120.その頃、シオン・ウィナザードのささやかな冒険 ~スカヴィーサイド再訪編~【中編】


 《雷光の騎士》シオン・ウィナザード

 《魔女》フリス・ホーエンペルタ

 獣人族の剣士ビアンカ・レオハルト

 森妖精エルフの精霊魔術士ジーナス・エリク

 黒衣の旅神官ロニオン・クレンダール


 当世に名高き五人、その名を《渡り鳥》――不世出の冒険者たる彼らの冒険譚は世に数多あり、また数知れぬ吟遊詩人によって歌われて久しい。


 それはたとえば、呪われし《蛇の魔剣》を巡る、黒衣の剣士ダ・ニールとの決闘。

 あるいは、《真人》たちの時代から生き続ける古き竜、《カナーンの天空竜》への謁見。


 中でも遍あまねく《多島海アースシー》に知られる冒険と言えば、東の海より嵐をまとって現れた天災がごとき暴悪の化身――《果てなる海の嵐竜》の討伐であろうか。


 そんな、彼らにまつわる冒険譚のひとつに、『凪の船を巡るみっつの物語』がある。


 《多島海》の東の果てにあるという、一年中やむことのない嵐に囲まれた《孤立の島》。

 《魔女》フリスが抱えていたある目的のため、その島へと渡るべく一行が求めたのが――あらゆる風と波を鎮め、無風の湖面のごとくすると伝えられる、いにしえからの遺産。

 即ち、《凪の船》である。


 いにしえの《真人》種族が世界に遺した迷宮のひとつ、《海に眠る蒼石の洞窟》の探索を経て《凪の船》を手にした一行が向かいたるは、東ルクテシア最大の港湾都市たるスカヴィーサイド。

 その港にて彼らが出会いたるは、スリで日銭を稼ぐ薄汚れたひとりの子供――その出会いこそが、世に謳われる『凪の船を巡るみっつの物語』の第二章、スカヴィーサイドをその舞台に繰り広げられたる、あらたな冒険の始まりを告げるものであった!

 

 スリの子供――哀れなの願いを受けて、無実の罪で追放された一人の男、港湾局局長たる少女の父の汚名を晴らすべく、いざ立ち上がる《渡り鳥》一行。


 夜の歓楽街を支配するカジノの胴元、スカヴィーサイド最大のマフィアたる《ガラッシア・ファミリー》の頭目ジャンゴ――少女の父を陥れたる非道な悪党との、命を懸けたポーカー勝負!


 そんな中、《海に眠る蒼石の洞窟》の深奥に消えたはずの黒剣士ダ・ニール――おそるべき黒剣士の甘言にそそのかされたる《バルバロッサ海賊団》のスカヴィーサイド襲撃が近づいていた!


 スカヴィーサイドの富、真人種族の遺産たる《凪の船》――これらの強奪を目論み襲い来る、《バルバロッサ海賊団》の荒くれども!

 スカヴィーサイド警衛兵団の総力を上げた迎撃戦には、もちろん我らが《渡り鳥》一行の姿もあった!


 激しい戦いの最中にふたたび《渡り鳥》一行の前へと姿を現すは、無敗の栄光を失い、無残にもその名誉を傷つけられた黒剣士ダ・ニール。

 その雪辱をかけた二度目の血戦が、赤金色の炎に燃えるスカヴィーサイドの港でその火ぶたを切って落とそうとしていた――!


 ――次回へ続く!!!



