第21話姫と盗人は口論する

 愚妃は自身に満ち溢れた顔で二階に座っているローレルを見上げた。後光により顔が陰になっている少年の顔色は窺えないが、多少なりとも困惑はしているだろうとアネモネは考える。


「さて、理由を知っているなら話が早いわね。さっさとお金を返しなさい。そのお金は教会に住む皆が汗水たらして稼いだものよ。他人が勝手に手を出していいものではないわ」


「それを言うなら、これは俺が汗水たらして稼いだ金でもあるな。俺の仕事は窃盗であって、この商売は盗むことで稼ぎが出るんだ」


「あら、仕事だというなら役所にでも問い合わせなさい。貴方のしていることは犯罪よ。少し考えたらわかるんじゃないかしら?」


「犯罪なんて誰でもする。バイトで店の飯を勝手にとって食っている奴を俺は知っている。大通りにある店から毎月物を盗んでいる奴もな。でも、見て見ぬふりをしているのが社会だ。それを考えれば、俺みたいな子供がしている犯罪も笑って見逃されるのが社会の正しい顔だろう」


「間違っているから、その情報は私の犬に伝えておくわ。誰かがしたからって、貴方がしていい理由にはならないわ。さぁ、お金を返しなさい」


「なぁ、質問したいんだが、なんで警察を連れてこなかったんだ? 簡単だったはずだ。ちょっと戻って手を引っ張ってくるくらい。それをしなかったってことは、お前も犯罪を見て見ぬふりする社会の一部だったってことを認めているんじゃないのか?」


 アネモネは警察? と呟き、嘲笑する。


「わかっていないわね。私には上等な犬がいるの。頭が良い彼らは呼べば来るものよ。ただここで叫ぶだけで貴方たちを取り押さえることができるの。考えのいたらない人と話すのは疲れるの。少しは頭をつかいなさい」


「なら、早く呼べばいいじゃないか。呼ばないってことはそれははったりだって言っているようなもんだぞ?」


「時間稼ぎよ。貴方の後ろにある窓は屋根上に繋がっているでしょう? あと、私は話の通じる輩かどうかを判断しているだけであって、貴方がこいつらに襲うように命令するならすぐに叫んでいたわ。だから、考えなしの発言はやめなさいと言ったのよ」


「まぁ、なんでもいいが、考えなしなのはお前も一緒だろ。人質にされたらどうするんだ?」


「私は大切にされているわ。その分、厳しくされているの。私が人質にされたくらいで止まっていたら、犬失格よ」


「警察が人質をとられているのに動くわけがないだろ。馬鹿か?」


「私を殺す覚悟もないくせにずいぶんな言いようね。それから、警察じゃなくて犬よ。勘違いしないでくれないかしら。そうねえ……」


 愚妃はこの場にいる全員を観察し、見下す。


「ここにいる奴らなら、難なく捕まえると犬たちは言うでしょうね。どうかしら、ここで一つ賭けでもしてみましょうか? 冗談よ。賭博はしないわ」


「服をとられてべそかいていたくせに。お前の着ている服から犬がいることは信じてもいいが、それに頼ることしかできないお前の貧弱さがよくわかるな」


「私はいたいけな少女よ? 頼らなくちゃ、貴方たちみたいな恐ーい餓鬼たちに何をされるかわからないもの。あと、話を変えないで貰えるかしら。さっさとお金を返しなさい。犬が吠えるわよ」


 それから、少しの静寂が小屋内に訪れた。睨み合う二つの視線の先には余裕そうに口端を上げる少女と顔の見えない俯いているように見える少年だ。静観していた肥満の少年たちは二人を交互に見て、肥満の少年が二人の間に割って入る。


「や、やい、女! お前、俺たちを脅すとどうなるかわかんないぞ。今の内に謝っておいた方が身のためだ」


 急にそう言う少年に興ざめしたと不機嫌そうに目を向ける愚妃は首を傾げた。


「なによ、どうなるのよ。仮に貴方たちの胸倉を掴んだとしても、何も変わらないと私は断言するわ。わかったら黙っていなさい」


 アネモネの圧に一歩後ろに引いてしまうが、それでも少年は食い下がった。


「いいや、痛い目を見るのはお前だ! 俺たちが城から宝を盗めればお前なんかコテンパンにして……」


 次の瞬間、ローレルが叫んだ。声が怒気をまとい、掠れているようにも思える声量で少年たちを制止した。しばらく、言葉も発さずに黙り込むと、ローレルは舌打ちをする。その音に、少年たちは肩を震わせた。


