第34話姫の手紙

 拝啓 桜は散り、青々と茂る草木が生の力強さを感じさせる季節となりました。


 この度、城から追い出され、その後の生活をこの手紙に載せて、お父様とお母様にお伝えしようと考えた所存でございます。

 まぁ、これはお父様がお決めになったルールの一つとしてあったので義務としてこなしています。だから、変な期待はやめてください。


 さて、話は当然、馬車から降りた四月二日の昼時まで遡ります。


 娘が城下町に一人で放り出されるというのに、お父様はお食事の一つも用意をしてくださらなかったので、大通りへと向かい、そこで追剥に遭いました。


 今思うと運命的な出会いとなったから良いものを、身の安全は保障されていなかったことから、貴方を恨んだことは忘れもしないでしょう。


 下着姿でどこに行くこともできないわけですから、そこで蹲っていると、私の親友となる少女、リリィと出会い、教会に連れて行ってもらいました。


 教会での私の所業は後世に残る過ちです。しかし、リリィは受け入れてくれました。きっと、心の中では疎く思ってはいたでしょう。彼女の頑張っている姿を見ていると、私は心がいたくなりました。だから、更生することに決めたのです。


 お城で散々暴れたのだから、きっと、お二人は信じてくださらないでしょう。もちろん、それを理由にお城に戻ろうとも思ってはいません。というか、城から追い出されて一日しか経っていない日の出来事ですから。


 話を戻して、それからの日々はとても大変でした。


 同じく教会に住むいたいけな少女の願いを叶えるために奮闘したり、リリィを助けたり、私から金品を盗んだ輩を更生させたり、教会の家事の手伝いやらなんやらをしたり。


 民草の生活は危険に溢れ、同時にそれと共に生き、解決し、翌日に希望をまた抱いて目覚める。お城で過ごしていた日々を思い出すと、心を通わせる話題は私にはお城から追い出されることくらいでしょうか。


 正直に言って、私はお父様の行動に怒りを覚えています。けれど、貴方の思い切ったその行動が無ければ、いつまでもお城で踏ん反り返っていたことでしょう。だから、私はお父様に感謝します。おかげで民草の気持ちと過去の私の思いを知ることが出来ました。


 そのうえで貴方たちに送りたい言葉があります。カバ。


 この言葉は、馬鹿を反対から呼んだ言葉です。教養を受けてなお、正しく文字を読むことが出来なかったのでしょう。そのような頭が悪い方に送る言葉のようです。


 さて、説明などもう要らないですね。私は貴方たちが嫌いです。私の好きなお菓子は勝手に食べるか捨ててしまうし、無理に稽古を押し付けるし、プライドが高いばかりで人を見下すようなことしかしない講師を敬えと言ってくるし。


 極めつけは


 まぁ、ここで書くようなことでもないですね。


 万が一、私がお城に戻った記念にチョコレートが届けられ、それを捨てようものなら、私はこの国から出ていきます。それだけは用心しておくようお願いします。


 最後に、私にお仕事を紹介してください。幾つか見学をしてみたのですが、私には出来そうにないものばかりでした。


 仕事も自分で見つけろというのであれば、嫌々頑張って働こうと思います。

 それでは、お体に気を付けて日々をお過ごしください。

                                      敬具




 アネモネはため息を漏らして椅子にもたれかかった。


 現在、愚妃はシスターから部屋を借りて黙々と手紙を書いている。ホームシックという理由で書いているのではない。手紙の内容を最初に見ている読者の方ならわかるだろう。理由は父が決めたルールだ。月に一度、父宛に手紙を送ること。これを破ると、また国家反逆罪だなんだと言われて面倒くさいことになりそうだから仕方なく書いている。


 今から手紙を読み返して不備がないかを確認しようと思っているが、集中していたこともあって目が疲れた。椅子に座りっぱなしでお尻も痛い。


 愚妃はシスターの部屋から窓を覗いて裏庭を見る。そこには、楽しそうに子供たちと遊ぶクリスと苦笑しながら走り回るリリィの姿があった。二人を見ていると、羨ましくて自分も混ざりたくなる。


 四月二十七日の午後四時。アネモネは椅子から立ち上がって、裏庭へと駆けて行った。

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