第45話姫と盗人は純粋な二人を追う

また三週間以上休んでしまいました。

ネタがないんです。許してくだちい。

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「シスター、土曜日のことで聞きたいことがあるんですけど」

 リリィがそう切り出したのは夕食を食べ終え、教会の皆が寝る準備を始めた午後七時半の頃である。自分にとって都合の良い返事がくるかどうかが不安なのだろう、苦笑いを浮かべた少女に振り返ったシスターは首を傾げる。

「聞きたいことですか? なんでしょう」

「ええっと、はい。その、土曜日にお出かけをしたくて、その、皆の面倒を見てくれる人は足りているのかなって」

 せわしなく視線を移し、上目遣いに聞いてくる少女にシスターは笑みを向ける。

「ああ、それなら心配ありませんよ。特に出かけるといった話は聞きません」

「本当ですか? 良かった」

 リリィはほっと胸を撫でおろす。その様子を見て、シスターはいつもよりも綻んだ笑顔を見せる少女が気になった。

「リリィさんがお出かけとは珍しいですね。どなたと行くのですか? もしや、殿方と?」

 口元を覆ってわざとらしく驚いた顔をするシスターに少女は困惑する。

「え? いえ、そ、そんなんじゃないですよ?」

 つり上がっている口元を隠しながら、リリィは否定する。少女の様子から察したシスターは微笑ましいものを見たと小さく笑う。

「それはいいですね。良い土曜日をお過ごしください」

「だ、だから、そんなんじゃないですって」

 軽くシスターを叩き、リリィはキッチンへと向かった。少女の様子から自分の若かりし頃を想起する。シスターも人並みに恋愛をして人並みに失恋している。今も夫となる人物を探している若年二十八歳だ。彼女の生き生きとしたその姿を見ると、羨ましくなってくる。頬杖をついて一つため息をつくと、今度は現在の自分を彷彿とさせるような男女二人組が目の前にいた。

「シスター、話があるのだけど」

「ああ、アネモネさんにクリスさん。お二人もお出かけするのでしょうか」

 そう聞くと、愚妃は笑顔を作る。

「えぇ、少し気になるところがあるから行ってみたくて」

「俺は別に行きたくはない」

「あら、貴方もリリィを心配していたじゃない」

「あいつが恋愛しようが失恋しようがあいつの勝手だろ」

「だからって見守っているだけなのは正直言ってスッキリしないわ。リリィの相手は一目見ておきたいし、占い屋だってうさん臭くて仕方がないじゃない? これじゃあ、気になって夜しか眠れないわ」

「健康的で素晴らしいな。明日は昼寝日和だから行くならお前一人で行け」

 欠伸をしながら盗人の少年は寝室に向かおうとする。だが、アネモネはわざわざ聞こえるようにため息をついた。

「これだから男は。自分のことばかりで少しは人に目を向けて欲しいわ」

 少年の歩む足が止まった。振り返った彼の怖い顔がシスターとアネモネの目に映る。

「その言い方、鼻につくな。別にどうでもいいと思って見放しているわけじゃない」

「どうかしらねぇ。貴方、手伝いはしっかりとしているけど、会話が少ないのよぉ。人の事情やらなんやらをちゃんと把握できているのかよくわからないわぁ。なんだか、人に興味がないみたい」

 愚妃はわざとらしく困り顔を作って上目遣いにクリスを見た。その際に、祈るように手を合わせているからなおさらムカつく。

「だから、見放してねぇって。俺だって困っている奴がいたら手を貸してるっての」

「ふーん。それなのにぃ、友達の今後が関わるようなことには興味もなく教会の端っこでいびきを掻いて寝てしまうのね。あぁ、なんて可哀そうなのかしら。心を許した親友とも呼べるような間柄の人から見放されてしまうなんて。リリィ! あぁリリィ! 貴方には私がついているから大丈夫よ!」

 クリスは舌打ちをした。

「おいやめろよ、恥ずかしい。クソが。別に困ってもいないやつに手助けなんて不要だろ」

「この先の人生で困るかもしれない、これは一大イベントなのよ。何かがあってからでは遅いの。失恋ならいいけど、これが詐欺であったなら、彼女の人生が壊れるわ。なら、少しの間でも見守ってあげるのがいいんじゃない?」

 正しいと思う自分の意見をクリスに伝える。真っ直ぐ相対する二人は互いに目を合わせて数秒が経つ。静寂の中、クリスが嘆息をもらした。

「一理あるのが腹立たしいな。わかった、一緒に行ってやるよ。でも、行きたいならお前一人で行けばいいじゃないか。なんで執拗に俺を誘うんだよ」

 盗人の少年の言葉にアネモネはさも当たり前のように言った。

「だって、寂しいもの」

「……おい、それだけかよ。ふざけるなよ!」

 クリスの渾身の叫びであった。ちなみに、シスターは元彼との喧嘩を思い出してしまうから、場所を移してやってほしかった。今の彼女の表情は笑顔とは言い難いほど歪んでいた。


 それから二日が経った土曜日の午前九時半。朝日が眩しく、人々を照らす時間。リリィは白いワンピースを身にまとい、バックを肩にかけ、硝子の窓を鏡代わりに髪型を整えると勢いよく玄関のドアを開いた。快活に行ってきますと言うと、エントランスにいた人たちは皆、行ってらっしゃいと言葉を返した。

 純粋な少女が出かけるという教会に住む人たちからしたら非日常的な出来事に子供たちは興味が止まらないようだ。あちこちで彼女の話をしているのが耳に入る。

 そんな中でアネモネとクリスもまた、出かけるための身支度をしていた。帰りに買い物をするための共有のお金を持って二人も玄関から出ていった。

 向かうのはリリィのもと、ではなく、一昨日にリリィが話していた占い屋である。それは、前日に彼女から聞いていた通り大通りの出入り口を出てすぐのところにあった。どこぞのカフェを参考にしたのか、黒い看板にチョークでメニューが書かれている。それに足して花から伸びるツタが周りを囲むような絵が書かれている。看板の見栄えはいいが、それに反して店は窓に黒いカーテンを引いただけの普通の一軒家というのが少し残念だ。微妙に入りにくい。

「さて、入りましょうか。クリス、貴方はどの占いがいいと思う?」

「人生を予想なんてできないから、どれも一緒だろ。それよりも、リリィを追わなくて良かったのか? あいつの彼氏が気になってんだろ?」

「まだ彼氏じゃないわ。あと、大丈夫よ。私の従僕が見守ってくれているもの」

「……それ、いつも監視つけてるのか?」

「手を叩けばいつでも駆けつけてくれるわよ」

 クリスは一歩身を引く。彼女が見張り役をつけたのはきっと、彼女自身と深く関りがある人にだけだ。その誰もが過去に何かしらの問題を抱えているものだけだ。変な虫がつかないようにという彼女なりの気遣いなのだろうが、少年としては迂闊に行動が出来なくなったため、嫌なことこの上ない。だが、監視を解けと言っても疑いをかけられるだけだから、黙るしかないのだ。

「一応、彼らにリリィの相手について調べてもらうように頼んだから、二人が会わない日にでも会いに行きましょうか」

「え、嫌だよ」

 手に入る情報によっては相手の命がない。盗みを生業としていた少年からしたら、詐欺も一つの商売だから責めようとは思えない。だが、犯罪は悪だと言える彼女はリリィの相手が詐欺師であったなら容赦なく罰を与えるだろう。

 そんな少女が腕まくりまでして店の中に入っていく。彼女の素性を知る盗人の少年からしたら恐怖そのものでしかない。

 クリスはため息をつきながらアネモネの後に続いた。

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