第31話姫と盗人と少女は街に出る
サイネリアと仲直りを果たしたクリスは小屋に戻った。藁が多く積まれているが、今は使われていない小屋である。
そこには仲間の三人組がいる。最近は盗みをやめて、貯金してきたお金で生活をしているから、三人は焦っていることが目に見えてわかる。
小屋の扉を開いて中に入ると、肥満気味の少年がクリスに話しかけてきた。
「なぁ、ローレル。そろそろちゃんと話し合おうぜ。どれだけ金が溜まっているかは知らないけど、このままの生活を続けていたら城から宝を盗む算段がつぶれちまうよ」
太っている少年の言葉に、クリスは首を横に振った。
「前にも言っただろ。これからは盗みをしない。教会に住めば働き口と無償の寝床が手に入るんだ。今よりも良い生活が保障されている。うまいどころじゃない、最高の話だ。俺はこれに乗る。お前たちに無理強いはしないが、こっちに来たほうがいいと俺は思うね」
「それは、何か案があってのことか? 例えば、寝ている間に金を盗んで逃げるとか、神父の書斎には莫大な金があるだとか」
「そんな計画はない。ただ、住んで働くって話だ。こっちのほうが将来の心配もしなくて済む。良い話だろ?」
クリスの態度に、太っている少年は納得がいかない顔をした。
「最近、変だよお前。たったそれだけのことで教会に住もうってのかよ。城から宝を盗めれば、一攫千金。逃げ切れば一生遊んで暮らせるっていうのに」
「その計画は未だに目処が立たないんだ。どれだけ金が必要かもわからない。なら、今のうちに手を引いて、確実な道を辿るほうが賢明だとは思わないか?」
太っている少年はクリスを睨む。確かな覚悟があるのかを見ているのだろう。残念だが、クリスに意志を曲げる気はない。同じように少年を睨み返すと、舌打ちをした。
「勝手にしろ!」
太っている少年は藁の上に横になった。どうも、不貞腐れているように見える。二人の少年もクリスから離れていった。ここに、クリスの居場所はなくなってしまったのかもしれない。
サイネリアと仲直りをしてから三日が経った。その日も同じように教会に赴いた。出迎えてくれたのはアネモネだ。
「いらっしゃい。今日は朗報が二つあるわ。まずは入りなさい」
クリスは言われた通りに玄関から教会内に入る。
エントランスには少なくない人がいた。アネモネにリリィ、サイネリアとハルジオン、それから少人数の子供たちと奥にシスターがいた。皆がクリスのことを見ている。こんなに注目されるのは久しぶりだから、少々困惑した。
アネモネがクリスの手を引っ張って進む。そして、シスターの目の前で止まった。シスターは薄く微笑みを作ると、クリスを見た。
「クリサンセマム・ノースポールさん。実は昨日、神父様からお返事をいただきました。その内容は、住むことを許可するというものでした。おめでとうございます、クリスさん。これで、貴方は教会に住む家族ですよ」
クリスはシスターの言葉を聞いて何度も瞬きをした。
「ほ、本当に、ですか?」
「えぇ、本当です。ただ、まぁ、その、窃盗をしていたこともあって、今後、過度な噂が一度でもたてば教会からは出て行ってもらうという条件付きですが」
申し訳なさそうにシスターは言う。しかし、クリスにとってはこの上なく嬉しい話である。
「あ、ありがとうございます、シスター! 俺、本当に頑張りますから!」
少年は嬉しそうに口端を上げ、帽子のつばを上げて被りなおした。
「つきましては、アネモネさんから教会に住む上でのルールをお聞きください」
「え、こいつにですか?」
「あら、文句があるなら聞くわよ。覚悟なさい」
ちょっと嫌がっただけで覚悟しろは怖いことこの上ない。クリスは両手を上げて降参の意を示した。苦笑いをするシスターは笑みを作り直す。
「それでは、お願いしますね、アネモネさん」
「えぇ、任せて頂戴。さて、まずは買い物がてら、その話をしましょうか」