「……昨日、親を呼んで泣き叫んでいたくせに、意外と肝が座っているんだな。分かった。サイネリアたちから盗んだ金は返そう。だから、見逃せ」


「……まぁ、いいわ。それじゃあ、ついてきなさい」


 アネモネが了承すると同時に、ローレルは鼻で笑った。


「やっぱり、お前は社会に呑まれているな」


「いつまでも引きずってるんじゃないわよ。私の気が変わらない内に来ることね」


 愚妃はさっさと扉を開けて行ってしまう。だから、窃盗犯の少年は隠していた札束を取り出し、アネモネについて行った。




 アネモネはローレルを連れて教会に戻る。扉を開けると、振り返った子供たちが口を開けて呆然とこちらを見ている。その内の一人であったリリィがこちらに来て質問をする。


「ア、アネモネちゃん、おかえり。その人は?」


「この人が噂の窃盗犯。お金を返すよう頼んだら快く頷いてくれたわ」


 リリィは愚妃の言葉を聞いて目を大きく開く。固まってしまった少女をよそに、アネモネが奥へと歩みを進めようとすると、ローレルが肩に手を置いて引き留める。


「おい、ここでいいだろ。さっさと受け取れ」


「悪いわね。貴方がどれほどのお金を盗んだのかを私は聞いていないの。だから、盗まれた人たちから聞くほかないわ」


「今から全員を集めてそいつらに返せって? 俺はこれから仕事がある。馬鹿な冗談はやめろ」


「本気よ。それに、仕事って窃盗でしょ? それを仕事とは認めないし、すぐに終わるから待ちなさい」


「すぐっていつまでだよ」


「遅くても五時ね」


「ふざけるなよ? 俺の生活がかかっているっていうのに、そんなことに付き合えるわけがないだろ」


 不快そうに眉をひそめる窃盗犯の少年に愚妃は笑いかけた。


「そんなに急いていても変わらないわよ。とりあえず、今ここにいる子たちにだけでも先に返しましょうか。ね、噂の窃盗犯」


「噂のをつけるな。不快だ」


 窃盗犯の少年の言葉を無視してアネモネは子供たちを集める。やはり、法を犯しているという事実があるせいで子供たちは怯えて近付こうとしない。


 怖気づいて動かない子供たちにほとほと呆れたローレルはすぐ近くにいたリリィに声をかける。声をかけられた少女は自分に指をさして身を強張らせる。


「盗まれた額は?」


「え、えーと、二万エルくらい……」


「正確に言え」


「え、正確に? えーと、確か二万五百エルだったかな」


 窃盗犯の少年は懐から札束を取り出し、聞いた金額の分だけ手渡した。強引に押し付けられる形で受け取ったお金を手に、リリィは困惑を露にする。素直に返してくれたことが信じられないとでも言うようだ。


 先ほどの出来事から警戒心が薄れた子供たちはローレルに向かっていく。戻ってきた分の金を見て、安堵する子供たちを見て、アネモネは満足そうに頷いた。




 時間は進んで午後三時。金を受け取る最後の被害者であるサイネリアがようやく帰ってきた。飽き飽きとして、教会の子供たちと遊んでいたアネモネは扉が開いたことを認めると、ベンチに仰向けに寝ているローレルの元へと赴く。


「さ、来たわよ。これでようやく帰れるわね」


 アネモネが微笑みかけると、少年は舌打ちをして玄関付近にいるサイネリアに近付く。ローレルに気づいたサイネリアは叫ぼうとしたが、渡されたお金を見て目を白黒させる。その瞬間、腹に渾身の膝蹴りをくらったことで地面に突っ伏した。怒涛の展開に息を飲んだのはこの場にいる全員だ。


「なに、すんだよ」


「てめぇのところの女のせいで今日は稼ぎがでなかった。その八つ当たりだよ。気にするな」


 立ち去って行くローレルの背中を見て震えあがる子供たちの中でリリィはサイネリアの心配をし、アネモネは情けないと笑った。


「だ、大丈夫? サイネリア、とりあえず休みましょう。椅子に座って」


 蹲る少年に肩を貸し、ゆっくりと歩む。


「見事にくらったわね。あの瞬間、なんだか笑っちゃったわ」


「う、うるせぇよ。だいたい、なんであいつがいんだよ」


「私が連れてきたからよ。良かったわね、お金が帰ってきて」


 よくねえよ、と悪態をつきながら教会内に入ってくる少年を迎え入れ、アネモネは今後の計画を練るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る