第二話  ふざけんな!俺は種馬か?


 昔々、魔導士は支配者だった。

 現代の俺たちより自在に強力に精霊を操っていた彼らは、魔力を持たぬ数多の民を統治し、その民たちから崇められていた。しかし彼らは己の力に驕り、どの一族が最強かなどというくだらない理由で魔法大戦を起こし、結果、大陸の半分を焦土にして神の怒りに触れた。

 そこで神はある賢者に《王の加護》を与え、魔導士を封じ監督するよう命じた。何人もの「当代最強」魔導士がその《王》に挑んだが、誰一人を討つことができず――結局、平和主義を唱える魔導士たちの離反もあって、目ぼしい魔導士はみんな討死あるいは《魔の森》に封じられてしまった。

 それから二百年。

 神の思惑通り、魔導士の血は薄れてその力は廃り、人数も激減して、今や魔導士はただの「便利な珍獣」であり「王の犬」に成り下がった。現代の魔導士が集うこの《象牙の塔》をうろうろすれば、かつて誇った栄華を羨み、籠の中で死ぬまで飼われるしかない己の非力を嘆く溜め息がそこかしこで耳につく。

 だから、だろうか。

 一介の村娘でありながら突如先祖返りの魔力に目覚めた魔女イネスとその息子たち——つまり俺とライナスだ——は、何かと魔導士どもから特別視され、ウザ絡みされることが多いのだが。

「嘘だろ……」

 さすがにソレはねーわ。

 不可視の魔網で座す者を縛る《拘束の椅子》におとなしく捕らわれながら、俺は目を点にした。

「俺の嫁の座を賭けたトーナメントマッチ?!しかも実施済みだと?なんだソレ!」

 そんなもん、本人に無断でやるな!

 俺は口をへの字に曲げた。次いで、左脇に立つ魔導士長をジットリ睨み上げる。すると、

「……もはや抑えが効かんのだよ」

 白ヤギに似たふさふさ髭を撫でつつ、魔導士長は目を逸らした。

 おい。俺は目を鋭く細める。アンタは魔導士会のトップだろ。仕事しろよ。

 ……とは言え、こうやって無駄話をしている今も尚「頭が沸いているのか?」レベルでギャアギャア大騒ぎしているあの連中を止めるのは、確かに至難の業かもしれない。

 ここは《象牙の塔》中央の地階大ホール。これまた白亜のがらんとした円形ドームの中央に、(見た目が)うら若い魔女ばかりが一堂に集い、先ほど俺を待ち伏せしていた6人の魔女たちを吊るし上げている。比喩ではない。文字通り6人を縛り上げて逆さ吊りにしたうえ、彼女らを取り囲んでギャンギャン罵っているのだ。

「見損なったわ!抜け駆けなんて!」(キーッ)

「あんたたち、一回戦敗退組じゃない!指をくわえて見ていなさいよ、モブ!」

「直訴したら振り向いてもらえるとでも思った?!ハッ、たいした自信ね。その割にはサッパリ相手にされなかったようだけど!」(あはは、ざぁんねんでしたぁ♪)

「当然、制裁は受けてもらうから」(せっせと呪詛中)

 魔女は怖えぇ。って、ゆーか。そもそも言わせてもらっていいか?

「なあ」

 当事者と言うかもはや賞品?景品?扱いの俺が苛ついた声をあげれば、魔女たちが一斉に振り返る。

「なぁに?」(きゅるん)

「何かしら」(ニッコリ)

 うっへぇ~皆揃ってイイ笑顔だ。かえってイラっときた。俺はこめかみに血管を浮かべ、湧いた怒りに任せてどす黒い炎を顕現させた。(ゴゴゴゴ)

「そもそもさあ、なんで俺抜きで話が進んでいるんだ?」

 その場にいた全員が口をつぐんだ。

 特に魔女どもは俯き、俺から目を逸らし、顔を背ける。怒気交じりの俺の質問に答える者は誰もいない。

 ほう。無断で好き勝手やっている自覚はあるんだな?じゃあ、今スグこの椅子を粉砕して帰っていい?