「――なーんて感じで、謳われてるはずなんだけど」


 港の一角にそびえる、港湾局の建屋。

 その二階――港を一望できる応接へと場を移して。


 うろ覚えな吟遊詩人の詩をビアンカが語り終えた時、シオンは重々しく背中を丸め、頭を抱えていた。


「……聞いたことなかった?」


「なかった……」


「えー……?」


 呻くビアンカ。


「じゃあ、なに? ランディくん――弟クンにおはなししたとき、何も訊かれなかったの? シオンはともかく、あの子なら吟遊詩人の詩の方も聞いてそうなものだけど」


「訊かれてない……というか、イオが男だ女だなんてこれっぽっちも気にしたことなかったし、多分だけど、特段突っ込まれるような話し方をしてなかったんじゃないかと……」


「ええー……?」


 再び――若干引き気味の面持ちで、呻くビアンカ。


「つまり、シオン。あなた今の今まで、ずーっとイオのこと男の子だと思ってたの? 本気で?」


「ああそうだよ、思ってたよ! 男だって!!」


 とうとう羞恥心に耐えきれなくなって、シオンは喚いた。

 完全に引き笑いの表情になっているビアンカ。ジーナスとロニオンはイオと一緒に腹を抱えて遠慮なくげらげらと笑っていて、シオンのことを気づかわしげにしてくれているのは幼なじみのフリスだけだった。


「むしろ何でお前達こそイオが女の子だなんて知ってたんだよ! そんなの確認する機会なかったろ!?」


「最初から知ってたわよ? この子が女の子だって。匂いですぐにわかったもの」


「オレは《精霊》の気配で分かった。女じゃないと寄せ付けねェ類の精霊ってのがいて、それでな」


「雰囲気で気づきましたよ。と言っても、私も最初は男の子だと勘違いしていましたが」


 口々に言う仲間達。

 フリスの方を伺うと、幼なじみはとても申し訳なさそうに肩を縮めながら、「知ってた……」と蚊の鳴くような声を絞り出した。


「お風呂、とか。いろいろ……お世話して、た……し。わたし……」


 ――そうだ。

 何やかんやとあって一時期シオン達のところで匿っていたとき、イオの面倒を見てくれていたのはフリスだった。

 一緒に風呂に入ったから女の子だと分かったのか、予め気づいていたから風呂の世話も引き受けていたのか――どちらと言及はしなかったが、おそらくは後者だったのだろう。


「ちょっとくらい、女の子かもって思わなかった? 名前とかで」


「思わなかった……明らかに男の名前だろ、イオって」


「それっぽく聞こえるかもしれないけど、『イオ』って神話に出てくる女神さまの名前だからね? もともとは女の子の名前よ?」


 そんな罠、気づく訳ないだろう。

 喚きたくなる衝動を、シオンは頭を抱えて呻くことで殺した。


「まあ、シオンがわたしを男の子だって思ってたのは、わたしも知ってたけど。そうでもなきゃ、お風呂入るときにわたしを一緒に連れてこうなんてしなかったでしょ?」


「……そんなことしたか? 俺は」


「したよ? あーあ、あの時はわたし、すっごく恥ずかしかったのになぁー。シオンは覚えてないんだぁ。ショックだぁー」


 わざとらしく哀れっぽい声を出すイオ。

 実際やりかねないことではあったので、ぐうの音も出ない。


「……悪かったよ」


「いいよぉ。どーせわたし、ずーっと男の子だと思われてたんだもんね。おかげでシオンに女の子の肌を見られなくて済んだしね」


 すん、ととりすました顔で、わざとらしく並べ立てる。


「十歳ならさ、立派な女の子の年頃だもんね。子供じゃなくて。男のひとに裸なんか見られたら、責任取ってもらわなきゃいけないとこだったもんねー。あーでも悲しいなぁー。ちっとも女の子だって気づいてもらえなかったんだぁー。悲しいなぁー、しくしくー」


「あのなぁ……」


 シオンは渋面で呻く。

 いい加減、一方的にからかわれるのが辛くなってきた。


「お前は、そう思われるように男の格好をしてたんじゃないのか? 今の今まで騙されてたのは俺の落ち度だとしても――それでここまで責められるのは、いくらなんでもあんまりなんじゃないのか?」


