第46話姫と盗人は第三者と話す

 店の中は薄暗く、部屋の真ん中に水晶と火が灯った蝋燭が一本だけある。そして、その奥に一人の女性がいた。彼女は黒い装束を身にまとい、ローブから覗く唇は紅でも塗っているのか赤い。見える顔の形はアーモンド形で綺麗な肌をしていることから、痩せている若い女性なのだとわかった。

「ようこそいらっしゃいました。ここは占いの館。貴方が抱える不安に将来を悲観するその思いも全て私が見てあげましょう。さぁ、椅子にお座りなさい。貴方の抱える思いとその未来を覗きましょう」

 女性が喋る。とても綺麗な声だからこの部屋の雰囲気も相まって聞き入ってしまいそうだ。

 相対するアネモネは自分自身の悩みは一つもないことから、リリィのことを聞くことにした。

「えぇ、それじゃあ聞いてもらってもいいかしら。私のことではないのだけど」

「えぇ、構いませんよ。そのお方はご友人様ですか? それともご家族様ですか?」

「友人でリリィという名前なのだけど、二日前にこの店の占いで店を出てから三分後に運命の人に出会えるといわれ、実際にその通りになったそうなのよ。とても運命的で素敵だと思ったわ。でも、それで上手くいくのかってちょっと心配なのよ。だから、二人の今後について占ってもらいたいわ」

 占い師の女性は首を捻った。

「貴方のご友人が私の店の占いでそう言われたのですか?」

「えぇ、嬉々として話してくれたわ」

「……そうですか。わかりました。それでは、リリィ様とその運命の方の今後一か月のことを占いましょう。占いの方法はどういたしますか?」

 アネモネはタロット占いを所望する。首肯した占い師の女性は占いを始めた。


「と以上が占いの結果です」

 占いの結果を聞き、今度は愚妃が首を傾げた。

「……たったの一か月だというのに、二人は別れてしまうの?」

 素直な疑問を口にする。確かに道端で出会った程度の人だから、相性が悪いなんてことは珍しくない。けれど、相手は運命の人とまで言われた相手だ。流石にここまで交際期間が短くてはさくらであることを疑うほかない。

「別れるとは言いましたが、お二人の関係は良好です。どちらかと言うと、リリィ様の運命のお方が遠くへと行ってしまい、仕方がなく別れてしまったという結果なのでしょう」

「そうなの。それは残念ね」

邪魔をしたと言ってアネモネは席を立つ。前掛けのポケットから巾着袋を取り出し、中から二千エルを出して机の上に置いた。立ち去ろうとした愚妃だったが、占い師の女性に呼ばれる。

「もう一度お尋ねしたいのですが、貴方のご友人のリリィ様は確かにこのお店で占い、運命の人と呼ばれるお方に出会ったのですね?」

「えぇ。今まで見なかったことがないくらいの良い笑顔で話してくれたわ」

「……わかりました。お呼び止めして申し訳ありません」

「これぐらいなら構わないわよ」

 愚妃とクリスは店を後にする。大通りに向かいながら話した結果、あの占い屋は怪しいと二人の意見は一致した。

「まぁ、黒に近いグレーってところでしょうね。でも、占いの結果よりもあの占い師の態度の方がどうも気になってしまうわ」

「気になるって、どこが?」

「リリィの占いについてあんなに尋ねるものかしらって思ったのよ。別に、客を忘れるくらいなら構わないわ。けれど、彼女の態度はそれ以前に彼女にした占いのことすら知らないって言っているみたいなのよ」

 大通りについた二人は八百屋に向かい、野菜を物色する。色の良い野菜が集まるこの八百屋は教会に住む者たちから人気の店だ。店主がいつも笑顔を向けてくれるのも人気の理由だろう。

 メモを見ながら野菜を手に取るクリスは先ほどの愚妃の言葉に頷く。

「確かに妙っていえば妙だな。覚えていないのかは知らないけど、もしリリィを占ったことがないってことだったらとんだ無駄足だったな」

 盗人の少年はポケットから財布を取り出して野菜の代金分の支払いを済ませる。アネモネが早々に歩いて行ってしまうから走って追いついた。

 愚妃を先頭に大通りを進む。人ごみをかき分けて進み、教会への近道である小路へとたどり着く。後は真っ直ぐ道なりに進めばいいだけなのだが、愚妃はさらに細い小路へと入っていった。人通りが二人以外にはなく、太陽が建物の陰に隠れているせいで仄暗い。

 クリスは何度もアネモネを呼んだが振り向く気配はない。

 愚妃は周囲に人がいないことを確認すると、ここでいいかと独り言を呟く。前掛けを外し、茶色のワンピースの裾に手をかけると一気に持ち上げた。困惑する少年をよそに呑気に鼻歌を歌う少女は第三者の足音がしたことに気がついた。久々に会うかの男性を脳裏に思い浮かべ、嬉しさから笑みを浮かべる少女は下着姿で振り向く。そして叫んだ。