 暴発しようとした俺の周囲に、黒衣の管理官どもが結界を張る。

「まあ待ちなさい、サイラス君」

 ほとほと困り果てた魔導士長が、陳謝する勢いで頭を下げた。

「ここは儂の顔をたて、彼女たちの話だけでも聞いてやってくれ」

 なんで俺がジジイの顔を立てなきゃならねえんだよ。

 ツッコミたいのはやまやまだが、こちらはやっと謹慎が解けたばかりの身。さっきもプチ乱闘をやらかしたばかりだし、また新たな罰をくらってはたまらない。

 俺は不貞腐れ、肺腑の底から溜め息を吐いた。

「……話だけな」



 魔導士長に促され、今更……めちゃくちゃ今更、例のトーナメントにて勝ち残った自称俺のヨメ候補たちが居ずまいを正して俺の下へ参集する。

 そして、さっきまでの憤激はどこへやら、彼女たちは一転して気恥ずかしそうに微笑んでコソコソ話し合い、キャッキャと楽しそうに喋りながら半円形に俺を取り囲んだ。

 ……いや、だから、俺の意志すら聞かずにおまえらだけで盛り上がるな。

 俺は《拘束の椅子》に縛られたまま、胡乱な眼差しでヨメ候補とやらを見上げる。

 うっわ。4人もいる。悪いけど俺、おまえらにまったく興味ないんだけど。

 その隙に、魔導士長が足音もなく俺から離れた。逃げたな、ジジイ。

「あの……」

 最初に話しかけてきたのは、ゆるく波打つ麦わら色の髪をふんわり纏めた大人の女性だ。

「初めまして、ボールドウィンさん。私はソフィア。いきなりこんな話になっていて、ごめんなさいね。でも貴方、何度呼んでも全然に来てくださらないんだもの」

 だから仕方が無いわ。諦めて私たちと結婚して。

 うふふ、と包容力やらお色気やらがたっぷりの微笑を浮かべ品を作った彼女だが、その不自然に長い睫毛とやけに明るい薔薇色の頬に俺はピンときた。

 あーこの女、ナチュラルな癒し系を装っているが相当なベテランだな。あざとい化粧が上手すぎる。

 俺はあの母さんの化けっぷりを伊達に毎朝目撃している訳じゃない。キレイは作れる。これ当然。そう簡単に騙されるものか。

 そう思い、俺がソフィア(の化粧)をしげしげと観察したせいか、彼女の隣の黒髪ツインテール小柄女子が食い気味に割り込んできた。

「わ、わたしはエミリーです!ねえサイラスくぅん、8年前に私を救ってくれたこと……覚えていますか?」

 はあ?何の話?おまえ誰?

 俺は呆気にとられたが、おそらく同年代のエミリーは愛らしい顔を真っ赤に染めて続ける。

「あのとき本当に嬉しかったんです。ありがとうございました。わたし、あれからずっと、ずぅっとサイラスくんが好きで……魔導士は全員次世代を残す義務があるじゃないですか。だったら絶対、お相手はサイラスくんじゃなきゃヤダって、思ってて……」

 エミリーは散々照れて俯き、艶やかな黒髪をふりふり揺らしながらこれまでを語った。

 もともと気弱で極度の人見知りなのに家族から引き離されて独り《塔》へ放り込まれた彼女は、案の定さっそく孤立して、寂しさの余り自殺まで考えた……そこへ、たまたま俺が通りすがり、彼女を引き留めて話を聞いてやり、明日に希望が持てるよう励ましたそうだ。え。俺、そんなことしたっけ??

 で、そこからエミリーは俺に報いるために一念発起。一心に修行に励み、今では呪詛の専門家として師範(マスター)の称号を得たらしい。

 すげえな。この歳で呪詛マスターか。俺は感心した。

 呪詛は使い方次第ではハチャメチャに強力な魔術だが、その分ハイリスクだし、術者には緻密な構成力と並外れた集中力が要求される。どこかあどけない見た目によらず、彼女はきっと勤勉な努力家で極めて優秀だ。しかも俺の一言でここまで頑張ってきたなんて、なんとも健気で感動的なエピソードじゃないか。

 だが。

 俺は内心で詫びる。

 すまんエミリー。我ながら酷い奴だと思うが、俺はおまえのことをカケラも覚えてない。てっきり初対面だと思った。悪いな。

「だから……」

 黙り込む俺の側の真実など知らないエミリーは、ぷしゅう、と湯気が出そうなほど赤面して俺を見つめた。

「で、できたらわたしをサイラスくんのお嫁さんにしてくだひゃい……!」

 ひゃあ!嚙んじゃった!

 一世一代の求婚が台無しになったエミリーは涙目で慌てふためき、俺は低く呻いた。

 健気なエミリーの告白が俺の良心に突き刺さる。

 どうする?ここは率直に覚えていないことを白状して謝るべきか。それとも優しい嘘を吐くべきか。正解はどっちだ?! ちなみに相手は呪詛マスターだ。ここで選択を誤ればヤバイ。ヤバすぎる。

 俺が冷や汗をかきながら悩んでいたら、今度は反対側に立っていた赤毛短髪ボーイッシュ女子が一歩大きく前へ出た。

「あたしだってサイラスが好きだよ!」

 鮮やかな赤毛を溌剌としたショートボブにしている彼女は、よく通る声で宣戦布告する。

「あたしはフレヤ。火属性だから、サイラス、あんたが一番の目標なんだ!もっともっと強くなって絶対にあんたに追いつくから、首を洗って待っててくれない?なあ、あたしらなら最強のバディが組めるって思うだろ?!」

 二人なら間違いなく無敵じゃん!!