「あはは、それもそうだね。ごめん」


 邪気のない笑顔で肩をすくめ、ぺろりと舌を出す。

 シオンはがっくりと肩を落とし、盛大に溜息をつく。


 ――その時だ。

 扉を叩くノックの音に続いて、仕立てのいい上下に身を包んだ一人の男が入ってきた。

 堀の深い顔立ちに、丁寧に整えた口髭が目立つ。衣服こそ役人らしい上等のものだが、海の男らしく鍛えられた体つきの、壮齢の男だった。


「お待たせして申し訳ない。皆様、ようこそいらしてくださいました」


「父さん!」


 イオが声を弾ませる。

 途端、男は渋面になった。とっさに叱りつけようとして、しかし結局そこまでは思いきれなかった――そんな、中途半端な具合に表情がこわばっていた。


「……イオ、仕事場で『父さん』はやめなさい」


「いいじゃない、わたし父さんの部下じゃないんだし。父さんは父さんでしょ?」


 イオの父――現在は港湾局の入出港管理を統括する船舶管理部の長であるカシアス・ラングレンは、一人娘に対する心労のにじむ溜息をこぼした。


 六年前に冤罪でひとたび公職から追いやられた後、紆余曲折を経て港湾局局長へと復帰した彼だが――現在はその地位を辞して後進へと委ね、自身はスカヴィーサイド港を出入りする船舶の入出港審査、搬入・搬出物資及び船員の防疫・防犯を一手に担う、船舶管理部長の重責を預かっていた。


「皆さんからの手紙にあった件ですが――ご依頼どおり、我々の方で調べておきました」


「ご厚意、感謝いたします――それで、どうでしたか」


 精神的に満身創痍のシオンに代わり、ロニオンが話を進める。

 カシアスはその表情を父親のそれから船舶管理部長のそれへ切り替えると、沈痛な面持ちでかぶりを振った。


「お恥ずかしながら、事実として件の《魔獣》――双頭蛇竜アンフィスバエナが不法にルクテシア国内へ持ち込まれたのが、我々の管轄たるこのスカヴィーサイドの港からなのは間違いないでしょう」



 調査の端緒となったのは、魔獣をおさめた檻の護送についていた冒険者――《双頭蛇竜アンフィスバエナ》が脱走した際、馬車を引いていた馬と諸共に惨殺された男女の二人組の身元だった。


 直近で完遂した仕事の報酬を受け取ったのが、ミューラ半島南方の都市ソレイユの連盟支部。ソレイユからコートフェルまでのルートとなり得る各都市の支部へ連絡を飛ばして目撃情報を洗ってもらったところ、ユニス山脈の裾野に位置する都市ウィステリアス=ワンプの宿で、護送の仕事中だという件のふたりと話した――という冒険者の証言があがった。

 スカヴィーサイドからウィステリアス=ワンプまでは、大型馬車ならおおよそ半日強の距離だ。馬車の形状や、仕立ての特徴も一致した。

 この時ふたりが『護送』していたという馬車は、件の馬車と同一とみてまず間違いなかった。


「ただ――これは、私の口からでは言い訳のようですが」


 そう前置きして、カシアスは言う。


「件の荷が持ち込まれたのは、我々港湾局の管轄――つまりは、民間港を出入りする船舶によるものではないだろうとも判断しています。

 港湾局の入出港記録を洗い直し、警備部とも共同して職員や周辺への聞き取り調査も行いましたが……少なくとも今のところ、件の《双頭蛇竜アンフィスバエナ》と思しき荷がこの港から市内へ運び出された痕跡はあがっていません」


「こちらの港で足取りを掴めなかったということは」


 ロニオンは顎を撫でながら、「ふむ」と唸った。


ですか」


「ええ」


 カシアスは首肯する。


「軍の知人に協力を願って、情報を集めました。件の荷の出所は、スカヴィーサイドの軍港の可能性が高い」


「それってつまり、ルクテシアの海軍が『密輸』に関わってたってこと?」


 ビアンカが、疑問を露に唸る。


 そも、魔獣の『密輸』を主導していた貴族――ワドナー卿は、王都の騎士団でその名を知られた剛腕だった。

 彼はもともと、代々ルクテシアの密偵頭を担うトリンデン家の跡継ぎ候補と目されていた人物であり、密偵頭の家柄にとって財産と言うべき情報源――人脈作りにも熱心だったらしい。


