいよ? これからもよろし――」



 く、と言い切る前に、奏くんに包まれた。

 奏くんの部屋に入るたびにどきどきしているのに、こんなことをされるなんてたまったものではない。心臓が破裂したらどうしてくれるんだ。

 でも、突き放すわけもない。私は手を回し奏くんの胸に顔をうずめて、奏くんを感じる。


 ああ、こんな感じで過ごしていきたいなと思った。

 私も奏くんもきっと変わっていくけど、いつも歯車はかみ合っていて。

 私の中のさらちゃん咲空も同列で。

 それでも私は奏くんに捕まえられたままなんだろう。


 ……そんなふうに――、



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 咲空が僕に密着してくる。

 自分で思わずしたこととはいえこの状態は辛いものがあるけど、ここは往来の場。このくらいで留めておくべきだろう。……今は。

 自分の欲をぐっと我慢して、僕は咲空に意識を集中させる。


 ああ、こんな感じで生きていきたいなと思った。

 僕も咲空もこれからも変わっていくんだろうけど、いつも補完し合っていて。

 どんな咲空も僕は一生好きでいて。

 そんな僕は咲空に勝つことはないのだろう。


 ……そんなふうに――、



ーーーーーーーーーー



 “一緒に歩いていきたい”

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