第47話姫と盗人は無垢な青年と出会う
六月十七日、あれから二週間が経った土曜日の昼下がり。この街には大通りとはまた別に繁華街がある。出店は少なく、どの店も建物の敷地内に収まっていることや人があまり多くないことから大通りと比べて清潔感を感じる。
暖かい陽光は辺り一帯を照らし、しかしカフェのパラソルの元で優雅に紅茶を飲む青年にはその光は当たらない。碧眼に金色の髪をもつ青年は皿に盛られたクッキーを一枚つまみ、一口齧る。口の中に香ばしさとほんのりとした甘さが広がる。子供のころから続く悠久の二時のティータイムを青年は楽しんでいた。
「相席、よろしくて?」
そんな彼にとっては昼寝や家族と卓を囲むこと以上に癒される時間に割って入る人物が現れる。彼女もまた金色の髪を持ち、瞳は青色に輝いている。一見すると目を引くような凛とした顔立ちなのだが、茶色という地味な色のワンピースに白色の前掛けをつけている様は、召使を思わせる。
また、彼女の後ろにいる少年は付き添いだろうか。両手に買い物袋を持った少年はつぎはぎだらけのベレー帽を被り、無地のシャツの上にブレザーを羽織っている。帽子を目深に被っているせいで顔は良く見えないが、嫌そうにしているのはわかる。
二人の様子を観察し、特段変な格好をしているわけではないこと、席は空いているというのに相席を求めてきたことから、自分に用がある人物であると推測する。青年は笑顔で了承しようと口を開く。だが、返事も待たずに少女は席に着いた。
「まぁ、断られても座ろうと思っていたのだけどね。さて、初めましてアサガオ・チェリーさん。私の名前はアネモネ・ブバルディア。リリィの友人よ」
両肘をついてアネモネは青年、アサガオ・チェリーを見る。
「初めまして、アネモネさん。お噂はかねがね、リリィから聞いています」
「……案外、良い関係を保っているのね。まぁ、いいわ。それよりも、貴方に聞きたいことがあるのよ」
「聞きたいことですか?」
アサガオは首を傾げた。余裕があるのか笑みは絶やさない。少し癪に触るから、愚妃も笑みを作って対抗する。
「貴方、リリィのことをどう思っているのかしら。正直に言って、貴方を怪しく思っているのよ。出会い方から今までのリリィとのデートもね。出身はガーベライズ、スノーフレーク通り二丁目、つまりはこの繁華街のパン屋の息子。幼少期は体を動かすことよりも自室で本を読むことが好きだった。八歳でこの店の手伝いを始めた。趣味は読書と一日に一回のティータイム、それから談笑。店には歳が近い人たちが来ることで交友関係は上々。小説にでも出てきそうな設定ね。他人からすれば理想も理想でしょうね」
アサガオは瞠目する。青年からすれば、どこから情報を仕入れてきたのか定かではないため、たまらなく怖いはずだ。だというのに、青年は焦るそぶりを見せない。
「すごいですね。僕のことをどうやってそこまで調べたんですか?」
「簡単に口を割ると思う?」
不敵に微笑んだアネモネはクッキーを一枚とって口に運ぶ。予想以上に美味しかったから追加で五枚平らげた。
「このクッキー、美味しいですよね。この紅茶と合うんですよ。良かったら、一口どうですか?」
青年からティーカップを受け取り、半分ほど紅茶を啜った少女は目を輝かせた。
「美味しいわ! クリス、貴方も試してみなさいよ」
「遊ばれてるぞ」
「遊ばれてあげてるのよ」
呆れたような口調で言う少年に愚妃は自信満々に返答する。相手の土俵に立っている時点でクリスとしては負けているような気がするが、間違いだろうか。
しかし、青年は今もなお表情を変えず、この会話を楽しんでいるようにすら見える。流石に分が悪いかとクリスは思ったが、心配は無用だった。
愚妃は両足を揺らしながら店員に紅茶を注文する。そして、長く脱線していた話を戻した。
「話をもどして、リリィのことをどう思っているの?」
