第43話少女は純粋

新年、あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

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 月は変わり、六月一日。今日は平日なのだが、少女、リリィとしては珍しいことに休日となっている。リリィの休日の過ごし方は大方家事の手伝いである。午前は教会の掃除に畑の手入れ、それから洗濯。午後は子供たちのお世話とシスターの仕事の手伝い、買い物に夕食作りとやることをリストにまとめたら紙の余白がなくなってしまう程にあるのだ。


 そんなリリィがこれまた珍しいことに商店街の出入り口にいた。いつもは裏道を通って教会に帰るが、今日は気晴らしに別の道を行きたいと思ったのだ。


 買い物袋を胸に抱いて、人通りが多すぎて押し返される人の波をかき分けてようやく商店街から出た。息を切らし、休める場所はないかと周囲を見回す。すると、とある店が目に留まった。それは占いのお店だった。住宅が密集している場所だからいやに目立っている。戸建ての家と家の間に一つだけぽつりとあるその店に人が入る気配はない。


 しかし、リリィは乙女だった。占いという言葉が今ほど世間に普及していない時代において、彼女は占いがどういうものかを理解していた。それは、本屋で見つけたとある占いの本を立ち読みしたからである。高くて買うことは出来なかったが、そのせいか無性に気になってしまう。アネモネとクリスは自分の生涯の友達となってくれるのか。今いる子供たちは無事に成長してくれるのか。そして、自分の運命はどうなるのか。気になる、ものすごく気になる。


 リリィはポケットに手を入れ、現在の所持金を確かめる。買い物をするときに使用する共有の財布とは別に、少女は一応のため二千エルを持ち歩いている。続いて占いの店を見た。正確にはその前にある看板だ。そこには手相、星、タロット占いの文字とそれぞれの金額も書いている。一番安くて星の千エル。手相で千五百エル、タロットで二千エルだ。手持ちの金額とちょうどあっている。


 リリィは少しの間迷い、そして意を決して店の中に入った。


 店の中は狭くて暗い。ドア代わりのカーテンの隙間から入る光りで周囲を照らしてみたが、中央のテーブルに水晶、それから蝋燭が立っているいる以外に物がない。初めて入ることもあって不気味だが、勇気を出して入った分、帰るのは何か嫌だ。


「あの、すみませーん」


 リリィの声が静寂の中に消える。誰も返事をしない。もしかしたら、まだ開店前だったのかもしれない。そんな疑いを持ち、店を後にしようとした。その時、


「はーい」


 声がした。カラカラとしたお婆さんの声だ。少女は振り返る。そこには、黒いローブを身にまとい、怪しく笑う老婆の姿があった。彼女は水晶があるテーブルの奥に座っていて、店の雰囲気も相まってか不気味だ。しばらくジッと見つめていると、弧を描いた口元が動いた。


「お嬢さんはお客さんだろう? 占ってあげるよ」


 老婆は椅子に座ることを勧める。少女はテーブルの前にあった椅子に座り、老婆と向き合った。


「何を占って欲しいんだい? 仕事かい、恋愛かい、生涯かい」


「えっと、タロット占いで、こ、これから一か月のことを」


「タロット? そんなものは使わないよ。私が使うのはこの水晶だけさ」


 え、と声が漏れる。先ほど店の看板には占い方が三種類あったはずだ。そのどれにも該当せず、さらには使わないとまで言った。ならば、店先の看板など意味がないではないか。この老婆が何者なのか、怪しさが付きまとう。


「あ、あの、お金がないんですけど」


「お金? あぁ、そんなものは要らない要らない。今回だけのサービスにするから」


 商売としてやっているのに、お金を要求しない。これでは、商売が成り立たないどころか、破綻している。少女は怖くなって逃げ出そうとした。


「お嬢さんは将来が不安なんだろう?」


 リリィの足が止まった。それを好機と見たのか、はたまた彼女の性なのか、占ったのであろう内容を口にした。


「二人の親友がいなくなってしまうのではないかが不安、教会に住む家族同然の子供たちが歩む道が不安、そして、将来の伴侶がどのような人物か、そして自分を受け止めてくれるのかが不安。そうだろう?」


 リリィは振り返る。少女の顔には疑心と不安と期待が浮かんでいた。老婆はニヒルに笑った。


「さぁ、座りなさい。お前を占ってあげるよ」


 少女は老婆の言葉に従った。




 数分後、リリィは店を出た。何だか、夢を見ていた気分だ。自分の自分すらも見えていないものを見透かされているような、不思議で安心するような可笑しな店だった。


 リリィは夢うつつに道を行く。俯きながら先ほど聞かされたことを思い出しては疑った。だって、将来なんて誰もわからないことをあたかも知ったような口で老婆は語るのだ。しかし、その中でもこの言葉だけは信じたいと思った。


 今日、帰路についてから三分後に運命の出会いを果たす。


 正直に言ってありえないと思った。だって、運命がなんだと考えたその日にそのような出会いをするのだ。数年後ならまだしも三分後だ。だから、参考になった程度の思考で帰るのがいいのだ。


 リリィは欠伸をし、寝ぼけ眼を擦った。そしたら、声がした。危ない、と。だから、驚いて振り返った。そしたら目の前に馬がいて、突然の出来事に頭が真っ白になった。そして、私は死んだと思った。占いなんて意味がないとも思った。


「あぁ、危な」


 その瞬間、腕を引かれた。とても強く引かれたため、私はそのまま倒れるが、誰かが支えてくれる。


「大丈夫ですか?」


 焦りを覚えた声が聞こえる。私は声がした方に顔を向けた。そこには金色の髪と緑の瞳を持った少年がいた。彼はとても心配そうな顔をしている。


 私は周りを見た。どうやら、目を擦っているときによろけて車道に入ってしまったらしい。それを彼が助けてくれたのだろう。だから、今彼の腕の中にいる……私は一瞬で我に返った。


「え、あ、えっと、ご、ごめんなさい!」


 私は立ち上がって青年に頭を下げる。すると、青年は心から安心したように顔を綻ばせた。


「あぁ、良かった。なにも言わないから、どこか悪いところを打ったのかと思いました」


 幼顔の青年は想像通り少し高い声で、だが大人びた笑みを浮かべるところはイメージと違ってとても格好よく映る。青年は立ち上がり、リリィに提案した。


「疲れているんですか? なら、送りますよ」


 少女は慌てた。流石に、悪いから断ろうと思った。だが、あの老婆の占いの結果がリリィの背中を押した。


「あ、えっと、お、お願いしてもいいですか?」


「ええ、もちろん」


 青年の優しい瞳が少女に向く。買い物袋からサクランボが落ちた。そして、リリィは運命を信じた。

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