「キャーーー! 変態筋肉マッチョ達磨よ!」

「変態はてめぇだろ!」

「姫様、一か月も経つのですから服を脱ぐのはもうおやめください」

 細い小路に今、にやけた顔の下着姿の少女と顔を覆う少年、それからその二人を呆れた顔で見ている若干三十歳の筋骨隆々な男性という奇妙な構図が完成した。


 数秒後、大きなため息をつき、アネモネに頭からワンピースを被せたのは姫専属護衛隊のアキレア・アーモンドだ。一か月ぶりの再開だというのに、アキレアは喜んだ様子はない。仕事だと割り切って義務的にアネモネに服を着せる彼の様子に不満を感じるのは幼稚に頬を膨らます愚妃だ。

「姫様、グラジオ男爵家のお仕事を見事にこなしたからご成長なされたと思いました。そ

れなのに」

「なによ。貴方、これくらいしないと出てきてくれないじゃない。見守ってるんだか何だか知らないけど、ストーカーまがいのことしかしないのだから、呼びかけに答えるくらいしなさいよ」

 不満を言う愚妃にアキレアは心外だと言う。仲が良いことに喧嘩をしていた二人は途端に深呼吸をして肝心のアキレアを呼んだ件について話す。

「さて、貴方を呼んだのは他でもないわ。また情報が欲しいのよ。今回はリリィの運命の相手と占いで言われた人物、アサガオ・チェリーについて調べてもらいたいの。変な輩なら明日にでも赴くわ」

「明日はまだ情報が手に入ってこないので出来ませんよ。あと、ご友人の恋愛にまで手を出すのは、それが正しい交友関係とは思えません。考え直しはしませんか?」

「そんな気はないわ。だって、満足できないもの」

 愚妃は一万エルをアキレアに渡す。悲しそうな顔をした彼を無視してアネモネは満足したように笑みを作る。

 そんな二人の様子を遠巻きに見ていたクリスは顎に手をついて考え、そしてアキレアに声をかけた。

「あんたが、アネモネについている野郎だよな?」

「えぇ。自己紹介が遅れました。私は姫専属護衛隊のアキレア・アーモンドです」

「俺はクリサンセマム・ノースポール……て名前くらい知ってそうだな。まぁ、それはいい。俺もあんたに頼みたいことがあるんだけど」

 クリスの発言に筋骨隆々の男性は露骨に嫌な顔をする。この情報を売る行為は違法と言っても過言ではないのだが、それをアネモネ以外の人物にまで売ってしまっては王にバレたときにどんな罰を受けるか分かったものではない。だから、アキレアは断ろうとする。

「クリス様、姫様ならまだしも、貴方のような民間人にまで情報を売ってしまっては、私どもの面目が立ちません。だから、お引き取り願います」

「あ? いや、別に情報が欲しいなんて言ってないけど」

 盗人の少年の言葉に男性は目を丸くする。首を傾げたアキレアは先ほどの会話を想起し、気づく。思えば、彼からは頼みがあると言われただけだった。アネモネから呼ばれる時はいつもこのように頼まれた情報を売っていたから勘違いをしていた。要はアキレアの早とちりだ。

 アキレアは深々と頭を下げて謝る。

「申し訳ありません。私の勘違いで不快な思いを……」

「あー、別に不快だなんて思ってないから。それよりも、頼みを聞いて欲しいんだけど」

「はい、なんでしょうか?」

 アキレアは不機嫌そうに顔をしかめているクリスに目を向ける。盗人の少年からしてみれば、盗人時代に愚妃と話すためだけに彼ら、姫専属護衛隊に逃げ道を塞がれたことがあった。そのため、因縁深い相手だとでも思っているのだろう。アキレアはさほど気にしていないが。

 しかし、気にしていないのは盗人の少年も同じ。不機嫌な真の理由は彼の言葉にある。

「あのさ、俺たちを監視するみたいに人をつけるのはやめて欲しいんだけど」

 筋骨隆々な男性は疑問符を頭に浮かべ、あ、と気づいたように口を開く。しかし、彼が喋るよりも早くクリスは喋った。

「さっき、アネモネから聞いたぞ。いくらこいつからの頼みでも、さすがに四六時中監視されているのは嫌だ。それはたぶん、俺以外も同じだろ。だから、やめて欲しいんだけど」

「それは、本当に申し訳ありません。すぐに中止するよう声をかけますから」

「えー? 彼らがいたほうが安全よ」

 アキレアの言葉に不満を言うのは誰であろう、天下のアネモネだ。だが、当たり前だが、彼女の意見はまかり通るわけがない。

「姫様、護衛をつけられている方から直々に願われたのです。姫様の我が儘は聞けませんよ」

 愚妃は残念そうに肩をすくる。

「自分が良いと思った行動も相手からしてみたら嫌なことだってあるのです。素直に退きましょう」

「……わかったわ。まぁ、そう簡単に悪人の毒牙にかかることもないでしょうから、やめましょうか」

 案外、素直に引き下がった愚妃にアキレアは驚いた。

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