第22話姫は知り、盗人は叫ぶ
日が傾き始めた午後三時半。アネモネは路地裏へと足を運んだ。愚妃の手には二千エルが握られている。このお金はリリィに頭を下げ、サイネリアに金がかえってきた礼金として強奪して手に入れたものだ。
鼻歌を歌いながら考えをまとめていたアネモネは人目につかない、暗い場所まで来ると、辺りを一度見回し、前掛けを外す。乱雑に放ると、次は茶色いワンピースのスカート部分に手をかける。そして、思い切って服を脱いだ。鼻歌が優雅に流れる中で少女は下着姿となり、羞恥心でもあるのか頬を赤らめてしかし、リラックスしているのか肩の力を抜いている。
満足げに鼻歌が踊るように奏でられる。その音を聞いてか、一つの足音がした。ちなみに、鼻歌が耳に入り、人が来たわけではないことをアネモネは知っている。
足音がするほうへ顔を向けると、一人の男性がいた。庶民の服をまとっているが、鍛えているのだろう、一目で筋骨隆々であることがわかるほど体が大きい。こんな男に襲われてはひとたまりもない。愚妃は身の危険を感じたふうに悲鳴を上げた。
「痴漢よー! 悪漢よー! 誰か助けて―」
「やめてください、アネモネ様。本当に勘違いされてはどうするのです」
目元に手を当ててため息を吐く男性はアネモネにワンピースを頭から被せる。襟から顔を出した愚妃は年相応の表情を浮かべる。
「つれないわねー。少しは付き合いなさいよ」
「姫様を守護する仕事中ですので。文句なら貴方のお父様にお申し付け下さい。それから、私を呼ぶときに服を脱ぐのはおやめ下さい。姫様は裸族だと噂がたってしまっては親に顔向け出来ませんよ?」
「どうせ、パパからの命令で私に顔を見せてはいけないとでも言われてるんでしょう? じゃあ、服を脱ぐくらいしないと会ってくれないじゃない。それに、私は別に顔を会わせたいなんて思わないわ」
「姫様、いけません。ムスカリ様もランタナ様も貴方に本気で会いたいと感じています。それを、陰口であっても会いたくないと言っては、お二方の思いが無駄となってしまうでしょう」
生真面目にそう言う男性に対して、アネモネは呆れるが、仕方がないと割り切る。
「でも、まさか身の安全を保障するっていう言葉が貴方たちのことを示唆しているなんて分からなかったわ。貴方がこの服をとり返してくれなかったら、この特権を活用出来なかったわ。そういう意味で、感謝するわ。なんだったかしら、姫専属の守護隊だったかしら? のアキレア・アーモンド隊長」
「姫専属護衛隊です。守護隊ではありません。ですが、その感謝と名前を覚えていただいたこと、光栄の一言につきます」
「当たり前じゃない。貴方は私のお気に入りと言っても過言ではないもの」
アネモネは表情を消し、真剣な瞳でアキレアへと呼んだ目的を言う。
「貴方にまた依頼するわ。今度はローレルという少年について調べて頂戴。今回はちゃんとお金を用意したわ」
アキレアは愚妃の言葉を訝しむ。
「ハルジオン様の両親とリリィ様の身の上に続いてローレルという少年を調べろとは。先の二人を救うために尽力し、持っているのはゼロエルだとわかっています。昨日、尋ねられた時に言いましたが、私たちは雇われる形でお二方について調べました。お金がなくてはお話になりません」
アキレアの言葉からもわかる通り、アネモネは彼に依頼してぬいぐるみを抱えた少女の両親についてとリリィの素性について調べてもらったのだ。そのおかげでたった五日で両親の居場所を知ることが出来たし、夜な夜などこかへ出かける少女を借金取りの魔の手から逃れることが出来た。
「アネモネ様の行動は尊敬に値します。自らの生活するお金を使ってまでお二人を助けたのですから。しかし、それとこれとは話が違います」
「わかっているから口を閉じなさい」
アネモネは腰に左手を当て、右手に握っていた千エル札二枚を差し出す。愚妃からお金が出てきたことに驚いた屈強な男性は思わず二度見する。しかし、前回よりも少ない金額だ。これはなんなのか。
「これは前金よ。もしも、情報を提供してくれるなら、さらに追加で八千エル払うわ」
合計一万エル。アキレアはこれ以上お札を手にしていないことに気づいていたが、頭を横に振り、知らないふりをする。一度深呼吸をして、王様にバレたときの言い訳を考えておく。
「わかりました。といっても」
「すでに調べてあるのね、昨日の内に。仕事が早くて喜ばしいわ。でも、八千エルは教会にあるから、明日に払うわ」
アネモネはちょっとした嘘をつき、アキレアからローレルの情報を買った。
翌日、アネモネは朝早くからローレルたちが寝床としている小屋へと訪れる。
昨日に愚妃が彼らの拠点を見つけてしまったため、早々に移動していたのだが、運がいいことに肥満の少年と出会った。そう、城から追い出されたあの日に来た路地裏でだ。間抜けにも程があるとアネモネは思ったが、言葉にする前に彼らは逃げてしまう。仕方なく追っていくと、新しい彼らの拠点へとついたのだ。
「なんでまたあの小路に行ったんだ?」
「い、いや、うっかり忘れちまってて……」
肥満の少年の言葉に頭を抱えるローレルは次いでアネモネを見た。
「まだ何か用があるのかよ。俺はお前と関わりたくないんだ。さっさとどこかへ行ってくれ」
「用事があるのはそうなんだけど、その前に、そこの間抜けな紳士たちにカバとだけ伝えておくわ。さて、本題に入るけど、ローレル、貴方の素性について調べさせてもらったわ」
愚妃の言葉に眉間に皺を寄せた少年は少女を睨みつける。
「素性を調べた? 俺のをか? 馬鹿にも程がある。俺は今まで盗みを働いて過ごしてきたんだ。それ以外に得られる情報なんかないぞ。証言をする奴らはそこら中にいる。お前の近くでいえばサイネリアだな」
「素性を調べたって言っただけでずいぶんな慌てようね。まぁ、無理もないのかしらね。こんなことをしているなんて、眠っている両親には口が裂けても言えないものね。名前も捨てた。昔の人格も捨てた。ねぇ、そうでしょう? ローレル、いいえ。クリサンセマム・ノースポール」
ローレルは丸まっていた背を延ばす。驚きにより、体が思わず反応してしまったのだ。
「長いからクリスと呼ばせて貰うわ。ねえ、クリス。貴方の過去にあった経験はとても大変なものだったと私をして思わせたわ。心から貴方の幸せを願わずにはいられない」
アネモネの言葉に、思わず声を荒げて言う。
「やめろよ! 人の過去を勝手に調べやがって。なんでそんなことをするんだよ。何が目的なんだよ!」
「貴方に近付いたのはムカついたから。私のお金を盗んだからにはただではおかないと思ったからよ。そして、貴方が教会でお金を返した時点で私の復讐は終わらせても良かったのだけど、そこの餓鬼たちが城の宝を盗むって言うじゃない。見たところ、主犯格は貴方だったから、警戒して調べさせて貰ったわ。これが事の経緯よ」
言葉を詰まらせたローレル、もといクリスは息を荒くする。
「な、なん、クソ、クソクソクソ! てめぇ、何者だよ」
「私はこの国の姫、アネモネ・ブバルディアよ。まぁ、貴方が宝物庫の宝を盗む気がないことは知っているわ。ねえ、話し合いましょうか、クリス」
アネモネは鋭い目つきでクリスを見た。その目に映ったローレルは陰ながら泣いているように見えた。
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