 フレヤの両拳を握った力説に、俺は激しい瞬きを繰り返した。

 うん?バディ?この魔女、ノリが完全に脳筋だな?でもバディなら、わざわざ嫁にならなくても組めるんじゃね?どう考えても婚姻の必要を感じないんだが。

 俺は心揺れるどころか、もはやツッコミどころしか無くて真顔になる。(スンッ……)

 そして、ついに。 

 終始無言を貫く俺に対し、呆れ果てた声がかかった。

「サイラス。あなた、この期に及んでまだ他人事なの?」

 最後の一人、正面右で腕組みして立つ金髪巻き毛美人が刺々しく言い放ったのだ。

 実は、彼女だけは顔見知りだ。

「そりゃそうだろ、ジェシカ」

 やっと口を開いた俺があっさり彼女の名前を呼んだため、残る三人が焦った様子でジェシカを睨みつける。ジェシカは薄っすら微笑んで「受けて立つ」とばかりに胸を張った。

 が、しかし。

「おまえだって、なんでそこにいるんだ?さんざん俺を嫌っていたくせに」

 三白眼で待機中の俺に真相を暴露され、ジェシカは逆ギレした。

「そういう……そういう無神経さが許せないのよッ!!」

 甲高い罵声。耳がキンキンする。思わず顔をしかめれば、ジェシカはもともと上がり気味の目をキュッと吊り上げて好戦的に俺を睨んだ。毎度のことだが、なんでいつも俺が怒鳴られなきゃならないんだ?

 はあ。すっかり嫌気がさしてきた。

 ……マジで帰っていい?

 俺は周囲にバレないよう慎重に俺の指輪へ魔力を溜め始めた。



 魔力持ちであることが判明し《塔》へ入所する経緯は人それぞれだ。魔力操作ができるようになるまでにかかる時間もまちまちだし、魔法行使の熟達にも個人差がある。だから、魔導士間の序列や師弟関係に年齢はほぼ関係無い。

 ただ、やはり生まれ年が同じ魔導士は「同期」として一括りにされることが多く、仲が良いかどうかは別として自然と知己になるものだった。

 そう。俺の同期は、あのふざけた精神魔導士レイラとこの万年不機嫌なジェシカなのだ。俺って、ホント運が無い。

 ……そういや、レイラの姿が見当たらないな。あいつは今どこにいる?……げ。嫌な予感しかしない。

 しかも正面のジェシカも盛大にヘソを曲げたままだ。いつものことだが。

 俺は投げやりに諭した。

「そこまで腹が立つのなら、わざわざ嫁に立候補するなよ」(げんなり)

「だって仕方ないじゃない!私より優秀な男が他にいないんだからッ」

 優秀。その一言に今度は俺がカチンときた。……一部魔導士どもに根強く蔓延る選民意識や魔力至上主義が、俺は大嫌いだ。

「へえ。『優秀』ね」

 我知らず、声音が低くなる。

「ただ魔力が多いだけ、たかが高位精霊と意思疎通できるだけがそんなに素晴らしいとは思わないな」

 俺は半眼で凄む。他の魔女たちは声もなく青ざめた。が、ジェシカは負けない。

「あなたは魔力にも才能にも恵まれているから、『たかが』なんて言えるのよ!いったい何人の魔導士があなたのレベルを目指して挫折したか、自分の限界を知って心折れたか、あなたにわかる?」

「《塔》の外から見れば、魔導士の才能にたいした差はない。どうせ王に《加護》を発動されたら一発でノックアウトされるんだ。俺たちは全員その程度だ」

 「次世代最強」の俺があっさり己を卑下する様に、幾人もの魔導士が顔を曇らせた。なにを今更。事実を指摘しただけじゃん。

 ジェシカは尚も食い下がる。

「そんな、簡単に諦めないでよ!イネス様やあなたは私たちの希望なのに!!」

「勝手に期待されても知るか。迷惑だ」

「でも!」

 まったく何が言いたい?コイツは俺に何をやらせたいんだ?めんどくせえ。

「とにかく」

 俺は四人の嫁候補に向かってキッパリ宣言した。

「俺はオリヴィアと結婚すると心に決めている。他に女は要らない」

 その途端、エミリーとフレアは顔色を失って固まり、年上のソフィアは「あらまあ」と肩を竦め——ジェシカは両目と口から火を噴かんばかりに怒り狂った。

「バカなことを言わないで!ただの女に《炎帝》の後継者が産める訳ないでしょ?!」

「ハア?!ただの女だと?!」

 とうとう俺はキレた。

 俺のオリヴィアを貶めるとは!もはや我慢も限界だ!!

 俺は溜めた魔力を一気に解き放った。

「《Release me》」

 地階ホール全体が揺れるほどの轟音とともに、《拘束の椅子》が魔石ともども砕け散る。同時に俺を囲む結界が炎上し、その炎が結界を食いながら天井まで届いたとき全てがフッと消えた。

 ああ鬱陶しかった。

 コキリ。

 もうもうと立つ煙幕の中から、俺が凝り固まった肩を回しながら歩き出せば、

「サ、サイラス君。落ち着きたまえ……」

 魔導士長と管理官らが隙なく杖を構えながら後ずさる。ジジイども器用だな。

「大丈夫です。落ち着いてますって」

 俺はジジイらを一瞥してから、腰が抜けているくせにまだこちらを睨みつけているジェシカを睨み返した。

「オリヴィアはおまえなんかより余程強い。二度と馬鹿にするな」

 ジェシカは応えず、下唇を噛みしめた。



<第三話に続く>


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