第2話姫、追い出される

 理不尽という言葉は今この時のためにある。この一室にいる人々の中で、唯一私はそう思った。




 とある国にはわがままな姫がいる。彼女を見た城の皆が一様にこう蔑んだ、彼女は最低な姫だ、と。

 それもそのはず、彼女はこの国随一の料理人の作った料理に対してまずいと酷評を下し、その料理を床へぶちまけた。彼女は毎日身の回りの世話をしてくれる直属の世話役に対して間抜けと言葉を投げ、足蹴にした。彼女は自分に稽古をつけてくれる講師に対して出来損ないと揶揄し、見下した。

 

 このような姫が国の宝などと賞される。馬鹿も休み休み言えと皆が思うだろう。

 

 この物語はそれを思ったある王様の行動から幕を開けることとなる。王の名はムスカリ・ブバルディア、王妃の名はランタナ・ブバルディア、そして、この物語の主役たるわがままな姫、愚妃と呼ばれたこの国の姫の名はアネモネ・ブバルディアである。これは愚姫は愚姫なのだと知る話になるだろう。


 四月二日。それは、愚姫であるアネモネ・ブバルディアの生誕祭を終えた翌日のことだった。国王であるムスカリから呼び出されたアネモネは大広間の扉を開く。

 天井には天国を模した絵画、左右を見れば柱を挟み、バラの咲く庭を羨望することができる窓、そして奥を見れば王座にムスカリが座っている。その横には王妃であり母でもあるランタナも着座していた。


 あまりにも荘厳なこの一室の雰囲気はあまりにも重く、しかし愚姫は気にせずに不機嫌であると前面に出していた。婚約以上に、王位継承以上にアネモネにとって重大な話が待っていることも知らずに。


「アネモネよ、どうだ最近の生活は」


 王の言葉に娘として返事をする。これが本当に姫の口にしていい言葉なのか甚だ疑問である。


「そう、私、とても困ってるの。料理は口に合わないし、世話役は役立たずだし。それに、パパ、聞いて。私よりも下手なのに私に稽古をつけてあげるって講師が言うのよ。だから、私はあなたのほうが実力が劣るから私が教えてあげるって言ったの。そしたらみんな顔を真っ赤にして怒り出すのよ。おかしいと思わない? こんな人たちがこの国の一流なんて他国に笑われるわ。民草の憧れる姫の生活の実態が出来損ないの集まりなんてあんまりよ」


「そうか、そうであったか」


 小太りの王は大層立派な髭を撫でながら笑う。そんな王を見てアネモネは頬を膨らまし、王妃は眉間に皺を寄せ、ため息を漏らす。王妃はアネモネを見て言った。


「あなたにそのような言葉を教えた覚えはないわ」


「どの言葉のこと? 私は生まれてから出会ったのはパパとママ、おじいちゃんにおばあちゃん、妹、城の執事、メイド、コックに講師の人たち、婚約者になりそうな人たちとそれから私の友達だけよ。私と血のつながりのある人以外は全員パパとママの紹介よ? その人たちに囲まれ育ったんだもの。ママを困らせるような言葉を使った覚えはないわ」


 母であるランタナを睨みつける。アネモネとランタナはどうも気が合わない。そのためか二人の仲はすこぶる悪い。


「その言葉遣いのことを言っているの。相手を煽り、見下すその言葉の選び方をなぜ覚えてしまったのかしら」


「知らないわよ。紹介する人が悪かったんじゃない?」


 アネモネはそっぽを向く。王族というにはあまりにも子供っぽい仕草にランタナは再度ため息を吐いた。


「それで、パパ、話って何? 昨日の国を挙げた誕生祭で私はくたくたよ。それに、十四歳になったばっかりよ? また別の日にしたらダメなの?」


 ムスカリは姫の怠惰なその発言に呆れた。


「ふむ、我はずっと考えていたのだ。お前が十三を迎える前からずっと。このような姫がいずれこの国をまとめる、またはまとめる者の妻となった時、この国はどのような道を歩むのかを。行き着く先は何か。わかったのはそれがきっと我が避けたいことへと繋がっているだろうということ。ならばどうすればよいのか。答えは簡単だったよ」


 アネモネは父の目を見た。彼の目は覚悟を決めた目をしていた。それがとんでもないことだとも瞬時に察することができた。


「我が国の姫、アネモネ・ブバルディアに命ずる。城下町ガーベライズにて民草の一員となり生活せよ。今日十二時から開始とし、翌年三月三十日にてこの任は終了とする。命令に背くことがあれば国家反逆罪とみなし、お前にそれ相応の罰を下す。準備を始めるがよい」


 この言葉にはさすがのアネモネも酷く動転した。目を大きく開き、あまりにも突飛な王の言葉に異議を唱える。


「ちょ、ちょっと待ってよ。私が街に行くの? それも一人で? そ、そんなのおかしいわ。第一……そう、誘拐されたら国の一大事じゃないの」


「そうであるな。しかし、それがどうした。我はお前に幻滅し、しかし、お前にチャンスをやった。それを手にするか否かはお前次第だ。まぁ、身の安全くらいは保障してやろう。感謝するがいい」


 アネモネは父としてはあんまりな言葉の数々に言葉がでない。その様子を睥睨した王は言う。


「行かぬのか? その行いを国家反逆罪とみなしても良いのだぞ?」


「……まだ時間まで一時間もあるもん。準備する時間もくれないなんて酷い王様じゃない」


「その言葉を不敬罪として牢に入れることもできる。あまり考えなしに発現するものではないぞ」


「歴代で最高に最低な王様ね」


 吐き捨てるようにアネモネは言い、唇を噛んだ。それを見た王妃は満足そうに笑い、王は表情を変えはしないが、心中で何度も謝っていた。踵を返したアネモネの背中には背負うものが何一つなくなってしまった。

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