第20話姫と盗人は出会う

 翌日、愚妃は路地裏を歩いていた。半月前に野垂れ死にそうになってしまったそこは何一つ変わらない異臭と風貌であった。散漫するゴミはあちこちに散らばり、嫌な思い出と含めて歩きたくはなかった。

 だが、窃盗犯の取り巻きがいるのはきっとここだから、渋々愚妃は歩くしかない。


 昨日、路地裏に行き、情報を買おうとしたのだが、お金を一銭も持っていなかったため、ため息を吐いて帰路についた。帰ってからはサイネリアに少年のことを聞いたが、もたらされたのはローレルという名前と前は人目につかない廃屋に住んでいたという情報だけだ。


 捜索に行き詰ってしまったのだが、ここで城から追い出された日のことを思い出した。そして、もしかしたらという勘がアネモネに降りてきたから、今こうしてあの日に迷い込んだ路地裏に足を運んでいる。


 時刻は午前十一時。なるべく時間も近くして、歩いていると、探していた少年たちを見つけた。昨日来た窃盗犯ではない。きっと、その仲間であろう、アネモネに追剥と暴力を振るった肥満の少年と取り巻きだ。アネモネが話しかけると、少年たちは嫌な笑みを作った。


「おいおい、また俺たちに会うなんて運が悪いなぁ。また服をくれるのか?」


「その服を返してくれるなんて、なかなかに紳士じゃない。ん? 違うのかしら。もしかして、盗る側の貴方たちがまさか盗られて私に服が舞い戻ってしまったのかしら。あらあら。まったく冗談が過ぎるんじゃないの?」


 愚妃は笑った。腹を抱えて爆笑するものだから、少年たちの顔は真っ赤だ。


「あの日みたく痛い思いをしたくないだろ? さっさと帰れよ」


「あら、見逃してくれるのね。優しいじゃない。でも、服を返してくれる紳士なら、私はエスコートしてほしいわね」


 にっこりと笑うアネモネに体が大きい少年は首を傾げる。


「どこにだよ。ていうか、お前なんかと一緒にいたくねえよ」


「私は一緒にいたいわ。どうせ、貴方たちは犬なのだから、早く貴方たちの寝床に連れて行きなさい」


 愚妃は顎を上げて見下しながら言った。あの日の仕返しにと言わんばかりに煽りながら見下してくる少女に少年は怒りを爆発させる。胸倉を掴んで叫んだ。


「誰が犬だよ! 俺たちはてめえなんかの犬じゃない」


「いいえ、私の犬と言ったんじゃないわ。ローレルの犬だと言ったのよ」


 アネモネがそう言うと、案の定、腹が大きい少年は否定した。


「どっちにしろ、犬なんかじゃねえよ。俺たちはチームだ。あいつがいてくれるおかげで生活がどんなに楽になったか知らねえだろ。前までゴミ溜めに住むしかなかった俺たちが今では心地よく寝ることができるんだ! 確かに、あいつの作戦に頼りっきりだけど、その分俺たちは頑張ってんだよ」


「命令に従っているだけじゃない。だから犬と呼んだのよ。あと、もしも、貴方たちから服をとり返したのは、私の犬と言ったら、どうするの?」


 愚妃の言葉を聞いた途端、少年たちの顔が青くなった。アネモネから手を離し、たたらを踏んで後ろへ下がっていく。


「う、嘘だろ。あ、あいつらがお前の? じょ、冗談にしては笑えないな」


「無理して強がらなくても、あと、冗談を言うほどの仲じゃないから、一昨日来た奴らみたいな口調をしなくてもいいのよ。そうねえ、貴方たちがどんな反応をするのか見てみたいから、私の犬を放してみようかしら」


「じょ、冗談はやめろって!」


 少年の反応にため息を吐き、アネモネは言った。


「これだから、話のわからない犬は嫌いよ」


 愚妃の一言に背筋が凍るような感覚を覚えた少年たちは一目散にその場を後にする。




 少年たちが逃げた先は今は使われていない小屋だ。自分たちの第二拠点であり、大通りから遠いから警察から逃れるには都合のいいところだ。地面には藁がいたるところに溜まり、そこに毛布が敷かれているから寝る場所には困らない。上を見れば、そこにはあまり広くないが足場があり、屋根の上に繋がっている窓がある。


 大きな扉を小さく開き、そっと中に入った少年たちはほっと息を吐く。それから、とある少年を呼んだ。


「ロ、ローレル! まずい、一週間前に来た奴らがここに来るかもしれない!」


 肥満の少年の声に反応したローレルと呼ばれた少年は二階から顔を出す。帽子を目深に被った、サイネリアたちからお金を盗んだ少年だ。少年は足をぶら下げて床に座ると、窓から入る光りを背に少年たちを見下ろした。


「どういうことだ?」


「あ、あの、半月前に狙った女がいるだろ? 金髪で、召使いみたいな格好しているくせにものすごく人を馬鹿にしてくる女。じつは、俺たちを襲ってきたのはその女の犬だったんだ!」


 ローレルは肩をすくめた。億劫そうに目を細めると、少年たちのすぐ後ろを見た。そこにいたのは


「ふーん、窃盗犯の癖に、いいところに住んでいるのね」


 誰であろう、天下の我が儘な姫、アネモネだ。計画通りだと言うようにご満悦に笑顔を作っている。追われていたことに気づかなかった三人の少年は愚妃の登場に驚き、人差し指をさして口を開く。


「お、おお、お前! どど、どうやってここに?」

「貴方たちが逃げたから追って来ただけよ。まったく、少しは警戒して逃げていればいいものを。普通に考えてあんな真っ直ぐに走って行ったら追いやすくて仕方がないわ」


 少年たちを追った時に曲がった回数は僅か二回。拠点は遠く離れてはいるが、迷路のように入り組んでいる路地裏や人通りが多すぎる大通りを駆使しない限り、追従は簡単だ。気が動転していて気づかなかったのだろうが、あまりにも愚かだと愚妃は首を振る。奇しくも、窃盗犯の少年も同じ行動をとっていた。


「なぁ、お前」


 ローレルの言葉に肥満の少年は不安そうに自分を指差して、俺? と言うが、違うと否定する。


「そこの女だ。お前が追ってきた理由にあたりはついている。気づいたんだろ? 俺が餓鬼どもの金を盗んだことに」


「えぇ、そうよ。まぁ、今の私からお金を盗めなかった貴方が噂されるほどの窃盗犯なんて信じることはできないけれどね」


「半月前に盗まれたことを忘れるほどの馬鹿が何をいっているのだか」


「あら、記憶がいいこと。でも、やり返されるというのに覚えているなんて貴方も運がないわね」


 アネモネは件の少年を案外早く見つけることができたため、嬉しさと興奮によっていつもより機嫌が良い。つまり、口が回りやすくなっている。敵の本拠地であることをしっかり理解しているのか不安だ。


「あぁ、男子四人がかりだからって私を捕まえようと思わないことね。もしも、私に手を出したら、私のしもべたちが貴方たちの首にとびかかるから」


 訂正、彼女は自分の武器をしっかりと理解してこの場に立っていた。やはり、侮れない愚妃である。

 

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