「彼女はいい人ですね。誰にでも優しくて献身的で誰よりも早く行動できる。この前も道端に転んだ子に真っ先に近付いて擦りむいた膝にハンカチを巻いていました。誰にでも優しいなんてことは簡単じゃないですから、僕は彼女のことを尊敬してますよ」
「恋愛感情は?」
「無かったらデートなんてしてませんよ」
アネモネの質問に呵々大笑する青年は満足いくまで笑うと、質問を投げた。
「逆に聞きたいんですけど、あなた方にとってリリィはどのような存在なんですか?」
アネモネとクリスは互いに目を合わせた。いつの間にか椅子に座っていたクリスは頭をかいた。
「支柱か?」
「ちょうどいい例えがあるとしたらまさにそれね。リリィがいないと、生活が成り立たないわ」
「でも危なっかしいところがあるって言うかな」
「それを私が支えているのよ。支柱を支える蔦ね」
「お前は暴れ馬だろ」
その後、和気あいあいと談笑が弾んだ。リリィの良いところは、どこが心配かなどを話していたらきりがなかった。
一時間ほど話しただろうか。店の壁に立てかけてある時計は三時を差している。時計を見た青年は呟く。
「そろそろ時間ですね」
「えぇ、そのようね」
アネモネは席を立つと青年に手を差し出す。
「貴方なら安心して任せることができるわ。これからもリリィをよろしくお願いするわ」
「えぇ、そのつもりですよ」
アサガオも立ち上がり、互いに固い握手を交わした。その様子をとある少女が目撃した。
「アネモネちゃん? それに、クリス?」
「「あ」」
「やぁ、リリィ。君の友人は話のとおり面白い人たちだね」
どうやら、三時からデートであったらしい。待ち合わせの時間ちょうどに来たリリィと鉢合わせした。
時間は進んで夜の七時半。食事を済ませたアネモネとクリスはリリィに食堂で呼び止められていた。今、説教を受けている真っ最中だ。
「もう、本当に信じられない! なんでアサガオさんに会いに行くの。私、何度も止めたよね?」
リリィは迫力のない怖い顔をしている。恩人の少女が止めたと言っているように、アネモネは何度もアサガオと会おうとしていた。アキレアに情報を求めた三日後に彼の素性を聞くことができたのだが、いち早く気づいたリリィともともと知っていたクリスに止められていたのだ。それが、犯罪者でも失踪者でもない青年と出会うのに二週間もかかった理由である。
「き、気になったんだもの。道端でぶつかった人ともう半月は過ごしているじゃない。関係は冷める気配はないし、なにより、リリィが嬉々として話してくれるから……」
妙に歯切れが悪いアネモネをリリィは睨む。ついでに、止めることができなかったクリスも睨んだ。
「嫌われてたら、どうしてくれるの? まったくもう」
怒気を隠さず、気を落ち着かせるためか食堂の奥に行き、コップに水を汲む。
ほっと息を漏らした愚妃と盗人の少年は小声で話す。
「お前のせいで俺まで叱られたじゃないか。黙って見ていればいいものを」
「だって、一か月よ。あの占い師が言うにはその短い期間で別れるの。そんな関係、気になって仕方がないじゃない」
アネモネは好奇心で会いに行ったという様子はない。アサガオなる青年がさくらかどうかが本当に心配だったのだろう。今日話した限りでは判断はつかず、未だに彼女の将来を危惧しているアネモネはため息をつく。
しばらくして、片手に水の入ったコップを持ったリリィが戻ってきた。怒りを静かにたぎらせている少女は一度深呼吸をして、口を開く。
「アネモネちゃん、今一か月って言ったよね?」
体をビクッと震わせた愚妃は現在の話題とは何ら関係ないという旨の言い訳をしようと思考を巡らせる。だが、そんな必要はなかったのだ。
アネモネがせわしなく手を動かしている様を見たリリィは水を飲み干してテーブルに勢いよく置く。腰に手をついて唇を拭った少女は口を開いた。
「私たち、一か月で別れるから」
アネモネとクリスは間抜けな声を出した。
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