第8話姫は理解し、少女は呟く
昨日、投稿をせず、すみません。
書いていた展開に違和感を覚えたから変えようかと考えていたのですが、まぁ、いいだろ、ということで変更なしでいきます。
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教会に来て早、五日目の朝の事だった。
アネモネにとってまだ慣れない早起きをして顔を洗う。皆と共に食事をし、着替えを終え、祈りをした後の事。元気よく外に飛び出していく子供たちの内の一人がまた教会内に戻ってきたかと思うと、手に何かを持ってアネモネに近付いてくる。はい、と少年は愚妃に茶色い布、いや、服のようだ。それを渡し、また外に駆け出して行った。
アネモネはたたまれた服を広げてみる。地味な茶色のワンピースのような服と白色の前掛けがあった。よく見ると、前掛けのポケットが少し膨らんでいる。恐る恐る手を入れてみると、中からは羊皮紙、合計約三万エルの入った巾着袋、そして、金色の装飾が施された壊れた懐中時計があった。
アネモネは喜びを露にした。だが、このような偶然があるものかと訝しむ。誰かが自分の正体に気づいてこれを渡してきたとして、なぜそのようなことをするのかと、まずは自分の身の安全について考える。もし、自分を攫うような輩がこのような親切を働くとは思えない。だから、まずは人攫いであるという考えを除去する。しばらく考えに耽っていると、一つの閃きが雷のように落ちてきた。いや、しかし、などと迷いはしたが、それ以外に思いつかない。
アネモネはシスターに出かけてくると断りを入れると、一人、路地裏まで駆けて行った。そして、自分の着ている上着に手を掛けた。
アネモネがハルジオンの身の上を知ったのは一昨日のことだ。前々から気づいていたが、ハルジオンの抱えているぬいぐるみは古い。それも、かなり年季の入った代物だ。件の少女は推定、九歳だろう。だが、彼女がもし生まれた時から持っていたにせよ、修繕の具合やぬいぐるみの汚れ方が相応ではない。
ついつい気になって、アネモネはリリィの元に寄った。
「リリィ、ハルジオンの持っているぬいぐるみ、あれはちょっと古くないかしら」
見たままの正直な感想を愚妃が告げると、竹ぼうきで玄関先を履いていた少女はお淑やかに笑った。
「そうだね。確かに見栄えがいいとは言い難いね。でも、あれはリリィがここに来た時から持っていた物、というより、同じところにあった物かな?」
リリィは上を見て唸り声を上げた。そしてアネモネの耳に近付き、こそこそと話をする。
「確か、シスターがいうには教会のちょうどここに赤ちゃんとあの熊のぬいぐるみが入っていた籠が置かれていたんだって。朝に赤ちゃんの泣く声がしたから神父様が玄関の扉を開けたら彼女がいたから、秋の終わりごろに見つけたこともあって酷く焦ったらしいの。凍えていないか心配でね。その時から結構年季が入っていたらしいよ」
アネモネもリリィの真似をして話をする。
「へぇ、じゃあ、ハルジオンが生まれる前からあのぬいぐるみはあったのね」
「たぶんそう。たまに腕とか首とかがとれちゃうから、私やサイネリアが直してあげてるの」
「サイネリアが? 意外な才能ね」
「なにこそこそ話してるんだよ」
少年の声に反応し、二人の少女は後ろを向く。そこにいたのはサイネリアだ。奇怪なものでも見るように彼女たちの顔を交互に見る。
「ハルのことだよ。ハルのぬいぐるみっていつから持っていたものなのか気になって話していたの」
二人の少女の話しを聞いた少年は得意げに胸を張り、鼻で笑った。
「俺、ハルのことならいろいろ知ってるぜ。でも、お前には教えて上げない」
サイネリアはアネモネにあっかんべーをする。だが、愚妃は無視をした。
「それじゃあ、私は買い物に行ってくるわ。夕食は期待していなさい」
「そんなに食事にレパートリーはないんだけどなぁ」
リリィは苦笑いをする。無視された少年は堪らず、進んでいくアネモネへと走って行った。
「おい、知りたくないのかよ、ハルのこと!」
話しかけられたアネモネは嫌そうに表情をゆがめ、ため息を吐いた後に返答をする。