張り切った様子のアネモネをシスターは見る。何故か、ちょっと心配になった。そのため、リリィにもついて行くようにお願いする。
「リリィさん。そういえば、買っていただきたい物があるのですが、二人について行って買ってきてもらっても良いですか?」
「え、私がですか? それなら、アネモネちゃんならできるんじゃ」
シスターはリリィに耳打ちをする。
「実は、私としてもまだ心配なのです。アネモネさんは心を許した人には優しすぎる気がして、もしこのままだと、どうなることか」
「あー、だいたいわかりました。そういうことなら」
つまりはクリスが何をしでかすかわからないから、見張っていて欲しいとのことだ。アネモネはあれでいて、結構がさつなのだ。リリィとしてはアネモネを優しすぎる人という見方はしていないが、心配という点ではシスターと同意見だ。
玄関に向かう二人に追いつき、リリィも買い物に行く。シスターはリリィに頼りきりで申し訳なく思った。
時刻は午前十一時。一時間ほどかけて諸々の用事を済ませた三人は帰路につく。三人で均等に荷物を持ち、歩く三人のうち、クリスだけが慣れていないせいでへとへとだ。
疲れた顔をしているクリスにアネモネは説明を続け、それをリリィは心配しながら見ている。
「と、まあ、こんなところね。貴方に課せられたルールを加味してもさほど厳しいものではないわね。ま、肩の力でも抜いてゆっくりと暮らすのね」
少し息が荒いクリスに言う。少年は強がって平気なふりをする。
「あぁ、そうさせてもらう」
「……ねぇ、ちょっとだけ休まない? 私、疲れちゃったなぁ」
特に疲れた様子はないリリィにアネモネは首を傾げたが、賛成の意を告げる。
「そうね。じゃあ、休みましょうか」
店の前にあるベンチに三人は腰を下ろす。少年は歩き疲れた足を伸ばし、温泉に浸かった老人のように息を漏らした。
「生き返る」
「あら、疲れていたのなら言えばよかったのに」
「二人ともそんなに疲れてないから、俺もそれくらいにならなくちゃいけないと思っただけ」
「無理は禁物よ。私だって、最初は休みながら買い出しに行ったものよ」
懐かしそうに周りを見る少女は笑っている。彼女を見た少年はアネモネが朗報が二つあると言っていたことを思い出した。
「なぁ、そういえばもう一つの朗報ってなんだよ。二つのうち、一つは教会に住めることだろ?」
クリスを見た少女は思いだしたように一回頷いた。
「あぁ、そうだったわ。すっかり忘れてた。そうね、とても良い話を持ってきたわ。あまりにも良すぎて、貴方が気絶しかねないほどよ」
アネモネはでもと付け足し、一枚の紙を手渡した。
「ここでは教えないわ。明日の午後四時にこの場所に来なさい。誰にもつかれないように気をつけないさいね」
少女から綺麗に四つ折りに畳まれた紙を受け取る。なんだか、怪物から薬を渡されたときのような感覚を覚える。これを受け取らなければならないのだが、体が嫌がっているような。しかし、今回もクリスは受け取った。
「わかった。なんだか、行きたくはないけど」
「必ず来なさい。これは、貴方から頼まれたことなのだから」
クリスは首を傾げ、訝しむようにアネモネを見る。二人の様子をリリィは妙な疎外感に落胆しながら見ていた。まさか、とリリィは思った。恋愛、的な? それなら二人だけの内緒の話をするのも、関係があるのも頷ける。よく、二人でいるところを見るし、自分よりもクリスを優先している節がある。ならば、これはもう、そうなのでは?
先に断言しましょう、的外れです。
「さて、帰りましょうか。疲れはとれたでしょう二人とも」
アネモネに警戒心を抱く少年とクリスに嫉妬する少女はアネモネの言葉に従って帰っていった。
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