 騎士団で――つまりは軍務を担う組織において勇名を馳せた彼が軍に人脈を持ち、そこから『密輸』の協力者を得たというならば、その状況自体はさほどおかしなものではない。

 しかし、


この国ルクテシアの事情はそこまで詳しくないけど、海軍の船ってそんな勝手に動かせるものじゃないはずでしょう? まさかと思うけど、海軍提督府や国そのものが、ワドナー卿の『密輸』に関わっていたとでも?」


「そうではありません」


 カシアスは首を横に振る。

 海軍の艦艇は国の財産であり、その行動は、さらに言えば人員や物資に至るまで、すべて国の管理下にある。

 希少な《魔獣》とはいえ、たかが一貴族の『密輸』としては、関与の規模が大きすぎる――まず、その構図のもとではワドナー卿が状況を主導したという前提そのものに疑問符がつく。


「たしかに海軍の扱う人員・物資は、艦艇の行動と併せてすべて国の――クレシーに本部を置く海軍総司令部の管理下にあります。ですが、これらの中でも『物資』に限るなら、この管理にも『例外』があります」


 カシアスは、窓を見遣った、

 その視線を追って、シオンが見遣った先。スカヴィーサイドの港が面するセラム海が、青々とした海原を広げている。

 その光景を見るうちに、ふと脳裏でひらめくものがあった。


「より正確に言えば――その管理のが各地の司令部預かりとなる、ならざるを得ない案件があります。抜け道はそこです」


「――押収品か!」


 ひらめきのまま口走るシオン。カシアスは頷いた。


「セラム海は現在でも海賊による被害があり、海域の島々には彼らの拠点となる旧時代の泊地が数多く存在します。これら海賊を討伐して拠点の掃討を行った際、海賊どもの船や泊地から押収された物資は、まず現場で対応にあたる部隊の艦船――あるいはその所属する司令部がその管理を担います」


 それ自体はまったく自明のことである。

 海賊を討伐した際、彼らが奪い集めた物資へ真っ先に手を触れるのは、現場で対応にあたった部隊の兵士だ。


 ジーナスが忌々しげに舌打ちする。


「海賊どもの拠点に魔獣を隠しておいて、後から押収品ってェ名目で持ち帰る訳か。面倒な真似しやがる」


「そういう事です。加えて言えばスカヴィーサイドには――いえ、このには、この地特有の有利な状況もありました」


「私掠船ですね?」


 ロニオンが言う。おそらく彼はシオンと同じ可能性を、シオン以上に精緻な確度で考察している。


 私掠船とは、国王ないし地方長官の特許のもと外国の艦船を拿捕・略奪することを認められた私有船――言わば国家公認の『海賊』だ。


 《多島海アースシー》全域で通商が活発化し、国家間の通商協定が広く結ばれるようになった当世ではその権限も大幅に縮小されているものの、海賊掃討や海の魔獣討伐といった軍務への協力と引き換えに海賊からの物資略奪、討伐した魔獣の遺骸を確保して財産に換えるといった各種の権利を認められており、言わば『海上の傭兵』というべき立ち位置を確保して現在に至っている。


「東ルクテシア沿海州の貴族家――その中でも旧カイタギア系の貴族は、軍務への招集に応じるのと引き換えに、現在も私掠船の保有を認められています。あくまで私有物であるこれら私掠船の動向は、公の組織でも完全には把握することができません。その気になればいかようにでも誤魔化しがきく」


「つまりこういうことかしら。まずは海賊を雇って捉えた《魔獣》を拠点まで運ばせる。で、後から軍が海賊掃討にあたったときに、軍の船なり私掠船なりに《魔獣》を回収させる――」


「……いいや、たぶんそうじゃない。その工程を踏むのなら、べつにの海賊は必要ないんだ」


 ビアンカの要約に、シオンはかぶりを振った。


だけでいいんだ。海賊のふりをする船と、海賊の拠点へ乗り込んで密輸品を回収する船があればいい。それで状況は成立する」


 あるいは、接収した物資は一旦スカヴィーサイド軍港へと持ち帰り、目録を作るといった工程が存在するかもしれない。

 だが、問題があるとすればそこだけだ。その時点で《魔獣》をおさめた檻の存在を隠匿ないし改竄できれば、あとは私掠船で各々の領地へそれらを持ち帰り、冒険者なりを雇って次の目的地へ護送させればいい。