「別に。ただ、気になったことを聞いただけで今は特にこれといった興味もないわ」
「じゃあなんだ。ハルが両親を探しているってことにも興味はないのかよ」
サイネリアは愚妃へ精一杯語りかけ、やっとアネモネが足を止める。息を荒くしている少年を見下ろし、ふーんと相槌を打った。
「興味ないわ。可愛そうに思わないのかと問われても、大変ねとしか言いようがないわ」
少年は同情を誘えなかったことに焦りを覚えた。
「部外者のお前がそう思うのは仕方ないけどさ、あいつ、いつも待ってんだよ。熊のぬいぐるみを抱いて、夜皆が寝てる時に横で泣いてるなって思ったら、ハルがお母さんって寝言を言っているんだよ。何か思わないのかよ」
「初めに貴方は言ったじゃない。私は部外者だって。私を部外者だと思っているなら、不憫に思わせるその誘い方はしないほうが貴方のためになるんじゃないかしら」
アネモネは冷たく言い放った。少年の考えていることなど、愚妃にはお見通しなのだ。ハルジオンの家族を見つけて欲しい。彼女を思った良い行動だと思う。だが、先日からサイネリアとハルジオンのことを嫌っているアネモネにとっては口が裂けても、協力するとは言えなかった。だから、興味ないとは言いつつも、見事に同情を誘われてしまったアネモネはまずは聞き込みから開始することにした。
まず向かったのは大通りにある、美味しいトマトを売っている八百屋だ。今日も輝かしい笑顔を客に向けている。八百屋の店主はアネモネに気づくと、気さくな挨拶をした。
「嬢ちゃん、昨日ぶりだな。それで、今日は何を買う? 今日のトマトも旨いぞ。一つ百十エルだ」
「昨日よりも高いじゃない。ぼったくりかしら? まぁ、そんな冗談はいいとして。貴方、ハルジオンという少女について、何か知ってはいないかしら。いつも熊のぬいぐるみを抱えている少女よ」
八百屋の店主は首を傾げ、思い出したように何度も頷く。
「あの子か。知ってるよ。でも、ただで教えるような優しい世界じゃないんだぞ?」
アネモネは呆れてため息を吐く。その後に仕方ないとでも言うように野菜を指差して購入を宣言した。籠に新鮮な野菜が貯まると、八百屋の店主は満足そうに口を開いた。だが、店主が提示した情報は何とも言い難い内容だった。
大通りへ買い物へ来た時は必ず、貴方は私のパパ? と店主に聞くそうだ。言葉に詰まった店主は毎回、そうだと幸せだろうなぁ、と返答をしているらしい。よっぽど家族が恋しいのだとアネモネは理解した。他には、と店主を催促するが、持っている情報は全て吐き出したと言った。
「嘘でしょ、こんなに野菜を買ったのよ。それでこれだけの利益なんて。この役立たず!」
思わず言い放ち、十分ほど店主と口論したアネモネはパンや紙を買う際に同じような質問をしたが、返答は芳しくないものばかりだ。一日を振り返ってみると、有力な情報をくれたのは八百屋の店主ただ一人だったため、次寄った時はトマトでも買おうかとアネモネは考えて一日を終えた。
とある少女は毎夜毎夜、街へと赴く。足取りは重く、まるで病にかかったもののようにゆらゆらと歩み、なるべくゆっくりとある場所へと向かうのだ。
皆にはバレてはいない。勘づいている子はいるだろうが、きっと、シスターがうまくやってくれている。だから、自分は目の前の事から逃げず、そしてめげずにやっていくしかない。
少女は指折り借金の額を数える。父のせいで未だに山のようにある借金を返せる目処がたたない。一日のほとんどを仕事に費やすことで一か月ごとにある返済日にやっと間に合わせることができるほどの額なのだ。少女はこの生活をもう二か月は続けているだろうか。
少女はため息を吐く。あんなに父を愛していたのに、このようなことをするとは思わなかった。
「そういえば、私、売られかけたんだっけ」
少女は一人、夜の街で独り言を漏らした。その言葉を吐く者にしてはあまりにも感情がないように、聞いた人は感じるのだと思う。
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