第15話姫、告白する
アネモネはリリィに連れられてハルジオンの元に向かう。教会は部屋の数が少ないため、探せばすぐに見つかる。うつらうつらと眠気と戦っている今のアネモネには難しいだろうが、代わりに恩人の少女が見つければ良い。
ハルジオンは寝室にいた。ちょうど着替えを終えたところのようだ。背の小さい彼女はリリィを見つけて喜びを露にし、アネモネを見て露骨に警戒する。やはり、愚妃の第一印象がよくなかったのだろう。未だに身を強張らせてしまうハルジオンにリリィは声をかけた。
「ハル、ちょっと時間良いかな?」
リリィが話しかけると、ぬいぐるみを抱えた少女は二段ベッドの陰に隠れて顔だけを覗かせる。
「な、何? アネモネお姉ちゃんの話?」
「うん。アネモネちゃんから話があるんだって……もしかして、嫌?」
ハルジオンは首肯した。熊のぬいぐるみで口元を隠し、目を潤ませる。この目をされると、どうも調子が狂ってしまう。自分が追い込まれた時にやる、ハルジオンの必殺技だ。
「ご、ごめんなさい。そんなに嫌がるなんて思っていなかったから。あー、もう、泣かないで?」
恩人の少女はアネモネの手を離してハルジオンに近付く。潤んだ瞳は今もなおリリィの心を揺らしている。こんなことをされて、彼女を叱ることができる人がいるのだろうか。
「面倒くさいわね、その子」
出来そうな人がいた。誰であろう、天下のじゃじゃ馬姫こと、アネモネである。無言でぬいぐるみを抱えた少女に近付いて行くから、気圧されたハルジオンは一歩後ろへ足を踏んでいた。少女の前まで行くと、しゃがみこんで手に持っていた手紙を差し出す。
「これ、貴方の親からの手紙よ。あまり良い内容ではないけど」
「私の、お父さんとお母さん?」
手紙を受け取った少女は愚妃の言葉が嘘ではないと知り、目を輝かせて手紙を読む。しかし、やはり、お前が嫌いだなどといった否定しか書かれていない内容に涙目になる。
「ごめんなさいね。本当はあの二人の本音が綴られていて欲しかったのだけれど、貴方を不幸にしてしまうからって書きたがらなかったみたい」
涙を流し、嗚咽するハルジオンの頭を愚妃は撫でた。そして、少女の頬に手を添える。目を開く少女の眼には少し怖い顔のアネモネが映った。
「でも、聞いて頂戴。貴方は嫌われてなんかいないわ。むしろ、貴方は愛されていたわ。私が羨ましいって思うほどね。貴方はいい子よ。そして、強い子でもある。我慢をすれば、きっと貴方は家族に会うことができるわ。我慢できるかしら?」
ハルジオンは首を横に振る。リリィは考えた。どっちなのだろうと。我慢できないからなのか、もう会いたくないから首をわざと振ったのか。わからなかった。しかし、アネモネは力強く見つめた。
「我が儘ね。申し訳ないけど、今は教えない。でも、いつか教えるわ。貴方が家族に会う勇気がしっかりと出来た時に。それまで、半信半疑でもいい。見つけた現実に目を逸らしちゃ駄目よ」
アネモネは微笑みを湛えて言った。まだ幼さが残るが、力強さが将来を不安に感じさせない笑顔。アネモネは立ち上がり、その場を後にする。ハルジオンは呆気にとられたようにその場から動かない。リリィは心配になって声をかけた。
「だ、大丈夫だよ。もし、会いたいって思ったら、私たちのことも頼ってね。そうでなくても、私たちのことを頼っていいから。頑張るのは一人より皆で。そうすれば、辛さも皆の分だけ分けられるからね」
リリィの見慣れた安心感のある笑顔を見て、ハルジオンは思わず抱きついた。突然のことだったが、リリィは迷いなく優しく抱擁した。
「私、お母さんとお父さんに会えるのかな」
「会えるよ。私が保証する。いつになるかはわからないけど、ハルが喜びに打ち震える姿が私には見えるよ」
恩人の少女は母の代わりに少女の頭と小さな背中を撫でた。
リリィとハルジオンを見守っていたアネモネは廊下に出る。きっと、彼女は大丈夫だろうと確証がないはずなのに不思議と断言できる。愚妃が廊下に出ると、彼女を待っていたサイネリアの姿が目に入った。
「どうだった?」
あまり元気がないのか、いつもと比べて声が小さい。
「快く受け取ったわ。見たところ、結構傷ついているように見えたから、後はお願いね」
平然と言うものだから、人の心はないのかと言いたくなった。しかし、真実を伝えることに不本意ではあるが、賛成した分、文句も言いにくい。だから、もしも立ち直らないようならアネモネを責めてやるとゲスなことを考える。
だが、そう思うのもこの日だけだった。
翌日になり、昨日までよりも明るくなったハルジオンを見て、サイネリアはご機嫌な様子だった。玄関を掃いているアネモネに少年は話しかける。
「いやー、良かった。ハルがめちゃくちゃ元気なんだよ。全部お前のおかげだ。ありがとな」
「貴方のためじゃないわ。それと、私が欲しいのは感謝の言葉じゃなくて謝罪よ」
アネモネの言葉にサイネリアは眉根を寄せる。
「それは、お互い様なんじゃないか? 俺の金を奪いやがって。あのまま、ハルの家族に会わないで教会でふんぞり返っているようだったら、間違いなくここから追い出してたね」
「まぁ、貴方からお金を借りていなくても私は他の方法を探して村に行っていたわ。あと、これ返すわ」
前掛けのポケットから巾着袋を取り出し、少年に渡す。首を傾げる少年は巾着袋の中身を見て驚く。
「貴方から借りていたお金よ。もともと、二万エル持っていたから、あまり使わずに済んだわ」
それでも一万エル程は減っている。しかし、約束の通り足りなかった分だけしか使わなかったのだろう。巾着袋の中身とアネモネの顔を交互に見て口を開く。
「お前、俺を傀儡だって言ってたくせに、ちゃんと返してはくれるんだな」
「お金を稼ぐのは大変なんでしょう? リリィから教わったわ」
「物語に出てくる悪役みたいだったぞ」
「あぁ、あれは貴方をからかっただけよ。私、奮闘する主人公よりも、それを嘲る悪者のほうが好きだから。あの時の貴方の顔は、実に滑稽だったわ」
アネモネは上品に笑った。愚妃を見て頭に血が上ったサイネリアは鋭い目つきで愚妃を見る。
「はぁー? おい、ふざけるなよ! 笑われるために落ち込んだのかよ、俺は!」
「良かったわね。私の道化になれるなんて、実に名誉なことじゃないかしら」
また、アネモネが笑うものだから、少年は何度も文句を言う。二人の様子を見守っていた少女は微笑み、すぐに寂しそうな顔をした。
「そうだ。ずっと気になってたんだけどさ、なんでハルの家族を探してくれたんだよ。これだけがどうしてもわからない」
「……ただの気まぐれよ。それよりもサイネリア。私は用事があって出かけるの。だから、代わりにここを掃きなさい」
少年はため息を吐き、首肯した。
「言っとくけど、貸しだからな。次は俺の頼みを聞けよ」
「貴方は私の人形よ? 何を言っているのかしら」
そう言い、アネモネは出かけて行った。
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