「カシアスさん。俺の邪推であれば笑ってくださって構いませんが――もしかして直近数年の海賊掃討の中には、『拠点の制圧に成功』、ただし『海賊は取り逃がした』という事例が、少なからず存在するのではありませんか?」


「――仰るとおりです」


 それは、同じ『海の男』なればこそであろう。

 苦悩の滲む面持ちで、カシアスはそれを認めた。


 ルクテシアの貴族は興衰こうすい著しい。その様子は『三代続けば名門』などと冗談交じりに言い交わされるほどだ。

 先祖代々の土地を失って宮仕えや商売で生計たつきを立てる都市貴族となるのはまだいい方で、完全に没落して平民となる家や、あるいは家名自体が断絶、消滅する家も珍しくはない。むしろ、ありふれているといって過言ではないほどだ。


 総じて、よほどの歴史と財産を持ち合わせた名だたる家門でもなければ、ルクテシアにおける貴族の地位は流動的だ。

 にも関わらず、東ルクテシア沿海州を占める旧カイタギア貴族の家々は――百数十年前に封ぜられてから現在まで、その半数以上が未だその財産と領地を保ち、私有戦力たる私掠船の保有を続けている。


 往時であれば交易船からの略奪で莫大な富をもたらした私掠船だが、国家間通商協定が広く結ばれるようになった現在、これら交易船からの略奪行為はその一切が違法だ。


 現在のルクテシアにおける私掠行為は海賊の討伐や魔獣の掃討といったごく限られた状況下において認められているにすぎず、私掠船の保有によって生み出される富もまた、見る影なく縮小して既に久しい。

 かつてであれば容易に賄えたであろう私掠船のを、今の彼らはどのようにして調達しつづけているのか。


「沿海州の旧カイタギア貴族家は、今も中央に対する独立の気風が強い。その裏付けとして反骨の屋台骨を支えているのが、彼らの私有戦力――私掠船団です」


 一隻、二隻であれば海軍の戦力でどうとでもなる。

 しかし、仮に沿海州の旧カイタギア貴族家が結束して反旗を翻す事態ともなれば――そのによってもたらされるであろう被害は、到底看過できるものではない。


 ゆえに、王家は代々東ルクテシアの沿海州への扱いに気を配り、能うる限りにおいて当地を治める貴族たちへの便宜をはかり続けていた。

 だが――


「……国家間通商協定の締結、これによる私掠行為の制限を受けて、沿海州の貴族は没落しかかっている」


 カシアスのことばを受け、シオンは自身の思考を口に出してまとめていく。


「本当なら、とっくに没落していておかしくなかったのかも。彼らは自分達の権力を裏付ける私掠船と私兵団を維持するために、ワドナー卿と手を組んで魔物の密輸を――いや」


 かぶりを振って、自分のことばを途中で打ち消す。


「それだけじゃないんだ。ワドナー卿の密輸に手を貸す程度じゃ、沿海州の貴族全体の財産を賄う稼ぎなんてとてもじゃないが手が届かない。彼らが手を染めているのは


「……おそらくは」


 カシアスは、無言で首を縦に振る。

 その面持ちは、苦渋に満ちたものだった。


 ラングレン家は今でこそ平民だが、かつては沿海州のひとつを有した旧カイタギア貴族の家柄だったという。

 沿海州の貴族たちは、彼にとっては同じ海を渡る男――同じ海に己が船を走らせ、同じ海を共に分かち合う同胞はらからと呼びうる人々であったのだろう。あるいはその中には直接の知人、友人さえいるのかもしれない。


 重苦しい空気が垂れこめる中――やがて、ジーナスがうんざりと天井を仰いだ。


「レドの暗殺やら何やら、横路の面倒事がやっと片付いたばっかだってのになァ」


 応接のソファへ背中を預け、のけぞるように天井を仰いで――森妖精エルフの青年は三白眼を眇め、乾いた笑い混じりの舌打ちを零す。



「まァた厄介後に首突っ込んじまったか……ったく」


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